コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.317 )
- 日時: 2012/12/22 18:17
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 8uCE87u6)
- 参照: 最近身の回りで報道される系の事件多いな。用心用心。
そんなこんなで学校での時間は呑気に過ぎていき、気が付けばいつの間にかもう昼休みになっていた。たったいま四限目の地学の授業が終わって、キーンコーンカーンコーン、とお決まりの鐘の音が響いている。
そして俺は、隣のクラスの村雨さんという人を探していた。
C組の教室を覗くと、どうやら移動教室だったらしく、まだ人っ子一人いなかった。仕方がないので所在無く廊下の前でぼーっと突っ立ていると、しばらくしてやけにスカートの長い女の子が独りで向こうから歩いてくるのが見えた。
「あ、村雨さん。」
やはり村雨さんだった。話しかけると、無機質な静かな声で、なんでしょう、と聞き返された。
この村雨さん、たまたま総合研究の授業の科目が同じなので週に一回は顔を合わせる。不思議な人というか、ちょっと変人に傾いた人で、いつも一人でいる人だった。本人も、どことなく人を嫌っているみたいで他人を決して近づけない感じがある。
そして極めつけが、この人の自由テーマが、『呪術について』というものなのである。ただでさえ得体が知れない人なのに、余計に得体が知れない。
昨日の土我さんのことがあって、この人に聞けば何か分かるかもしれない、とふとさっき思いついたのだ。まぁ、喋りかけるのを決心するまでに相当勇気を要したけれど。
「何か私に用ですか。」真っ黒な長い髪の間から覗いた顔が、やっぱり無表情で機械みたいだ。「確か、高橋君、でしたよね。D組の。」
「うん。急でほんと申し訳ないんだけどさ、村雨さんなんか知らない?こういう図形のやつ。」
言いながら、さっきメモ用紙に書いた、土我さんが昔描いていた壁部屋の図形を渡す。こんな変なこと、普通の人相手には馬鹿にされそうで絶対できないが、この村雨さんなら真面目に応えてくれる気がしたのだ。
村雨さんはそのメモを受け取ると、ちょっと首を傾けた。「これは正しい図ですか。」
「えーっと、いや……。なんとなく思い出しながらさっきささっと書いただけだから……正しくは無いと思うんだ。その、そんな感じの形のやつ。何か知らないかな。」
「ええ、無効韻が欠けているのと、太極が正しくないのを除けば、有名なものですよ。壁部屋とも言うそうですが。」
「壁部屋……」
変な感じだった。かつて土我さんの口から出た“壁部屋”という単語が、そっくりそのまま村雨さんの口から紡がれるのは。やっぱりこの人はタダモノじゃなかったらしい。
「私はこの分野には疎いですから、もしもっと知りたいのであれば図書館に行くことをお勧めしますよ。地下の持ち出し禁止コーナーにはけっこう良いのがありますから。それに加えて言うと、中央図書館だと融通が利きませんから、学校の方が良いでしょうね。」
「持ち禁、か。一度も行ったこと無いな。」 ……というか図書館に行ったことが一度も無い。
「それは私も同伴するべきだという意味ですか。」
「や、いや。気にしないで、俺多分どうにかなるから。」
「そうですか。では要件はもう済みましたか。」
「ああ、うん。」
そう言うと、村雨さんはするりと俺の横を通り抜けてC組の教室に向かっていった。単調な足取りで、カツカツと歩いていく。
「あ、村雨さん!」
くるりと村雨さんが振り返った。真っ黒な瞳で、こっちを見返してくる。
「あの、ありがとうね。」
すると村雨さんは無言で数回まばたきをした。少し何か言いたげな顔をしていたが、結局何も答えずに、またカツカツと歩き去っていってしまった。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.318 )
- 日時: 2012/12/22 14:28
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: そういえば小説カイコの舞台は平成二十三年、今から一年前です。
それから西の渡り廊下を抜けて、図書館へ向かった。
渡り廊下にはもちろん壁なんか無くて、東京湾からの吹きっ風が終始びゅうびゅう吹いていた。灰色に曇った冬空が、やけに寒々しかった。
入学してから、図書館には初めて来たが、思っていたよりも広かった。
一階には何も無くて、二階か地下しかなかった。『受け付けは二階です』と正面の入り口に書いてあったので、とりあえず階段を上がってみる。木造の階段は一歩昇るごとに相当アブない ギシッ、ギシッ、という音を立ててくる。これ大丈夫なんだろうか。
階段を登り終えると、ふわっと温かい空気が身を包んだ。どうやら暖房がたかれているらしい。急な温度変化で指先や足の先がジーンとする。成程、温かい空気は上に昇るんだっけね。
受付っぽいカウンターが右の方にあったので、よく分からないけどそこに向かう。
「あの、地下の持ち禁コーナーに行きたいんですけど……って、」
「あれ、高橋?」
驚きかな、受付に居たのは張先輩だった。
「え、張先輩って図書委員だったんですか。」 正直、図書委員なイメージは無かった。というか先輩の顔色が、風邪でもひいたみたいに悪かった。
「おう。ちなみに小久保もだぞ。曜日違うけどな。で、持ち禁に行きたいだっけ?」
「あ、はいそうなんです。あれ勝手に行っていいんですか。」
……小久保も図書だったのか。アイツは確かに似合っている。
「いやいや、」張先輩が、座っていた回転いすをちょっと回して、背後にあった棚から一冊、簿記みたいなのを引っ張り出した。真っ黒な表紙をしている。それから簿記を俺の前で広げると、ココ、と指差した。「ここに名前とクラスと日付書いて。そしたら持ち禁の部屋のカギ渡すから。」
「へぇ〜、けっこう厳重なんですね。」言われた欄に、1-D 高橋任史、それから日付を書く。ギョッとしたことに、一つ上の欄には、1-C 村雨千春、と機械みたいな文字で書いてあった。
「まぁな、俺もこんなに厳重にしなくてもいいとは思うけど……はい、これ鍵。昼休み五分前には返すこと。」
「ありがとさまです。……先輩、なんか今朝佐藤先輩も言ってましたけど、顔色が相当わるいですよ。大丈夫ですか。休んだ方がいいんじゃ……」
すると張先輩はそうか?とか笑いながら、さっさと俺を階段の方へ追い出してしまった。
また再び階段を下りて、地下へと向かう。想像していた通り、地下はとてつもなく寒かった。しかもさっき温かい二階にいたばっかりに、寒さが倍ましだ。
「ここか……」
地下へと続く階段の突き当りに、薄緑色の扉があった。その古そうな鍵穴に、さっき先輩から渡された鍵を突っ込む。錆が酷く、けっこう力を入れて回さないと鍵が回らなかった。鍵が回った後も、扉がかなり重くて、開けるのに一苦労だ……これを、あの村雨さんの細い腕で開けたのかと思うと、少し信じ難い。まさか変な魔術でも使ったんじゃなかろうか。
部屋は、真っ暗だった。まぁ地下なんだから当たり前か。どこかに電気のスイッチがないかとキョロキョロしていると、扉の横にぽつねんと古風な黒いスイッチがあった。パチリとそれを点けると、数秒間があってから、蛍光灯の白い光が真っ暗な空間にぱっと現れた。
部屋の全体像が見えると、案外、思っていたよりも広くなかった。一歩部屋に踏み入れると、古い本特有の、あの不思議な匂いがした。決して嫌な匂いではないんだけど、普段は嗅がない、あの不思議な匂い。
狭い部屋の両側にはびっちりと本棚がそびえ立っていて、その中にまたびっちりと本が詰まっている。
聞いた話、ずっと前に戦争が終わって日本が負けて、GHQの支配下に収まった時に、この地下にこれらの本が隠されたらしい。戦前の本には、まぁいわゆる“危険思想”に分類される本が沢山あったらしく、それらがけしからんということで、学校でも多少なりとも本狩りがあったらしい。それを当時の校長が憂えて、こっそり大事な本だけ、この地下にしまったらしい。
その名残で、ここの地下は未だに秘境じみたところがある。もちろん今やGHQなんて居なくなったし、日本は立派な独立国家なんだから、もう隠す必要もないんだろうけど。
しかし、本の量が多い。第一、俺は何が読みたくてここに来たんだっけ。
いまいち目的が分からなくなって、とりとめもなく本棚の間をぶらぶらした。みんな本当に古そうな本ばっかりである。かつての卒業生や教職員から寄贈された本もいっぱいあった。寄贈本は大抵、背表紙に薄い赤色の紙が貼ってあって、何年卒業・何某寄贈、と書いてある。
「わー、これめっちゃ古い!」
本棚の上から二番目、一番右端にあった本がめちゃめちゃ古い。明治二十六年卒業、と薄い文字で書いてあった。何年前の本なのだろう……ええっと、明治が四十五年までで、大正が十五年間、昭和が六十三年とちょっと、そして今が平成二十三年だから……ざっと百年以上前の本である。
寄贈者は……よく読めない。ちょっと気になったので背伸びして、その本を本棚から引っこ抜く。手に取ってよく見てみると、『 明治二十六年本校卒業・苓見雅敏 贈 』と書いてあった。
「……ん?」
何かが引っ掛かる。苓見雅敏? この人物が何か引っ掛かる。でも俺はこんな人物知らない。もしかして歴史に出てくる人で同じような名前の人が居たんだろうか……
よく分からないまま、その本を開く。ちなみに表紙は赤茶色で、何の変哲もない本だ。文面は漢字と片仮名ばっかりの明治式の文章で、読みにくいし何を書いてあるのかよく分からない。
ひらり。
その時、本の隙間から何かが落ちた。
慌てて拾い上げると、写真だった。きっとこの本の間に挟まっていたのだろう。白黒の、やっぱり昔風の写真だったが、あまり劣化していなくてピントもきちんと合っていた。拾い上げた写真の裏には、万年筆で書いたような細い字で、『苓見家、庭にて』とだけ書いてあった。
「ふーん、写真ね。」
ひっくり返して見てみる。確かに庭で取った写真らしく、その大きな庭の背景には立派な明治風洋館が映っていた。どうやら家族写真みたいで、家族らしき人たちがそっと笑いながら映っている。男の人は紋付き袴、女の人は着物か、豪華な西洋風ドレスを着ている。……ははぁ、この苓見という人は余程のお金持ちだったようだ。
……ってあれ。
写真の中央の人物の横に、なぜか見知った顔が写っている。今にも消えてしまいそうな笑顔で、こちらに笑いかけている男の人。その年齢の割には、髪が若々しい黒では無くて、灰色で……
これ、もしかして。
土我さん?
その時、急に気が付いた。苓見雅敏、という名前に引っ掛かっていたんじゃない。苓見、という名字に引っ掛かっていたのだ。
だって、だって確か。土我さんの名字も苓見じゃないか。
「おぅい、高橋。何見てんだ。」
急に、背後で声がして、あまりにもびっくりしてよろけて尻もちを付いてしまった。
「あ、張先輩……。」
見上げると、先輩だった。
「なーにそんなにビビってんだ。もう昼休み終了まで五分前だからよ、迎えに来てやったんだ。お、なんか落ちてるぞ。」
そう言いながら、今俺が落としてしまった写真を拾い上げた。「写真、か。随分古そうだな……」
急に、先輩の動きが止まった。表情が凍って、目が写真に釘付けだ。
「先輩?」
変だな、と思って先輩の横に立ってその写真を覗き込む。
「先輩?」
「これ、この人……」先輩が震える声で土我さんを指差した。「俺、昨日会ったよ、この人に。」
「————— え?」
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【ちょっと解説】
え? 張先輩って土我さんと会ってたっけ?と思った方もいらっしゃるかもしれません。夏休み最後の更新から、随分間が空いてしまいましたからね……でも確かに土我さんじゃないけど土我さんな人に会っているんです(?)
詳しくは >>291 の後半をご参照ください!