コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.308 )
- 日時: 2012/12/13 23:21
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SjxNUQ9k)
- 参照: 寒いですね。今朝は、川から湯気が出ておりましたw
※前回 >>304
◇
「左様、土我のしわざじゃろな。それも無意識のうちにだろう。頼む、助けてやってくれ。ワシを手伝っておくれ。奴はワシの友人なんじゃ。」
にゃん太はそう一言つぶやくと、俺を振り返って玄関を開けろと言って来た。言われた通りに玄関を開けると、さっとにゃん太は夜の闇の中に飛び出していった。
「ちょ、にゃん太!?」
びっくりして後を追うと、後ろから太一とハツも続いてきた。外は、とても冷たい雨が降っていて、風も吹いていた。それでもにゃん太は予想以上に速いスピードでトコトコ走っていくので、こちらも自然と駆け足になる。「にゃん太、そんな急に飛び出したって、土我さんはここには居ないよ。たぶん今は空港に……」
「いや、おる。ここに。そなた解らぬのか、この血の匂いが。」
「血の、匂い?」
言われてみれば、確かに、湿気た冷たい雨の中で、かすかに変な臭いはした。あまりいい臭いではない。例えるなら、生ゴミの腐乱した臭気。中学の時に理科の実験でやった、硫化水素。
けれど、血の匂い、というには程遠い気がした。血を見る様な物騒な状況に出くわしたことが無いから、よくは分からないけれど、やはり血の匂いといえば鉄の錆びたような感じではないのだろうか。
その間にも、にゃん太はずんずんと道を進んでいく。しばらく走って、俺の家がある裏門町から一町分離れた助六町の外れの森までやって来た。森は、雨に打たれて黒く濡れていた。木々の葉に、雨粒の当たる音が幾重にも重なって聞こえる。夜は不気味に見えるこの森でも、昼間はけっこう平和なもので、小さいころはよくこの中で友達と秘密基地なんか作って遊んだものだ。
「おいおい、にゃん太まさかこの森ん中入るつもり?けっこうここ、夜歩くには危ないよ。」すっかり濡れてしまって、ぴったりと額にはりつく前髪を払いながら話しかける。制服のままなので、学ランまでびしょ濡れだ。明日までには乾くといいけど……。
「そげな呑気なこと言ってる場合じゃない、」ハツが後ろから話しかけてきた。「はやく助けに行かなきゃ。」
「へ?」
「にゃん太さんもハツもちゃんと説明してあげなきゃ、高橋がしゃねぇのも当然だべさ。にゃん太さんは道案内さ続けて。僕は高橋に説明しながら後ろから追っかっげから。」
わかった、と短い返事がして、にゃん太とハツが先に暗い森の中に吸い込まれるように消えて行った。森の淵で太一と二人取り残されて、俺はただただ、まだ見慣れない太一の広い背中を眺めていた。
「さぁ、僕らも行こうか。」
漆色の雨の下、太一がゆっくりと俺を振り返る。吐く息が、白く空中に浮いて、すぐに冷たい雨に打たれ、消されていく。言われて、はっと視線を合わせると、最後に会ったときより何倍も大人びた茶色の瞳が、俺を見ていた。
「ああ……うん。」
◇
土我はね、何も、感じないんだよ。
彼は千年以上ずっと、何もない世界に住んでいるんだ。何も感じない世界。
いくら美しい景色を見たって何も感じられないし、美味しいものも、綺麗な音楽も、人の温かさも、彼には何一つ感じられない。
見えてるだけ、聞こえてるだけ、感覚がするだけ。
感情の伴わない五感は、まったく意味が無い。だってそれは、機械となにも変わらないから。
ほら、たとえばカメラは美しい風景を写すことができるけど、カメラ自体は何も感じていないでしょう、土我の見ている世界もそれと同じ。
でも彼が言うには、痛みとか、憎しみとか、そういうのは感じるらしいけど、それは僕らが感じる感情とは程遠い感情。
人外、鬼の感慨。世界に嫌われた者だけが感じる孤独の感情。
それというのも、彼があまりにも死んだように長生きをし続けてしまったから。
いや、死なせてもらえない体を与えられてしまったから。
それだけの罪を、犯してしまったから。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.309 )
- 日時: 2012/12/13 23:20
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SjxNUQ9k)
- 参照: 金無くて、髪の毛自分で切ったら大失敗しますた(´・ω・`)
◇
むかし昔、遥か歴史の彼方。
まだ、人が、人でなくて、人として生きられなかった時代。
ヒトと、物の怪とが、いまだ同じであったとき。それが、彼の生まれたセカイ。
「わーーー!鬼子じゃ、鬼子が来よったぞ、汚ねぇ汚ねぇ。」
カツーン、
足元に、小石の雨が降る。
カツーン、カツーン
カツーン、カツーン
何度、聞きなれた音だろう。石の降る、蔑んだ差別の音色は。
石の飛んできた方を見ると、意地悪そうに小さな黒い瞳を光らせた、自分と同じような子どもたちが何人か見えた。薄汚れた土色のボロボロの着物をまとっていて、ここらではよく見かける孤児の集団だった。
「……。」
無言で睨み返すと、大抵の子は怯んで一歩下がったが、先頭に居た一際気の強そうな子だけは、全く動ぜずに不敵にニタリと笑った。
「なんや、やるかぁー。」
こんな奴らに構っていられるか。土我は挑発を無視して歩みを速めた。その冷めた様子が、血の昇りやすい餓鬼大将の機嫌をひどく悪くしてしまったようだった。
「おい、待てやゴラァ!」
ガン、 頭の後ろに突然鈍い痛みを感じた。思わず手を当てると、ぬっとりと生暖かい真っ赤な血が、手のひらに鮮やかにくっ付いていた。頭から噴き出た自分の赤色の液体が目に入ると同時に、鋭い怒りが、ふつふつと心の奥から込み上げてくる。
駄目だ、逆上するな、あんなのに構うな、
そう自分に言い聞かせて、すぐに走り出した。後ろからは、ギャアギャアと騒ぐ彼らの声と、いくつもの小石が地面に叩きつけられる音。それと、バタバタと追いかけてくる草鞋の履いていない裸足の足音。
ああ、面倒だな。小さく溜息をついて、荒れ果てた鉛色の街を右へ左へと孤児たちを振り切りながらめちゃくちゃに走った。
はぁはぁと息を切らせて走り続けると、ふっと道が開け、いつの間にか河原に来ていた。
振り返ると、もうあの孤児たちは追ってきていなかった。どうやらうまく振り切れたようだ。
乱れる息を整えながら、なにとなく河原へ歩き出す。河原には、いつも通り沢山の腐乱した人間の死体がごろごろと無惨に転がっていた。そして大きなハエが、黒い群れを成してソレの周りを耳障りな音を立てて飛んでいる。
この中に、俺を生んだ人も混じっているのだろうか。
黒くなった死体の、ほとんどボロ布のようになった着物からはみ出る、何本もの痩せこけた腕や足を見ながら、急にそんなことをぼんやりと思った。
ふわりと暖かい風が吹いて、思わず目を塞いだ。穏やかな風に乗って、人の腐った臭いも一緒に流れ出す。
嫌になって天を仰ぐと、ただただ平和に晴れ渡っていた。雲一つない透き通った空色が、目にまぶしかった。
空は、こんなに綺麗なのに。どうして、どうして人の世界はこんなにも汚いのだろう。
「絶景ですよね、かような日の河原は。」
突然、誰かの声がして、振り返る。すると五丈ほど離れたところに見知らぬ少女が立っていた。腐った風にその豊かな黒髪と紺色の帯をなびかせて、眩しそうに目を細めてこちらを見ている。
一目で、身分の高いことがわかった。透き通った雪のように白い肌に、射干玉の漆黒の髪がよく似合っていた。
「あなたも、この風景に見惚れていたのでしょう?」少女が、静かな口調で話しかけてきた。
「さぁ、どうだろう。」この少女がどこの誰なのか検討もつかないが、とりあえずこの場所はこの人には不釣り合いだと思った。「ここは、河原は、あんたみたいな人が来るような場所じゃない。その上等の着物を腐らせたくなかったら、さっさとここから出ていくことをお勧めするね。」
「まぁすいぶんと親切な人。でも私、この場所が好きなの。」少女が、一歩こちらへ歩き出す。「それに———— ねぇ、あなた、最近巷で噂の鬼子さんでしょう。」
ふわりと、また柔らかな風が、今度は意味を違えて吹いてきた。
「……ははあ、俺はそんなに有名なのかな。言わずとも見れば分かるだろう、そうさ俺がその例の鬼子とやらさ。」慣れたつもりだったが、この少女が自分に声を掛けた理由が、彼女の好奇心を満たすためだったと思うとやはり不愉快だった。「で?その鬼子に何の用かな。あんまりからかうと痛い目に遭わせてやるぞ。」
もちろんそんな気はない。そんな無駄なことに興味はない。
ただ、野次馬女にはさっさとどこかへ行ってもらいたかった。不愉快だ。
「ふふ、面白い。あなた、やっぱり面白いわ。」
「—————— は?」
その時、一際風が強く吹いた。豪、という音とともに乾いた大気が揺らぐ。思わずギュッと目をつむる。
風が収まり、目を開けると、不思議なことにあの少女の姿がどこにも無かった。辺りを見回しても、一向に見当たらない。
—————————— もしやあの女、亡者の魍魎であったのではあるまいな。
確かに、この世の人としてはあまりにも綺麗で整ったなりをしていた。第一、あのような気品のある人がこんな死の河原に居たこと自体、疑わしい。
ふたたび一人っきりになった河原には、やはりただただ穏やかな風と、暖かな陽のひかりが、熟れた屍の山を悠々と包んでいた。
どうしたことか、近くに聞こえる川のせせらぎが、なんだかやけに真新しく感じた。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.310 )
- 日時: 2012/12/14 22:01
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SjxNUQ9k)
- 参照: 今朝、チャリ横転してアザできますた。
◇
「何も感じない?土我さんが?」
いささか信じがたい太一の言葉を、俺は何となく一人で反芻していた。隣に居る太一がそんな俺を見て、もう一度コクリと頷いた。
「まぁ、僕もよくは分かんねっけど……っていうかさ、なんだかこの森臭いひどくない?」
「それ俺も思ってた。」太一の言う通り、確かに臭いがひどい。にゃん太の後ろを追ってだんだん森の深奥部まで踏み込むにつれて、この腐ったようなすさまじい臭いはどんどんひどさを増して行っている。「まさか毒ガス自殺とかじゃないよね。前に学校の近くであって大騒ぎになってたんだよ……ってあれ!?」
突然、あたりが開けた。
鬱蒼と茂っていた木々が急になくなって、何もない空き地のようになっている。そしてなぜか、地面からは煙が猛烈な臭気と共にもくもくと出ていた。
「ねぇ……これ……。」ハツが、足元をじっと見つめながら言った。「蛇の死体がこんなに沢山。しかも、バラバラになってるよ。」
「えええっ、」
ビビってよく目を凝らすと、なるほど空き地のようになっている地面には、おぞましい数のバラバラになった蛇が散らばっていた。
「ほんとだ、しかも蛇だけじゃないね。よく見るとちょうちょもいっぱい落ちてる。黒いちょうちょだ。」隣から、やけに落ち着いた太一の声が聞こえた。「第一、どうしてこんなところから煙が……」
「こっちじゃ。」にゃん太がクンクンと空中で鼻を鳴らしながら言った。「どうやらここの血は土我のものではないな。最近ここらを荒らしておった子鬼のもんじゃろ。」
「鬼って…!ここに鬼がいたの。うっわ、俺が数学のレポートに苛まれている間にそんなことが…。」なんだか空恐ろしいことを聞いてしまった。
「そうだよ、高橋ったら全然気が付かなかったの。それでじゃあさ、」太一がぽつりと口を開いた。「ここらへんに木が無いのは、もしかして子鬼の血で全部溶けちゃったからかな。」
「おおよそ、そんなところであろうな。それにあいつが関わったことも確かだろう。」にゃん太が東の方向へと頭を向けた。「東の方向からかすかに鬼の気配がする。それに、血の臭いも。行くぞ。」
それから、どうやら事が考えていたよりもかなり重大らしいことに気が付いた俺は、にゃん太のあとを太一とハツと一緒に黙々と追いかけた。
でこぼこした森の中は、木の根っこやトゲトゲした葉っぱなんかが邪魔して、なかなか前に進めない。にゃん太は猫なので体が小さいからサクサク進めるが、俺たち人間勢はかなり苦労する。
すると遠くにポツリと、電灯の小さな光が見えた。もうすぐ森が終わって、道路に出れる。
はたして土我さんはそこに居た。
灰色に霞んだ土砂降りのアスファルトの上、少し離れた往来の真ん中に黒い塊が見えた。近づいてよく見ると、紛れもない土我さんだった。顔を覗くと、元から白い肌をさらに蒼白にさせて、死んだように瞳を閉じていた。うつ伏せに倒れていて、周りには何故か黒い水溜りができていた。
「ど、土我さん……、土我さん…!」
肩を揺すっても、大声で呼びかけても何の反応もない。ただただ、冷たい雨粒の打ち付ける音に自分の声が掻き消されていく。膝を地面につけて俯きに倒れている体を表に起こすと、腕に何か黒い液体が伝って来た。ひやりと冷たいそれは、よくみると土我さんの斜めに切られたコートから止めどなく溢れ出ている。いつも着ている茶色のコートは、乱暴に左肩から右脇腹まで一直線に破り切られていて、さらに土砂に汚れて黒くなっていた。
「おい、任史、触っちゃいかん!!」にゃん太の焦った声が聞こえた。「今すぐ離せ!!」
「んな……、こと言ったって……。」ぐったりとした温かみのない土我さんに、言葉をうまく話せない。「……え?」
自分の手元から、シュウシュウと変な音がした。土我さんを支えている方の学ランの袖から、ありえないことに白煙が出ていた。どうやらこの黒い液体の仕業らしい。「溶け、てる…?」
「じゃから言ったじゃろ!お前まで溶けたら後も子も無いだろうが。」にゃん太が声を荒げた。
「いや、でも。俺は大丈夫だよ、だってほら、」言いながら、にゃん太に黒い液体で濡れた右手を見せた。「俺の手はなんともない。学ランの素材が悪いだけだよ、きっと。っていうか救急車、救急車呼ばなきゃ……、」
ズボンのポケットに伸ばした俺の手を、太一の手が止めた。「駄目だよ、どうも説明つけることができないじゃないか。それに、きっと土我は他の人間にこんな姿見せたくないと思う。」
「じゃ……、じゃあ、とりあえず温かいところに運んであげなきゃ。俺、こっち持つから、太一は足の方持って。んでハツは先に家に帰って準備しといて。」把握しがたい状況に、頭は妙に冴えるばかりだったが、声がひどく震えてうまく喋れない。「ああ、どうしよう。なんで、ここに、こんなとこで……。」
太一と二人で持ち上げた土我さんの身体は、予想していたよりもずっと軽かった。もともとそんな大柄な人じゃなかったが、それでもびっくりするぐらいに軽かった。たぶんこれなら一人でも大丈夫そうだと言って、俺一人の背中に背負ってできるだけ急いで家を目指した。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.311 )
- 日時: 2012/12/15 17:54
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 猫ってかわいいよなぁ(´ω`*)
……肌に感じる雨の寒さより、背中の土我さんの方がずっと冷たい。
ぐったりと右肩に垂れる土我さんの腕に、一瞬、青い蛇の模様が見えた気がした。
全身びしょ濡れになってやっとの思いで家に着くと、ハツが玄関を開けて待っていてくれた。幸いなことに、まだ弟の大季も、母親と優羽子も家に帰って来ていないようだった。
「とりあえず高橋のお部屋にタオルとか敷き詰めておいたんだけげんど、」玄関に入るとハツが扉を閉めながら静かに言った。「ご家族に見つかっちゃったら大変だもんね。」
「そうだね、準備サンキュ。」短くお礼を言って、急いで二階の自分の部屋に駆け上がった。濡れたままなので水滴がボタボタ家の中に落ちる。……どうして、人一人が重傷なのに、ここまで隠していかなければならないんだろう。仕方のないことだと分かっていても、なんだか土我さんが可哀想だった。
部屋について、ハツが敷き詰めておいてくれたバスタオルの上に土我さんをそっと背中から降ろす。さっきは暗い野外だったからあまり分からなかったが、明るい部屋の中でつくづく土我さんを見ると、それはもうひどかった。肌の色は白、というより灰色に近い色になっていたし、口元から黒い液体が流れ出た跡が何筋も刻まれていた。ぐったりと閉じられたまぶたは到底開きそうになかったし、息もしているかどうか微妙だった。
「まさか……」ふっと、嫌な考えがよぎって、けれど口には出さなかった。
「大丈夫だよ。」太一が俺の考えを見抜いたように言った。「土我は死なない。いや、死ねないんだから。」
それから三人と一匹で、死んだような土我さんを囲んで黙り込んでしまった。ハツは乾いているタオルでにゃん太を拭いてやっていて、しばらくすると俺と太一にも着替えてくるように言った。
「高橋、お風呂入ってきなよ。冷えたでしょ。僕は平気だから。」太一が濡れた頭を振りながら言った。
「でも、」
「いいから。そら行った行った。」
「ん、じゃあお言葉に甘えて。」そう言ってみんなを残して、部屋から出た。
それからさっさと洗面所に行って取りあえず水浸し状態の学ランを脱いだ。ちょっと躊躇ったが雑巾を絞るみたいにおもいっきしねじ絞ると、期待通りジャバジャバと水が出てきた。自慢じゃないけど学ランを雑巾絞りなんて滅多にできない経験だと思う。
風呂のフタを開けると、どうやらハツがもうお湯を沸かしてくれていたみたいで、寒い浴室一杯にホカホカと湯気が立った。本当にありがたい限りである。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.312 )
- 日時: 2012/12/16 22:08
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 民主大敗かー応援してたんだけどなぁ…。あべあべが次期総理になるんかなぁ
それから十分に温まってから部屋に帰ると、さっきよりは随分雰囲気がまどろんでいた。が、横たわった土我さんは相変わらず生気のないままだった。
「高橋、ごめんね。高橋のおうちのタオル、何枚か駄目にしちゃった。」ハツが土我さんから目を逸らして、俺を見た。「一応止血したんだけどね、大変だったのよもう。なんせ溶けるから。私も触ったら溶けちゃうからね、直接触らないように手当するのはそりゃもう至難の業で……どうして高橋は触っても平気だったんだろう?」
「ああ、タオルなんか何枚でもお陀仏にしちゃっていいよ。っていうか、溶けるって、さっきの黒い水のこと?」どっこらしょ、と太一の隣に座布団を一枚ひいて座った。「あれなんなの?コートの裂け目からいっぱい出てたけど。」
「血だよ。」隣の太一がはっきりと言った。「血。土我の血だよ。」
「え、」
「誰かにやられたんだろうね、かなりバッサリと。」太一が、今はハンガーに掛けられて、カーテンレールにぶら下がっている土我さんのコートの裂け目を指差しながら言った。「あのコートはね、滅多なことじゃ壊れないんだ。ほら、いっつも土我ったら夏でもあのむさ苦しいコート着てたでしょ?前に聞いたんだけど、あのコート自体が結界のようなものらしくてさ。それなのに今はそのコートが破れてて、中からは土我の血が溢れ出てる…… 僕、こんな弱った土我はじめて見た。」
あの冷たい黒い水は、血だったのか。しかも、モノを溶かしてしまう血。土我さんは以前自分自身のことを人外だと言っていたが、あれは本当だったのか。……そんな、ことってあるんだろうか。
「あ、あの包帯はハツが巻いたの?」土我さんの上半身は、タオルで覆われているところ以外は、なにやら怪しげな包帯でぐるぐる巻きにされていた。包帯には読めないが、いかにもピラミッドかなんかに刻まれてそうな古代文字が墨で何文字も書き連ねてある。
「いや、もとから。コート脱がせたら下には何も着てなくてね、かわりにこの変な包帯だけがぐるぐる巻きになってたのよ。」
「……そっか。」
ますます土我さんがわからない。履いているジーパンだけは、かろうじて普通のジーパンらしいので良かった。
その時だった。ふいに、止血のために包帯の上から抑えるように載せてあるタオルが、わずかに動いた気がした。
「あれっ、今動いたよね!?」太一が言った。「もしかして気が付いた……?」
にゃん太がずい、と土我さんの顔を覗き込んだ。「いいやまだ気は失っておるな。しかし少しは回復に向かったということじゃろう……ってニャ!?」
なんとわずかに動いたと思ったタオルは、次の瞬間、真上に目にもとまらぬ速さで吹っ飛んだ。
部分的に黒く染まって溶けたタオルが、何枚もひらひらと宙を舞う。
驚いて目を見張ると、包帯の裂け目の黒々しい傷口の間に、キラリとなにか光るものが見えた。白みがかった銀色で、見ているうちにどんどん体の中から、その白銀色の謎の物体は這い出るようにじわりじわりと出てくる。はじめに何かの取っ手のような部分が現れた。それからますます速度を速めて他の部分が出てくる。
三十秒もすると全体の概形が見えてきた。五十センチ定規くらいの細さと長さで、剣の形をしている。
「う、わ……」
土我さんの体内から出てきた剣は、全て出終わると部屋の照明に照らされてキラキラと輝いた。それと同時に、土我さんの傷もまるでビデオの巻き戻しのように綺麗に治っていく。灰色がかった顔色も、血色がいいとはまでいかずとも、もとの色まで戻っていった。
「な、なんだか分かんねっけど……」太一が唖然として呟いた。「まぁ、完治、ってとこなのかな……?」
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.313 )
- 日時: 2012/12/18 23:33
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 中国式の名前って格好いいよね。むっちゃ憧れる
翌朝、普通に学校に登校した。
物凄く土我さんのことが心配だったが、あのあと静かにずっと眠っているもんだから、このままそっとしておくのがよかろうということで今は俺のベットで安静中だ。太一もハツも、それから昨日急に喋り出したにゃん太も付いているから大丈夫だろう。
それからあの謎の剣は、ベットの下に隠しておいた。あとは家族が俺の部屋に立ち入らないことを切に願うばかりである。
「おっはー、高橋。」
学校前の坂を上っていると、後ろから鈴木が追い付いてきた。冷たい風が何度も吹いて来て、坂の両脇の竹林から、細い竹の葉がはらはらと巻き上げられている。今日はよく晴れていて、竹林の切れ目から、群青色の富士山が遠くにはっきりと見えた。遠い静岡の富士がここからでもちゃんと見えるのだから、さすが日本一の山である。
「おぉぉ、寒い。これからどんどん朝練が辛くなってくな。つか、お前目の下にクマできてる。」
鈴木が白い息を吐きながらそう言った。
「ねー。もうやんなっちゃうよ。」ふゎ、と大きなあくびが出てしまう。「昨日さ、いろいろあってあんま寝れなかった。一昨日もちゃんと寝てないのに俺限界だよ。あーあ。……ねぇ、急な質問で申し訳ないんだけどさ、鈴木的に土我さんってどう思う?」
特に何も考えずにそう言うと、鈴木は予想外に考え込んだ顔をした。
「どう思うって、なんだよ急に。」それから俺から目を逸らして富士山を見ると、今日は富士がよく見えるな、とぼそりと呟いた。朝日に反射して、鈴木のメガネが光っていた。「俺一回しか会ったこと無いし。あの、あれだ。鎌倉行った時の一回っきりだよ。」
「ああ、懐かしい。そんなこともあったねぇ。」
「あはは、うーん。それで、どう思うってだっけ。率直に言うと俺あーいうタイプちょっと苦手。ほら、何考えてるか全然わかんないっていうかさ。全体的にあの人表情に乏しかったから。なんか掴みどころが無いと言うか。」
意外だった。表情の乏しさなんて、今まで全然気にならなかった。
「そう?でもけっこう笑ってたりしてたべ。」
「そうだなぁ。」鈴木は少し間を置いた。「なーんかさ、俺が疑り深いだけかもしれないけど。この人、本当に笑ってるのかなって、あの時率直に思った。まぁ……普通の人じゃないらしいからそこらへんは仕方ないのかもしれないけど。っつーかさ、本当になんだよ急に。」
ここまで聞いたら事の顛末を話すしかない。というか最初から話したかった。驚かないでね、と前置きを置いて少し声を小さくした。
「その土我さんが、昨日俺の町で倒れてたんだ。真っ黒な血ぃ出して。意識が戻らなくてさ、今も俺の部屋にいるの。」
「まじか。」鈴木が口をタコの形にした。「前から思ってたんだけどさ、高橋って妙ちくりんなことによく首突っ込んでない?気のせい?」
「ぬん。それをすんなり信じてくれる鈴木はほんとにありがたい。なんかこう、話せるとけっこうスッキリすっからさ。」
「まぁね、高橋ほど嘘付くの下手くそな奴いねーし。マジなことぐらい俺にだって分かるよ。姉ちゃんの幽霊見ちゃったぐらいなんだから。信じるよ。それにおもろいし。……で、土我さんは大丈夫なの?病院とかは行かなくていいのか。」
「カイコいわく病院はNGだってさ。あ、そうだ。駅伝と数学で話すの忘れてたけど、今カイコね、人間に戻ってるんだよ。それに妹も連れて。」
うっそぉー、と鈴木が大きく目を開いた。「戻ってるって、アイツもともと人間だったのか!?」
「うん……。ごめん色々とびっくり話ばっかりで。なんかさ、こう、普通の話がしたい。こんなキチガイじみた話ばっかりだと何か嫌んなるよ。」
「普通の話ねぇ〜、」鈴木が芝居がかったように額に人差し指を当てた。「ああそうだ、じゃあ柏木さんとはどうなったの、あの後は。二人で山形なんか行っちゃってさ。ちゃんと告ってフラれた?」
「ちょ、」思わず前後に知ってる人が居ないか確認してしまった。「あれはただの里帰りだって何度も言ったろ!それに二人で行ったんじゃないし、柚木君と柚木君のお母さんも一緒だったし。しかもどうして告る設定になってんのさ!第一、なんでフラれる前提なんだよ!!」
そう反論すると、鈴木がプッと笑い出した。「かわいいなぁ、高橋の焦りよう。俺さぁ、前聞いたんだよねぇ。オケ部の奴から。にゃはは。」
「何を、」 オケ部。オーケストラ部。杏ちゃんの所属の部活である。
すると鈴木はじろりと俺の顔を覗き込んだ。真っ向から見つめられて、思わず歩いていた足を止めた。
それから俺につられて鈴木も止まる。坂のど真ん中で、まだ青々としている竹林と、葉の散った桜の木に囲まれて二人向き合って立ち止まってしまった。
「教えてほしい?」
「そう言われたら聞きたくなるじゃんか。」 焦らされて、顔が変な表情を作っていないか心配になった。
「どうしても?」
「頼むからはやく言えよ!」
すると鈴木は意地の悪い満面の笑みをニッコリと作ると、ゆっくりとその口を開いた。
「やっぱ、教えなーい。」
そう言い放つと、ギャハハハハハ、と一声爆笑して鈴木は素早く走り去ってしまった。校門までの残りの坂を、見る見るうちに駆け上がっていく。
「や、やりやがったなこの野郎!許さねぇ!」
一歩遅れて鈴木の後を追うと、鈴木は振り向きざまに キャーコワーイ とかふざけた高い声で叫んで部室の方向にやっぱり逃げて行ってしまった。
奴の遠ざかる背中を見ながら、こんなこと前にもあったなぁ、とぼんやりと思った。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.314 )
- 日時: 2012/12/20 19:41
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
部室に着くと、これまた騒がしかった。いたっていつも通りの騒がしさである。
鈴木の後に息を切らしながら遅れて部室のドアをくぐると、佐藤先輩と飯塚と小久保の早起き三人組はもう居て、いつも通りに飯塚と小久保が大声で喧嘩していて、いつも通りに佐藤先輩がそれを楽しそうに見物していた。何か違うことと言えば、部室がパッと見きれいに片付いている感じがすることぐらいだろうか。
「あれ、なんかスッキリした……?」
口論する小久保と飯塚の後ろ側の壁をよく見ると、部室の壁一面に張られていたポスターが無くなっていた。
ちなみになんのポスターかと言うと、秋葉原発祥の某人気アイドルグループのポスターである。誤解の無いように言っておくが、このポスターは全て飯塚の持ち寄りである。付け足すと、奴は家路の帰りに秋葉原に寄っていくぐらいの猛者である。
そしてキレイさっぱりアイドルたちが消え去った壁には、代わりにぽつんと一つだけ、富士山のカレンダーが貼ってあった。
「小久保のクソ野郎が全部剥がしちまったんだよ!!このインチキ潔癖症男!!俺のま○ゆがっ!!」
飯塚が俺に向かって怒鳴り散らした。「なんだよ、こんな爺臭いカレンダー貼りやがって、しかももう年末だってのによ、あと二枚しかねーじゃんか!!富士山なんかこっから見えるだろ、小久保のばーろ!!」
あまりにマジギレする飯塚を見て、鈴木が面白がって笑いながら口を挟んだ。「あ〜、俺も朝見てきたよ。今日は良く見えたな。あはは。」
それにしてもポスター剥がされたくらいでそんなにキレるもんなのか。
「ギャーギャーピーピーうっせぇなー。いいだろこっちの方がゴチャゴチャしてなくて。」
小久保がこめかみを抑えながらイライラと言った。
「あぁん、何だとテメェ。もういっちょ言って見ろ、何がゴチャゴチャだと?」
飯塚は完全に血が上っている。
「あー、もう二人ともそこでやめやめー。」佐藤先輩が睨み合う二人の間に無理やり入った。「もー、二人とも毎日喧嘩しててよく持つね、そんだけ仲良しっつーことかな?」
小久保が馬鹿馬鹿しい、とでも言わんばかりに鼻をふん、と鳴らした。「まぁどうせ大掃除の時には剥がしますからねー。僕は悪くないですよ。しかもここは部室と言えども学校ですし、それに剥がしただけで捨てたわけじゃないんだから。」
「まぁまぁ、将輝くんも他人の趣味を尊重してあげないと。あのポスターは全部、一弥くんが数々の死闘を潜り抜けて入手したやつなんだから。」
その時、後ろのドアがガチャリと開いた。張先輩だった。
「なんだ今日も朝から騒がしいな。」
少し、やつれた顔をかすかに笑わせてそう言った。「佐藤、今日のメニューはもう決まったのか。」
「いんやまだ決めてないよ。立人は何がいい?それにちょっと具合悪そうだけど、大丈夫?」
「あー…、昨晩政経と闘ってたから若干寝不足なだけ。大丈夫、何でもいいよ。欲を言うと、筋トレあたりがいい。」
よし決まり、と佐藤先輩がぽん、と手を打った。
「じゃあ筋トレ大会しよう!最初は足上げ耐久戦ね。二分半以下で落ちた人はゴミ捨てに行くこと!もうけっこうゴミ箱溜まってきてるからねー。それとついでに一弥くんと将輝くんは勝った方が勝った方の言い分を聞いてポスターの処理を決めること。以上!」
「先輩いいっすねソレ!おっしゃー絶対勝ったるからな小久保ォ!オレ様の力を見せてやる。」
言われて、小久保がニヤリとした。「言ったな?お前負けたら恥だかんな?俺が勝ったらそのポスター全部家に持って帰れよ。」
なんだかんだ言って、やっぱりこの二人は仲がいいんだとつくづく思う。本人たちには怖くて言えないが、この二人、何となく見た目も似ているのだ。
「はは、この勢いだとゴミ捨て係は高橋か俺だなー。いや、やっぱ高橋かな。」
隣で鈴木がジャージに着替えながら聞えよがしに呟いた。コイツはコイツで、やっぱりどこまでも失礼な奴である。