コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.298 )
- 日時: 2012/08/16 00:49
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
- 参照: この三日分べんきょーサボった分今日はガリ勉したぜ\(^o^)/
◇
何もない高原に、一本だけ独りで、立派な楡の木が生えていた。
楡の木が、下を見ると、沢山の小さな蟻が、行列をつくっていた。
楡の木は言った。
仲間が沢山居ていいね、独りぼっちじゃなくていいね、と。
すると蟻は可笑しそうに笑って答えるのだった。
僕らはみんな独りぼっちさ。それにこんなに仲間がいると、こんなに居るのに誰一人として分かり合えないことがはっきりと分かってしまう。余計に独りぼっちなことに気付かされて虚しいだけさ、と。
それでも楡の木は羨ましがった。
仲間が居ていいな、楽しそうでいいな。
だって僕は、小鳥さえ寄りついてくれない樹なのだから。
◇
それから、空港駅から改札を再度通って、迷わず空港の中のトイレに直行。好都合なことに、時間帯がいいのか誰も居なかった。着古したコートの胸ポケットから、黄色のチョークを取り出しながら、一番奥の個室の中へと入った。
鍵をかけ、きっとこれを見てびっくり仰天するであろう清掃員のおじさんに胸の中で手を合わせて謝りながら、よく磨かれたフローリング床に素早く円を描いた。時間が無いので壁部屋の概略のみで終わらす。普段ならきっちり描く、細部の方向を表す呪文字や、時間の渦の流れを無効化する韻、空間を凍結するための術号なんかは全て落書き程度で終わらせておいた。まぁ、このくらいだったら大丈夫だろう。
「でーきた。掃除のおじさん、本当にごめん。」
ふっと、完成した円の中に一歩踏み入れると、たちまち周りの風景がグルグルと左回りに渦を描き出した。真正面に見えていた、コンクリートのトイレの壁はたちまちに左回転の渦の中に吸い込まれるように飲まれていく。
……この壁部屋の回転はこの千年とちょっとの間、何度も何度も見てきたが、やっぱり慣れない。思わず目が回ってしまいそうだ。
グルグル回る渦に、少しずつ黒い色が混じり出した。黒色はだんだんと増えていき、それと同時に渦の回るスピードはゆっくりと、鈍くなっていく。
それからすっかり渦の回転がおさまると、さっきまで居た空港の風景から一変、目の前には真っ暗な夜空が広がっていた。冬らしく澄んだ大気の空を仰ぐと、白く輝く星がいくつも見えた。砂時計のような形をしたオリオン座が、キラキラととても綺麗にずっと向こうに見えた。
無事に着けたようだ、我島岡に。
カイコやハツは今、どこに居るのだろう。任史くんは、もう学校から帰ってきたのだろうか。ひよ子、三人のために買ってくれば良かっただろうか。
ちょっとだけ、そんなことを考えて、少しだけ平和な気分を楽しんだ。それから、一度ゆっくりと目を閉じた。
まぶたを閉じると、一瞬だけ目が見えなくなる。星も見えない、真っ暗。優しい闇以外には、何も無い世界。何も見えない世界。
けれど、“ 見えない ”ということは“ 未得ている ”ということ。
この世のすべては、所詮儚い鏡花水月でしかない。
鏡に映る美しい花や、水面に浮かぶ美しい月のように。目に見えてはいるが、ただそれだけ。触れることなどどうやったって叶わない。
なのに、人はみな、自分はこの素晴らしい世界に触れているのだと錯覚し、一人きりの孤独を埋め合わせようとする。群れる蟻のように、ただただ無意味に集って、散って、また集って。
本当は、みんながみんな、互いに絶対に混じることの無い暗い心の迷宮の迷い人であるのに。気付いているくせに、気付いていないフリを通す。
「なーんてね、僕も随分と臭い人間になったな。詩的なヤツは大嫌いのはずだったのに。フランクが懐かしいや。」
ふと、数十年前の友人、ギーゼラの恋人だった男のことを思い出した。フランク。やけに詩的で冗長な男で、よく張なんかと喧嘩していた。今思えば、微笑ましい思い出の数々である。
その時、瞳を閉じた、真っ暗な世界の中に、一筋光が走った。光の見えた方向に、目を閉じたまま、全神経を集中させる。その光は、若干赤みを帯びていて、鬼火のようにも見えた。……いや、あれは鬼だ。
見っけた。カイコの言っていた、例の赤鬼さんだ。
まぶたをあけると、はるか遠くの森の暗闇の中で、真っ赤な肌をした子鬼が嗤いながら走っているのが見えた。ギャハハギャハハ、とまるで馬鹿みたいに大声で吠え嗤っている。よほど周囲に妖気を撒き散らしているようで、鬼の通った跡には森の木がぐったりと萎びて倒れたり腐っていたりしていた。
- Re: 小説カイコ ( No.299 )
- 日時: 2012/08/18 06:28
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
- 参照: 25日に進級テストがあるのでしばらく更新できないですー
◇
白銀の月光も届かぬ暗い森の中。
しばらくすると、そこには、一匹の鬼だったモノが横たわっていた。
遠くで、カラスのギャアギャアと鳴く声が聞こえた。その音で、茫、としていた意識が戻される。
ふと、眼前の風景には、赤鬼が、大きな杉の幹にもたれ掛るようにして死んでいた。
先程まで威勢の良かった赤鬼はどうやら、たった今、息絶えたようだ。
ガクリ、と鬼の醜悪な顔面が力を失って俯く。
周囲には、よく見れば赤鬼の真っ黒な血液が、何か奇妙な芸術のように一面に散らされていた。その液体に特有の、気を失ってしまいそうなほど強烈な異臭がもうもうと立ち込めている。少しでも気を抜けば、立っていることさえ叶わないだろう。
その壮絶な芸術作品の中心に、自分は立っていた。
自分の細く白い指先は、真っ黒に染まっている。その黒くなった爪から、ぽたぽたと、やはり黒い水が滴っていた。
目にかかる前髪も、返り血を浴びてしまったようで、灰色から黒色に染まっていた。
なんとなく、指先を口にくわえると、期待通り赤鬼の血の味がした。
これも罰なのだろうか。僕には、鬼の血の味しか分からない。
どんな甘美な食べ物でも、僕の舌には感じられない。あの日にギーゼラからもらった、ケーキだって何の味もしなかった。唯一感じられることのできる味が、これしかないなんて、なんてひどい話だろう。
けれどさっき電車に撥ねられた時、自分自身から吹き出た血の色も、この赤鬼と同じように、真っ黒で、同じ苦い味がしたのだった。どうせ分かっていたことだったが、それなりにショックだった。やはり、僕は鬼子で、人ではないんだと。みんなと同じ、赤い血の通う人間ではないのだと。要らない再確認をしてしまって。ずっと感じたはずの無い、俗に言う“寂しさ”のようなものも感じてしまって。
赤鬼の足元の地面にできた、黒い水溜りを手に一杯すくう。それから口に含むと、これでもかと言うほど苦かった。苦く、その毒々しさに溶かされてしまうほど刺激的で。飲み込むと、まるで硫酸でも飲んでいるかのようだった。食道が痛い。喉を伝っていく液体は、そのまま僕の喉を焼ききってしまうのではないかと思うほどに凶暴だった。
それでもこの行為はやめられない。唯一感じることのできる苦味に、舌と喉とがだんだんと麻痺していく。
それは、少し、自傷的な行為に似ていて。
呪われたこの身体では、ずっと前から痛みや苦みしか感じることができなくなっていた。でも、それでも何も感じないよりはマシだった。
その唯一の感覚を求めて求めて、また僕は何度でも鬼を殺して鬼の血を飲む。だって、その瞬間、その痛みだけが生きていると感じさせてくれるから。
その刺激に浸っている時だけは、全てを忘れてこの行為だけに没頭できるから。
生きた幽霊の僕には、これ以外に生を感じる手段が無いから。
◇
「はぁ〜やっと着いた。ただいまー。」
太一とハツと一緒に、クソ寒い風の中を駅から歩き続けて、やっとの思いで家に着いた。玄関を開けて、電気を点ける。当然ながら誰も居ないわけなのだが、それでも我が家は暖かい。精神的な意味と、普通に温度的な意味で。
「にゃーん。」
リンリンリン、と鈴のなる音がして、廊下の向こうから、飼い猫のにゃん太が首輪につけた鈴を鳴らしながら近寄ってきた。
「わー、にゃん太ごめん。今ごはんやるから。ずっとドライフードだったからね、缶詰すぐに開けるからさ。」
とりあえず台所に行って、戸棚から缶詰を出した。猫を飼っている人なら分かると思うが、しばらく家を留守にするときは普通はドライフードを置いていく。なぜならドライフードは缶詰とは違い、腐らないので保存が効くからだ。
缶詰のフチに缶きりを当てて、キコキコと上下に動かして缶を開けた。後ろで、太一とハツが おぉー、とか言いながら感心して見ていた。
缶詰を開け終わって、皿の上に出す。隣で行儀よく待っているにゃん太の茶色い頭を撫でてやった。
「あ、水も替えなきゃ。まずい水でごめんよ。」
そう言って、水の入った茶碗を持って立ち上がろうとした時だった。
「よいよい、苦しゅうないわ。」
「へ?」今、どこかから聞きなれない声がしたような。「あれ、太一なんか言った?」
すると太一が首を振った。「いいや、僕なにも言ってないよ。今喋ったのはにゃん太さんだよ。」
「——— は?」
太一が大真面目な顔をしてそんなことを言うので、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
それから、恐る恐る足元にいるにゃん太に目を落とすと、にゃん太がその小さな口をゆっくりと開けている最中だった。
「おおぅ、やってもうたの。喋ってしもた。にゃーん。」
- Re: 小説カイコ ( No.300 )
- 日時: 2012/08/25 21:57
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
- 参照: 昇級テストわず。落ちた気しかしない……
「 !? 」
「なんじゃらほい、そげな驚かんでもよかろうが。」 にゃん太がニッと目を細めて笑った。「そなたの母上はもっと順応が早かったぞ。」
そう言うと、にゃん太は皿の上に置かれた缶詰を何事も無かったのように食べ始めた。そして俺の背後に立った太一とハツは、別にこれといった様子もなくこの状況を眺めている。
「ねぇ高橋。」ハツが左の人差し指を顎に当てながら呟いた。「私たちもお腹減ったんだけど。なんか御馳走してよー。こっちの食べ物はおいしいからさ、私ケーキとか食べたい。」
すると太一も騒ぎ出した。「僕も僕も!あのさ、一回でいいから牛丼が食べてみたいんだ。あの、よくテレビのCMでやってるやつ!頼むよー、一生のお願いでいいから。」
二人とも猫が喋ったのに全く気にしていない。平成バンザーイ!! とか言ってハイタッチして遊んでいる。なんだこの俺だけ置いてかれてる感は。
「ちょ、ちょっと待った……!」二人の間に右手をチョップの形で滑り込ませる。ハツが キャー痴漢! と大声で叫んだ。
「ッ、痴漢じゃねぇ!っていうか展開早すぎだよいくらなんでも!意味わかんないんだけど、どうしてこうなったんだよ、どうして二人とも何とも驚いてないんだよ!」
すると予想外に太一が気の抜けた顔をした。「えー、なんだがや高橋。別にいいじゃん、猫が喋っても。蚕だって喋ってたんだからさぁ、あはは。」
「あはは、って!確かにそうだけど……!」
するとまた、足元でにゃん太の少ししわがれた声がした。
「まったく、騒がしいやろこじゃな。落ち着いてメシも食えなんだ。」ペロペロと、白い足先を舐める。それからゆっくりとライトグリーンの大きな瞳を開けると、急に鋭い目付きになって俺をキッと見上げた。「さて、ワシはもう行くぞ。どうやら友人が困っておるようだからな。」
「……友人?」
「そうだ、友人だ。それにお前の友人でもある。」にゃん太の首の鈴が、チリン、と小さく鳴った。「かれこれ七十年近く会っておらん。別に会う必要もなかったからな。」
「?? 七十年っておい、お前まだ十五歳だろ。」
にゃん太は呆れた様子で一息つくと、ふいと玄関の方へ歩き出してしまった。
「頭が固いのぅ、まぁ無理もないか。」
そう言って長いしっぽを振りながらしばらく歩くと、数メートル離れたところでピタリと立ち止って俺を振り向いた。
「太一にハツ、昨日話したことだが、どうやらワシの悪い予想は当たったようだ。ほど遠くない、近くで血の匂いがする。」
「やっぱり、そっか。」太一が静かに呟いた。僅かに、着物の裾の茶緑色を握りしめる。「じゃあ、僕らをこの平成の世界に引き戻したのも……」
「左様、土我のしわざじゃろな。それも無意識のうちにだろう。頼む、助けてやってくれ。ワシを手伝っておくれ。奴はワシの友人なんじゃ。」