コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 小説カイコ ( No.303 )
日時: 2012/08/28 00:09
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
参照: 五行説。ずいぶん端折った説明です。じゃないと字数がっ


                      ◆



「……そこに居る奴、出て来い。」

月が翳り、冷たい雨が降り始めた。しとしとと、風の無い暗い森の中を、泣いているかのようにゆっくりと濡らしていく。赤鬼から流れ出す黒い血も、だんだんと雨の水に混ざっていく。

「あーあ、やっぱバレちゃってた?」
土我が振り向くと、そこにはやはり、あのニセモノが立っていた。黒袴をはいていて、その隣では暗い藍色の着物に黒の尼服を着た少女が、まるで幽霊のように立っていた。額には赤の入れ墨があり、黒く長い髪をしている。
先程、駅で土我を突き落としたあの女の子だった。

「ああ、さっきはどうも。君、やっぱりコイツの手先だったんだね。」

すると少女は無言でほほ笑んだ。「……お元気そうで何より。」

「やめてよ、遊黒は手先なんかじゃないよ、僕に協力してくれてるんだ。」ニセモノがニコニコと張り付いたような笑みで口を開いた。「しっかし、随分と悪趣味だなぁ。どうしてこんな殺し方したの。僕の可愛い赤鬼ちゃんをさぁ!」
そう言うと、周りに散らばった赤鬼の残骸と、徐々に雨に溶けつつある黒い血筋を見回した。

「……別に。喰おうとしただけだ。第一、それを黙って見ていたお前の方が悪趣味だろう。」
「あはは、そう返してくるとはね。参った参ったー。」ニセモノは、おどけたように頭を掻いた。「でもさ、普通、ただ食べるだけだったらこんな酷い殺し方しないよ?もう一回聞くよ、どうしてこんな殺し方したの。鬼の苦しむ姿を見て、愉しかったから?満足だったから?それともただ単に、悪鬼の血が騒いだからかい?」

「何でもいいだろ、ついでにお前も喰ってやろうか。」
そう短く答えると、ニセモノと正面を向いて対峙する。スッと細められた瞳が、青白く光る。
先月、青鬼を喰らった時と同じように。眼力だけでニセモノを食べてしまう。


 はずだった。


「驚いた?」ニセモノがひらひらと両手をふざけたように振る。「そんなんで僕は死にませーん。あんまり舐めないでくれるかな。」
「な……、」眼前のニセモノは、何とも無いように笑っている。「お前いったい、何者だ。鬼ではないのか。」

「冗談。」言いながら、腰に差した刀をスラリと抜く。白く光る刀身が、暗い森に燦然と輝いた。「鬼なんかじゃないよ、僕は人間。だって見てよ、ちゃあんと黒髪だし、目の色だって普通でしょ?血の色だって誰かさんと違って綺麗な赤色だしね。……見てみたい?」 クスリ、と悪戯めいて笑う。

カチャリ、
ニセモノが右手に持った刀が、僅かな音を立てた。その鋭い切っ先が、まっすぐに土我へと向けられる。

「……随分と危ないもの持っているな。ひどいなぁ、こちらはたった一人で、しかも素手なのに。」
ニセモノは無言で笑うだけで答えない。かわりに、白く輝く刀身が、淡い浅葱色に色を変えた。……あの刀は確か、白水晶シラズイショウとかいう霊刀だったはず。
さらにニセモノの背後、遊黒の周りでは、何匹もの黒蝶が、まるで鬼火のように妖しく青く光りながら、ひらひらと優雅に飛び回っている。

はて、どうしようか。あちらは二人掛りで、しかも白水晶を持っているときた。
素早く思考を巡らせていると、ニセモノが静かに口を開いた。

「それでも元陰陽師と言えるのかな。まぁ、とは言っても陰陽師もどきだったけどね。……でもさ、随分と勘が鈍ったんじゃない?」
「これのことか?」
薄々勘付いていたが、足元を見ると、大きな五芒星が地面に掘ってあった。雨で土が淀んで、少し形が崩れている。
「なぁんだ、気付いてたの、つまんない。」言いながら、刀を横一文字に大きく振るう。



   臨兵闘者皆陣列在前
    
          ———— 木剋土


地面が、五芒星の形に添って激しく輝いた。青緑色の炎が、取り巻くように突然現れて燃えたぎり始めた。
木剋土、そう来たか。名前に土が入っている自分は、相剋の関係では木には負ける。

古い記憶をたぐり寄せる。
陰陽道において、世界は陰と陽との相対する二つの太源から成っている。そしてそれをさらに細かく分けていくと、木・火・土・金・水 の五つの気に分けられる。これを五行と言う。
土我という名前は、主から名を貰ったその日が、ちょうど五行の土が抜けている日であったから付けられた名前だ。

そしてこの五つの気は互いに関係を持っている。水は木を生み、木は火を生むように。それとは逆に、水は火を殺し、金は木を殺す。そして、木は土を殺す。……これを図形で描くと、綺麗な五芒星を描くことができる。

バサリ、と衣擦れの音がした。上を見ると、いつの間にかニセモノが刀を両手に持って空高く跳ね上がっていた。雨の降る漆黒の冬空に、淡い浅葱色に輝く刀、白水晶がよく映えて見える。それから目にもとまらぬ速さで降下しながら、確実にこちらを狙って落ちてきた。


「しまったな。僕、これじゃ動けないな。八岐、アイツ食べちゃって。」
地鳴りがして、堅い地面が真っ二つに割れる。その割れ目から、大蛇の巨大な頭が、鎌をもたげるようにしてその重々しい金属のような鱗を鳴らした。
それからパックリと口を開いて、天から雨と共に落ちてくるニセモノを飲み込もうとした。

「チッ、」
あと少しのところであの灰色の鬼を仕留められたのに。ニセモノは小さく舌打ちをした。
それから迫りくる、大蛇の鍾乳石のような毒牙に、素早く白水晶を突き立てる。その反発で浮いた体を、白水晶の柄はしっかりと握りしめたまま、大きく逸らして蛇の視界からいち早く逃げる。
適当に地面に着地すると、ちょうど灰色の鬼の目の前であった。自分が描いた五芒星はまだ青緑色の炎を吐いてはいたが、もうすぐにでも消えてしまいそうになっていた。

「遊黒!」間髪入れずに、叫ぶ。「あの蛇の相手を頼む、僕はこっちで手一杯だ。」
「承知。」遊黒は落ち着いた声で答えると、億千もの黒蝶に姿を変えて、遥か頭上、蛇の頭に向かって飛び立った。

その時ふと、頬に冷たい風を感じた。
視認するよりも早く、顔を逸らす。鋭い痛みを感じて、右頬に手を添えると、もう既に赤い血が滲んでいた。

「よく避けたね、速い速い。」
背後で、鬼の声がした。目の前の五芒星の中には、もう鬼は居ない。

振り向くと、鬼が、瞳を青白く光らせて、こちらを見ていた。その瞳孔はまるで蛇の目のように細長く縦に切れている。正真正銘の、鬼の目だった。

どうだろう、やはり人間の身で、コイツに勝てはしないのだろうか。
「やっぱり強いね、そうでなくっちゃ。」
すると鬼が静かに呟いた。「お前、誰なんだ。どうして僕の姿をして現れるんだ。」
「聞かれたら答えるけど、」僅かな動きも見逃さないよう、注意深く鬼を観察しながら言葉を紡ぐ。「こっちが聞きたいよ。お前こそ誰なんだ。僕はね、名前は土我って言うの。千年も昔にね、僕を人売りから買ってくれた陰陽師だった主様にもらった名前でさ。」

「たわけが。お前はニセモノだろう。土我は僕のことだ。」鬼が、少し語気を強めて言った。

「? どうして、そんな根拠はどこにあるのさ。」
「今自分で言っただろう、陰陽師から名をもらったと。あの時、主様が僕を買った理由はただ一つ。僕が鬼子だったから。なのに、お前は普通の人間じゃないか。」
「やだなぁ、自分で自分のこと鬼って言っちゃうのか。由雅もガッカリだろうよ。」
由雅、その名前に鬼が眉をわずかに動かした。「お前、今何と言った。」

「だーかーら、由雅もガッカリだろうねって。全く惨めだね、鬼子と呼ばれたあの頃の土我を、唯一、人だと言ってくれた、」


「うるさい、」


瞬間、鬼の長い爪が喉元に食い込んでいた。自分と同じ顔をした、鬼の爛爛と光る瞳が、すぐ目の前まで迫る。
同時に、白水晶を力いっぱい横に振るってやった。鋭い切っ先は鬼の着ている厚手の茶色いコートを破り、それからもっと奥へと深々と突き抜けて行った。勢いに任せて、刀の柄の入るところまで、鬼の体内へと突き刺す。



刹那の瞬間、両者は静止した。


それから鬼は真っ黒な血を吐き、それと同時に人は口から真っ赤な血が噴き出していった。



Re: 小説カイコ ( No.304 )
日時: 2012/08/29 23:36
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
参照: 政経と家庭科と現代文と世界史が終わってない。オワタ!

                    

                     ◇



        亡き冬は 花とのみこそ雪は散り
                    
                     かくても月日は経にけりや


         濁り染めつる吾が心 いつぞや夢てふものを頼みそめてき
 
                    

                     ◇



遥か記憶の彼方。
あの時、はじめて人を好きになった。


初めて彼女に逢った日は、とても風の優しい日で。
ただただ、やわらかな陽ざしが澄んだ空からふりそそいでいたと思う。


そんな記憶も、今となっては他人のもののよう。
幸せだった遠い日々は、思い出すたびに薄れていくばかり。
いっそのことなら、はじめから出会わなければ良かったのだろう。


今はただ、何も感じぬ孤独の中で、
人外と成り果て、血の匂いを求めて彷徨うだけ。



                     ◇




気が付くと、暗い森の中、一人冷たい地面に仰向けに倒れていた。
降り続く雨はさっきより勢いを増してきている。ふと胸元を見ると、着ているコートは切りつけられたように袈裟に破れていて、そこから信じられないくらいに血が真っ黒な滝を作って流れ出していた。

「あーあ。」
あのニセモノはもう居ない。あれだけの怪我をさせたのだ、きっと一旦退散したに違いない。
遊黒と呼ばれていたあの女の子も跡形もなく居なくなっていて、あたりは雨の降る音以外、本当に静かなものだった。

……痛い。
胸の傷が尋常じゃなく痛い。指で触れてみると、ぽっかりと穴が開いていた。穴は、背中まで通じていた。まるでどこぞのトンネルみたいに。


まずいな、このままじゃあ、蛇姫が出てきてしまう。


とりあえず、傷を治そうと立ち上った。立ち上がるだけなのに、何度もふらついて膝を付いてしまう。うまくちゃんと立てない。しょうがないので、近くにあった木の枝を折って杖代わりにすることにした。だいぶ楽になったが、それでもやっぱりふらふらする。

一歩、踏み出す。それからもう一歩。休まずにもう一歩。
歩くたびに、血の滴が地面に一滴、また一滴と落ちる。黒い血は、地面に触れるたびにまわりのものを溶かしていく。シュウシュウと音を出して白い煙を吐きながら。僕が歩くだけで、どんどん森が枯れていく。

ふと、しばらく歩いたところで、近くに電灯の光が見えた。その光に寄せられて行くと、アスファルトでできた車道に出た。全くひとけの無い寂しい道である。降り続く雨に叩きつけられて、水の溜まった道路は湖のようにも見えた。

ぱしゃり、
アスファルトの道へと一歩踏み出す。やはり、舗装された道は森の中とは違って、いくらか歩きやすかった。

ぱしゃり、ぱしゃり、
足を地面に着けるたびに、小さな水の音がする。けれどそれ以上に、雨の音はザァザァと激しかった。髪が濡れて、ぴったりと頬に張り付く。視界が狭まる。

「あ。」
急に、ガクリと足の力が抜けて転んでしまった。膝が笑っている。立ちあがれそうにもない。
胸の傷が痛い。どうしよう、このままじゃ、本当に蛇姫が出てきてしまう。
息を吸おうとしたら、アスファルトに溜まった泥水を思いっきり吸い込んでしまった。ゲホゲホと咽込む。咽込むと、やっぱり傷が痛かった。

ああ痛いな。すごく痛いな。
もういいか。なんだか、胸の穴を治す気なんてなくなってしまった。どうせもう、死ぬこともないのだから。このまま、ここで無様に寝転がっていてもいい気がした。

ザァザァと、冷たい雨が相変わらずに降り続いている。
本当に僕は、嫌われ者なんだな。天の神様さえ、こうやって酷い雨を降らせてくるのだから。