コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.325 )
- 日時: 2013/01/01 13:23
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: PC中を必死に捜索。Cドライブのテンポラリにも残ってなかった…
◇
それからいつもより少し早めに部活を終わらせて、さっさと家に帰った。とりあえずこれ以上妙なことに出くわすのは避けたい。
地元に着くと、もうとっぷりと日は暮れていて、外は真っ暗だった。どうしたことか今日は星はおろか、月もまったく見えなくて、駅周辺のまだ明るい地区を遠ざかるにつれてだんだんと見える景色は本当に真っ暗になっていった。田んぼと道路の間の用水路が立てる、サラサラとした寒々しい水の音がやけに響いて聞こえた。地面も空も真っ暗で本当に寒々しい。時々見える、電灯のぽつりぽつりと灯る白い光も、今日ばかりはこの寒さに一役加えているだけだった。
「ただいまー。」
それから無事に家に着くことができた。自転車を車の横に留めて、玄関をあける。中に入ると、壁一枚隔てた居間からは、テレビのガヤガヤという温かな音が聞こえた。いつも通りの光景に、大袈裟だけどいつもよりずっとほっとした。すぐに階段を上って、自分の部屋に向かう。
「高橋おかえりー。」
部屋に入ると、こちらもいつも通り……ではないが、太一とハツが朝と同じように座ってくつろいでいた。にゃん太は居なかったが、土我さんもベッドで朝見た時と全く変わらず、まだ昏々と眠っていた。
「ただいま。今日一日大丈夫だった?」
「うん何とか。」太一があぐらを崩して、立ち上がった。「誰も入ってこなかっただ。弟さんが隣の部屋で暴れてる時はちょっとヒヤッとしたけど。」
「ああ……弟が騒がしくてごめん。なーんか大季の奴、最近荒れてるからなぁ。お年頃かね。」
まぁでも、あの時期に無意味に暴れたくなる気持ちは分からなく無いでもない。俺は暴れなかったけど。
「土我さんは?」
「変化なし。」ハツがヤレヤレと首を振った。「あのデカイ地震があった時も何とも反応なかったのはー。」
「そっかぁ……」
その時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
「何だろ、宅配かな。」
「もしかしておいしいものとか!?」ハツが目をキラキラさせながら言った。
まぁ俺には関係ないことだろうと思って呑気にしていたら、チャイムに出たらしい母親が早足に階段を駆け上ってくる音が聞こえた。まさかこっちに来るんじゃ……
「タカシー、いるー?」
そして少しも間を置かず、部屋のドアノブがカチャリと回る音がした。全身の血の気が引いていくような気がした。
「ギャーッ、開けないで開けないで開けないで!!」
叫びながら、あちらからドアを開けられる前に、こちらから必要最低幅だけドアを開けて、できるだけ背伸びをして母親から部屋の中が見えないようにカバーした。
「何か用?」
明らかに動揺したのを見て取ったのだろう、母さんは俺を見上げると可笑しそうに笑い出した。
「どうしたのよー、なにしてたの?」
「何でもいいべ、何か用っすか。」もうヒヤヒヤものである。
「失礼ね、今のチャイムあんたのお友達だったわよ。任史くんいますかー、って。」
「友達?」
こんな平日の夕暮れにわざわざ家に来る奴なんかいただろうか。第一、何か用があるのなら普通メールで済ませるだろうに……何かまた妙なことになりそうな気がする。
「待たしちゃってるから早く出て上げなさいよ、寒いんだから。」
「う、うん。」でもどうしよう。ここから動けない。
「なによー、そんなに部屋の中見られたくないの?もうやーねぇー。大丈夫よ、見ないから見ないから。」
「別にそういうわけじゃ……」
そう小馬鹿にしたように言い放ってケラケラ笑うと、母さんはやっと階段を降りて行ってくれた。
……何か重大な誤解を招いたような気がしてならない。それからほっとして後ろを振り向くと、太一とハツの姿はもう跡形も無くなっていて、なんとカイコに変身した後だった。
「ふ、二人とも随分と便利だね……。」二人が座っていたあたりには、抜け殻のような着物が落ちていた。
「まさに肝が冷える、って感じだったよ。」カイコに戻った二人の声は、いくらか幼く聞こえる。
「二人とも出て行って!」ハツが急に思い出したように叫んだ。「着替えるから!出てけー!!」
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.326 )
- 日時: 2013/01/01 15:15
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 正月ってのんびりしててサイコー
ハツに太一と一緒に二人揃って追い出されて、とりあえず俺はそれから玄関で待っているという誰だかわからない友達のために階段を降りた。
「……はい?」
玄関を出ると驚き、土我さんが立っていた。
思考が真っ白にフリーズしてしまい、言葉が何も出ない。
「任史くん、こんばんは。」
土我さんがニッコリと笑った。張り付けたような笑みに、冷たい夜風が通り抜けていく。
その時気が付いたが、土我さんはあの、いつも着ているコートを着ていなかった。暗闇に目が慣れてくると、なんと真っ黒な和服を着ていた。しかも、髪も真っ黒だった。
黒髪に、黒の和服。
今日の昼休み、張先輩も同じようなことを言っていなかったっけ。
「どうしたの、そんなに驚いて。」
「いや……。驚くも何も……。あ、電気つけますね。」
言いながら、門柱の下の紐スイッチを引いた。白熱灯の黄色い光がやんわりと点く。
「学校から帰ってすぐなのに申し訳ないね。」
灯りの中で見た土我さんは、いつもより大分印象が違って見えた。なにせ髪が黒いし、目の色も濃かった。いつもの全体的に色の薄い土我さんは風が吹けば飛んで行ってしまいそうなイメージがあったので、物凄く見慣れなかった。それに、どうしてここに居るのだろう。さっきまで俺の部屋で寝ていたはずなのに。俺が階段を降りる間に部屋からここまで瞬間移動したのだろうか。でもチャイムが鳴った時はあそこに居たはずで……
「あの、土我さん、ちょっと意味がわからないんですけど……。」
「ん?ああ、」土我さんはまたあの不気味な笑い方をした。「君の部屋に居るのはニセモノだよ。早く捨てなさい。窓から落とすなり何なり。さっさと家から出したほうがいい。」
「偽物って、どういう意……」
「じゃあもっとハッキリ言ってあげよう。アレはヒトじゃない。できないなら僕が代わりに始末してあげるから。」
そう言うが早い、するりと風のように俺の横をすり抜けると強引に家の中にあがっていってしまった。
「ちょ、待って下さい、土我さんってば!」
土我さんは猫みたいに音も立てずに、素早く階段を上がっていく。遅れて、俺もその背中を追う。
だけど何か変だ。というか全部変だ。土我さんは普段あんな強引な人じゃないし、第一すっかり頭が混乱してしまって、今何が起こっているのかどういう状況なのか、土我さんが何を言わんとしているか全く分からなかった。
階段を上り終わると、廊下の突き当りで土我さんが俺の部屋の前で突っ立っていた。その後ろ姿に追いついて、やっと一息つく。「土我さん一体もう何なんですか……、こんな急に……。」
「ねぇ、開けてくれる?」
土我さんが俺を振り向いた。口元は優しく笑っていたが、目が本気だった。「結界が張ってあって僕じゃ開けられない。開けてくれるだけでいいんだ。」
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.327 )
- 日時: 2013/01/01 20:08
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 正月ってのんびりしててサイコー
「ねぇ、開けてくれる?」
理性より先に、直感が開けてはダメだと告げていた。
「いや、です。」
「嫌?おかしいなぁ。」土我さんは呆れた風に腕を組み直した。「君の部屋に巣食っているのは人外だ。ただでさえ禍を呼ぶ。どうして嫌なのさ。」
「自分でもよく分からないですけど……」
その時、ふと背後に何かの気配を感じた。しかし振り向いても誰もいない。
「う…、わ……。」
急に右腕が意識していないのに勝手に動いた。あまりの驚きに、金縛りにあったみたいに体が動かなくなってしまった。それでも、右腕だけはしっかりとドアノブを握りしめて、そしてついにドアを開けてしまった。
「うん、上出来。ありがとう。」
土我さんは俺に言うふうにでもなく、俺の背後に向かってそう言った。まるで後ろに誰か居るみたいに。そしてその途端に、全身の緊張が抜けて、体が自由になった。土我さんは、そんな俺を抜かしてさっさと部屋に入って行ってしまう。
そして次の瞬間、全ての事が一コンマの間に何倍にも何倍にも凝縮されて、物凄いスピードで起こった。
土我さんが部屋に一歩踏み込むと、ベッドの下から何かが目にもとまらぬ速さで、ビュッと空を切って飛んできた。
鋭く光って銀色の弧を描いたソレは、昨晩、倒れていた土我さんの中から出てきたあの刀。
そして刀が土我さんに触れるか触れないかの刹那に、ふっと背後から旋風が吹き抜けた。やけに冷たくて、鋭い風だった。
瞬間、まるで重たい金属の塊がぶつかり合った様な鈍低い轟音が轟く。
まるで腹の底まで響くような、そのまま意識を失ってしまいそうな。
「……ッ!」
思わず両耳を手で塞ぎ、ギュッと目をつぶる。頭が痛い。歯が痛い。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.328 )
- 日時: 2013/01/01 21:01
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
恐る恐るまぶたを開くと、そこにはどうしたことか、数えきれないほど億千の黒蝶がひらりひらりと舞っていた。異世界めいたそれは、煌々と不思議にきらめく碧い鱗粉を撒き散らしながらひらひらと飛んでいる。
しかもそこは、もう俺の部屋でも何でもなくなっていて。
ただただ真っ白な世界で、廻りでは黒い蝶がひらひらと舞っている。
「……土我さんっ!」
必死に邪魔な黒い蝶を掻き分けて、轟音の響いた方へと向かう。それでも蝶は俺の邪魔をして、碧い鱗粉を降り注いでくる。蝶は、耳障りなキシキシという高い音を立てて猛然と襲い掛かってくる。鱗粉は、目に入ると痺れるように、痛い。
「じゃ、邪魔だ、邪魔だ邪魔だーーーっ!!」
もう何が何だか訳が分からなくなって、一直線に突っ走った。それでも、黒蝶はキシキシと音を立てて追いかけてくる。それから逃げるように、ただただ前へ前へと突き進んだ。
真っ白な何もない世界をもうどれだけ走ったのだろう。感覚的には、二百メートルぐらいだろうか。
そろそろ全力で走れる限界だ。太腿がだんだん疲れて、足の回りが鈍くなる。今ばっかりは、短距離ではなくて長距離に所属しておけばよかったと心底思う。
すると突然、目の前に一枚、薄い長方形の黒い影が現れた。
当然、全速力で走っていた俺は急に止まることなんてできない。
嫌でも、その黒い影の中に突っこんでいってしまった。
詰まる呼吸と、肺一杯に満たされる熱い空気。
これは以前、時木と一緒に壁部屋の黒い壁に入った時と、同じ感覚だ。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.329 )
- 日時: 2013/01/02 00:22
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
……するとどうだろう。
どうしてか、急に目の前が真っ暗になったと思えば、次の瞬間に、また俺は部屋に戻っていた。
正しくは元は部屋の前に立っていたのだが、今は二歩ほど進んだ部屋の入口であった。あの二百メートルは、きっとこのたったの二歩だったのだ。
それから走っていた勢いに負けて、そのままベッドの上に突っこんでしまった。体の下からは、ぐにゃりとした感覚。申し訳ないことに重症の土我さんを下敷きにしてしまった。
「お寄越し小僧、そこをどけ。」
聞きなれない低い女の人の声。驚いて顔をあげると、部屋の真ん中では知らない女の人二人がお互いの喉元に刃物を押し当てて睨み合っていた。
小僧、と俺に怒鳴りつけた人はこちらを向いていて、真っ黒な着物に真っ黒な髪をしていた。豊かな黒髪の左側には大きな赤い花が咲いていて、そこから白く輝く真珠がいくつも垂れていた。その人の目の色は驚くほど真っ青で、さっきの黒蝶の鱗粉と同じ藍色だった。そして蝶のような細い眉の間の、白い額は、禍々しい深紅の入れ墨で飾られていた。
その人と組み合うこちらに背を向けた手前の女の人は、顔こそ見えないが、恐ろしいくらいに青く光る髪をしている。カールのかかった長い髪は、無造作に背中から腰まで垂れていた。この人もやはり昔風の着物を着ていたが、どちらかというと大陸風の、飛鳥時代朝廷の女官が着る様な裾の長い服だった。
「ならぬ!」
青い髪の女の人が怒鳴った。「何千年経とうとも変わらぬものですな、姉上。件の予言は聞きませなんだか。」
「そなたこそ、卑しき蛇女のくせして何を言う。はようそこを退け。」黒髪の人は落ち着いた低い声で睨んだ。「はよう退け、そのほうが某の為じゃと言うておるに。」
「嫌じゃ!」
すると黒髪の人は低く舌打ちした。「なれば仕方ないのう。小僧の方から始末してやろう。」
小僧、俺のことか。思わずその女の人の方を見ると、ガッチリと目が合った。その藍色の瞳に捉えられた瞬間、またあの轟音が頭のなかでガンガンと響いた。目が回るほどの轟音と、頭の痛みで思わず自分の声も分からないのに夢中で叫んでしまった。
そしてふいに、俺の意識はぷっつりと途絶えた。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.330 )
- 日時: 2013/01/02 00:33
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%89%E6%A7%98
【用語解説】
ここでこれからお話の展開がだんだん怪しく(笑)なっていくのですが、その前にある程度の簡単な用語解説を行いたいと思います。主にあっち系の怪しい用語解説です。あっち系ってあっち系じゃないっすよ。
●件の予言→【件とは人面獣身の日本の妖怪。牛から生まれて人語を話す。絶対に外れることの無い不吉な予言を残すという。主に大災害の前に目撃例が増えると言われる。画像検索するとけっこう怖いのが出てきます。】
●オシラサマ→【東北地方じゃ比較的有名な神様。リアルに自分の山形の本家にもお堂があります。お白様とも書き、蚕の神または農業の神などと言われる。かつて馬に恋した少女が神格化されたものだとも言われている。この小説に出てくる蟲神様はこの神様がモデル。詳しいことは参照にのせたwikiで……。】
●櫛名田比売→【日本書紀の表記では奇稲田姫と書く。日本神話の八岐大蛇退治の話で登場する。八岐大蛇という大蛇に食べられる予定だった女の子。結局素戔嗚尊というまぁ簡単に言えば勇者……な人に助けられる。】
●草薙の剣→【三種の神器の一つ。三種の神器とは、皇室に代々伝わるという宝物。ちなみに草薙の剣は壇ノ浦の戦いの際に、海に入水しなすった安徳天皇とともに海の底に沈んだとされる。つまり現存していないということ。】
●青い髪の女の人→蛇姫【灰色の土我さんの式。遊黒の妹。蛇の妖。】
●黒い髪の女の人→遊黒【黒色の土我さんの協力者。蛇姫の姉。黒蝶の妖。】
何だか最近、四章がコメディ・ライトからかけ離れているような気がしてならない……まぁ、いいか!
っつーか誰か妖怪好きな人いませんか。現実界じゃ変な人扱いされそうで妖怪の話ができないんです。ははは。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.331 )
- 日時: 2013/01/02 12:41
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: http://id27.fm-p.jp/data/430/irasutodeno/pub/6.png
◇
「……まったく、何年経っても仲の悪い姉妹なことで。」
遊黒の呪いで失神した高橋は、しばらくして急に起き上がると、何とも無かったように遊黒と蛇姫の間にそう言いながら割って入って行った。その透き通るような声は、すでに彼のものではない。その様子を、蛇姫の金縛りで動けない黒髪の土我は、壁にもたれ掛ったまま物珍しげに眺めていた。
「たっ、高橋……!」
部屋の隅で身を寄せ合って避難していた太一とハツが、あまりのことに呼び止めた。だが、振り向いた高橋はただ「ごめんなさい。」と一言発しただけだった。
「あなたは相変わらず乱暴なのですね、遊黒。」
たしなめるような、滑らかな口調で高橋がそう言う。彼の瞳は、どうしたことかいつの間に、燃えるような若草色に染まっていた。
「まぁ……、これはこれは。」遊黒が忌々しげに高橋を睨む。「御久しゅうございます、白姉さま。」
「シラアネ……。」蛇姫が訝しんだように眉根を寄せた。
「白姉とは懐かしい。しかしとくの昔から、わたくしの名は蟲神に定まりました。しかしまぁ、かようなところで我ら三姉妹揃うとは、珍しき事もあるのですね。」
「神?」遊黒が馬鹿にしたように鼻で笑った。「お姉さまが神ですか、……ずるいこと。」
「ずるい、とはなんでしょう。羨望されるような立場ではありませんよ。」
遊黒は不愉快そうに口元を釣り上げる。
「では人間共も随分とはしたなくなったものですなぁ。畜生と通じた女を神と崇めるとは、汚らしい。」
その苦い毒の含んだ言葉に、思わず蟲神は眉を顰めた。否、今は人の子の姿であるが。
「相も変わらず言葉が悪いですね。」
蟲神と遊黒の間に閃く静かな敵意を、蛇姫は息を飲んで見ていた。この仲の悪い姉二人が、本気で殺し合いをはじめたら、どうなってしまうのか彼女には想像もつかなかった。
「ええ、悪くもなりましょう。それにしたってお姉さま、許せませぬなぁ、神だなんて。
……わたくしの方が、強いのに。」
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.332 )
- 日時: 2013/01/03 17:27
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: BoToiGlL)
- 参照: ミスった……
「随分と傲慢になりましたね。」
蟲神はそっと身構える。任史を守るためにと出てきてみたものの、これでは本末転倒ではないか。わたしは、また間違ってしまう。
「遊黒、」
その時、黒色の土我が声をあげた。「本来の目的からずれているぞ。そちらは放って置け。それに蟲神さん、あなただって大事な任史くんを危ない目に遭わせたくはないでしょう。そこに寝そべっている汚い男をさっさとこちらへ渡してはくれませんか。ついでにこの金縛りも解いていただきたい。」
最後の言葉は蛇姫に向けたものだったが、蛇姫は鬱陶しそうに睨んだだけだった。
「……わたくしも関わるなとは言ったのですがね。」蟲神が高橋の口から静かに言う。「しかし我が子孫がそれでも救おうと意思するものですからね、今まで見て見ぬふりをしておりました。」
「……して、返答はいかにございましょう姉上。」
遊黒が低い声でそう呟いた。つかさず蛇姫が蟲神を振り仰ぐ。白い喉に突き付けられた刃が、部屋の照明にキラリと光った。遊黒と蛇姫が互いに突き合わす刃物を握る手は、少しずつ、少しずつ熱を帯びてきている。
蟲神は小さくため息をついた。
「—— わたくしは任史さえ無事であれば良いのです。この男を渡して、ここを去って下さるなら従いましょう。」
「合点承知。」黒い土我が嬉しそうに笑った。「ほぉら蛇姫さん、これで二対一だ。諦めてどいてくれないかな。それに、そんな主人守り通したっていいこと無いぞ。」
「ほら、蛇姫聞きませぬか。」遊黒が意地悪く諭すように言った。
蛇姫は金色に光る瞳で姉二人をねめ回した。あまりの怒りに、全身が小さく痙攣する。蛇のような縦に細い瞳孔が、大きく開く。
「嫌じゃ。」
「なれば仕方ありませぬなぁ。」遊黒がスッと目を細めた。
その途端、バーンという爆音と共に遊黒の回りからおびただしい数の黒蝶が湧き出した。毒蝶は、その碧い毒の鱗粉と共に蛇姫めがけて襲い掛かる。避けようとした蛇姫の足元を、今度は床から突如生えだした桑の木が絡め取る。蟲神の桑の木は、そこから共に、あらゆる種類の蔦まで生やして蛇姫を雁字搦めにしてしまう。
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ——!」
悲鳴と共に這い出した巨大な青い蛇は、その鋭い毒牙を剥き出しにして、毒蝶を安々と飲み込んでいく。蛇の毒と、蝶の毒とが交じり合って、辺りには物凄い臭気と灰煙が立ち込める。
「許さぬぞ、姉様も大姉様も!許さぬ許さぬ!」発狂したようにそう叫ぶと、彼女は一瞬のうちに一匹の毒蛇に姿を変えた。怒りに身を任せて、猛然と遊黒に襲い掛かる。
「こ、の、はした蛇女が!」
それと同時に、遊黒の姿は一匹の小さな黒蝶へと変わった。そしてひらりと舞い上がって毒蛇の攻撃をかわした。地に落ちた毒蛇は、襲うべき敵はどこだと狂ったように辺りを見回す。
その金色の瞳に、高橋の姿をした蟲神が映る。
蟲神は心底後悔した。これではやはり本末転倒、任史を余計に危ない目に遭わせている。
次の瞬間、躍り掛かった毒蛇の頭を、蟲神は横へ飛んでかわした。そして、ベッドに横たわる土我を楯にする。
「小賢しいのう!」毒蛇がシュウシュウと、牙から毒液を撒き散らしながら叫んだ。
するとその毒蛇の頭上に、一羽の黒蝶が舞い降りた。すぐにこれでもかとばかりにその毒の鱗粉を蛇の瞳めがけて振り落す。つかさず、どこからか湧き出た一匹の子蛇がその蝶向かって飛びかかる。そして今度は子蝶が湧き出て……
—— ああ、任史ごめんなさい。やはり私は間違っていた。
任史の意思を優先すべきだったか、それを無視してでもこの鬼から離すべきであったか。
……正解は、明らかだ。
ふいに、手元にぬめりとした感覚が伝わった。見ると、ベッドから湧き出た青黒い蛇が、いつの間にか両手両足に絡み付いてその自由を奪っていた。驚いて、すぐに手を振り払うが人の身ではどうしようもできない。
「……わたくしも、戦わねば、ならぬのですか。」
やはり間違っていた。でも、今、闘わなくてはどちらにしろ守れない。ふと、顔を上げると部屋の隅では、太一とハツが部屋の惨状から逃げるようにして身を寄せ合っていた。
ごめんなさい任史、それに太一にハツも。
私はこれから、任史の身体を借りて闘わなければならない。
……ならば、彼らの魂だけでも安全な場所に隠しておこう。蟲神は静かに目を閉じた。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.333 )
- 日時: 2013/01/04 23:37
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 風呂沸くまでにこうしーん(゜∀゜)
◇
「……ここは。」
ふと目が覚めると、真っ暗だった。
辺り一面、果てが見えないくらいの漆黒。
「ッ!」
頭の後ろが急に痛んだ。さっきの、青い目の黒髪の女の人に睨まれたからだろう。……それにしたって痛い。ジンジンと、まるで痛いところだけ生きてるみたいに脈打っている。
それからしばらくただただ目をつむって、痛みに耐えていると、ふいに痛みが引いて行った。本当に急に、風が吹くように痛みは消えていった。
そして目を開けると、そこには暗闇の中に煌々と、星が一つだけ光っていた。その光はやけに魅力的だった。こんな暗いところは嫌だと、勝手に心の奥底で、その光がとても愛おしく思えた。そして気が付けば、俺の足は果ての無い暗闇を蹴って、その光に向かって走り出していた。
「お前まで来たか、任史。」
不意にそんな声が聞こえて、右肩に重みを感じた。見ると、走る俺の肩に、軽々とにゃん太が飛び乗っていた。
「にゃん太……?なんでここに?っつーかここは何なの。俺、部屋に居たのに気が付いたらこんなところに……。」
「時の狭間、そう呼ばれておるな。」にゃん太はのんびりと言った。「しかしなんでお前がここにおるのやら。さては死に底なったか?」
「し、しにっ」
「冗談じゃ。真に受けるなアホゥ。ほれ、入口が見えてきた。」
「入口……?」
確かになるほど、なぜかあの光は大きくなって、本当に目と鼻の先まで迫って来ていた。有り得ないほど真っ白に輝いていて、眩しくって、思わず腕で顔を覆った。そしてそのまま抗う術もなく、俺とにゃん太は光に飲み込まれていく。
「————っ!!」
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.334 )
- 日時: 2013/01/05 00:22
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 風呂沸くまでにこうしーん(゜∀゜)
◇
「やぁねぇ、傀儡女がいるよ。」
平安京、一条大路より船岡山を越え遥か外京の地。
千年の遥か昔。そこはまだ、鬼や異形、魑魅魍魎が、当たり前に人の世で跳梁跋扈していた時代。
「なんだい、不細工が高い口叩くんじゃないよ。」傀儡女、と呼ばれた艶やかな黒髪の女が悠然と振り返った。その派手にはだけた胸元と、鮮やかな柄の映した帯が、やけに似合っていた。「その腐れびょうたんみたいな顔じゃ、好いた男も落とせなかろうに。どうだいあたいが羨ましいかえ?」
「この…!」
「やめときなよ、あんな下品な女相手にするんじゃあない。」
そう言うが否や、その二人連れは汚物でも見るような目で女を一瞥すると、すぐさま踵を返してしまった。
「ふん。」
女は、高下駄をカランコロンと楽しげに響かせて、再び帰路に着いた。帰路と言ったって、帰る場所があるわけでもない。ただ同じ傀儡の、仲間のたむろする場所に帰るだけだ。
女は、それからふいに不安げな顔になって、その大きくなった腹を右手で抑えた。それから、思い切り自身の腹へとこぶしを振り上げる。鈍、とした鈍い痛みが響いたけれど、やはり腹の子は流れてくれそうにない。
「ああ……どうしよう。」
身を売って暮らしていたその女は、名をハジキといった。傀儡と罵られながら、今まで知らぬ土地を仲間と共に、あちらへこちらへと漂いながら暮らしてきた。歌を歌い、楽器を奏でて、欲に負けて近づいてくる男を餌食にして暮らしてきた。
それはそれで、彼女にとって十分な生き方だった。たとえ世間の人間がどう思おうと、彼女は彼女なりに懸命に生きていた。どこぞの賢人が決めた道徳など、誰が有難がって拝むというのか。
そんな彼女は今、最大に困っていた。誰の種だか知らないが、腹に出来た子が流れてくれそうにないのだ。今まで身籠ってしまったことは何度かあったが、大抵は毒を少し飲んで、寒いところに立っていれば勝手に死んで流れた。……とても、痛かったけれど。
それがどうしたことだろう。
今回できてしまった子は、どうしたって流れない。もっと強い毒をと飲んでは見たが、こちらの頭が痛くなるだけで一向に流れてくれそうにもない。これは、
「……もしかして、鬼子?」
その恐ろしい想像に、思わず全身が泡立った。自身の未来のあまりの暗さに、意識が、くらくらした。
鬼子。
遊女たちの間では昔から、ひそかに噂されていた。
何度も毒を飲んで、子を流している傀儡女や遊女には、たまに鬼子ができてしまうことがあるという。腹に宿った子の、それから流されてしまった子の、怨霊が腹には溜まっていって、いずれ鬼となって生まれてくるのだと。その鬼の子には、どんな毒も効かないのだと。その母親は、大いに苦しみに苦しんで最後には鬼子を生み落して死んでしまうらしいと。
「嫌だぁ。あたい、死ぬのはまだ嫌だ!」
ハジキは自分の腹を何度も叩いた。何度も、何度も。お願いだから流れてくれと。
けれど腹の子は全く動じない。それはそうだろう、子流しの毒も効かないその胎児は、きっと鬼子に違いないのだから。
「いやだぁ……。」
ハジキは独り、途方に暮れた。その乾いた瞳に、涙が溢れた。嘘でしか流したことの無い涙が、とめどなく流れてくる。こんなに恐ろしい思いをしたのは、本当に久しぶりだ。
「あたい鬼の親になんかなりたくないよぅ、まだ死にたかないよう……。」
そんなハジキの願いなど、聞いてくれる神仏がどこにいるだろうか。
数日の後、ハジキはその命と引き換えに、嫌だ嫌だと泣きながら鬼子を生み落した。まわりの人間は、そんなハジキを可哀想にと言いながら、遠巻きに関わらないようにして見物していた。
ハジキの生んだ赤子は、産声をあげなかった。
しかし、しっかりと生きていた。なぜかまわりの人間には、その赤子が嗤っているようにしか見えなかった。
その子は、赤子のくせにもう髪の生えた、妙に色の白い子供だった。
その髪も、老人のような灰色で、瞳は猫の子のような、薄い黄色に傾いた色をしていた。
どこからどう見ても、正真正銘の、鬼子であった。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.335 )
- 日時: 2013/01/06 01:32
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 最近午前は部活、午後は自習室、深夜はカキコの繰返しだぬwww
その後、鬼子は川に流された。
穢れた鬼子は殺してしまうべきであると、皆々が口に唱えた。が、あえてそれをしようとする者は居なかった。赤子とは言え鬼の子である。それを殺すのはとても恐ろしかった。殺した者には、きっと恐ろしい呪いがかかる。
「川に流すのはどうだや。」顎髭をたくわえた男がのんびりと言った。
「それも殺しと変わらん、呪いがかかる。」老婆が蟾をつぶしたような声で呟いた。
「籠に入れて流すのはどうだ。それで鬼子が溺れても川が荒かったせいだ、俺たちは殺したことにならねぇ。」
「なるほど、そうしよう。それがええ。」
「おおや、そうしようそうしよう。」
して、鬼子は川に流された。間に合わせで作った、みすぼらしい小さな籠に入れられて。一度も抱かれたことの無いその哀れな赤子は、川の流れが作る、緩やかな揺らぎをまるで母に抱かれているかのように喜んだ。
小さな籠は、下流へ下流へとゆっくりと流れていく。
ゆるやかに、ゆるやかに。まるで優しく鬼子をあやすように。
その様子を、はじめから俺とにゃん太はそばで見ていた。まるで幽霊みたいに。あの眩しい光に包まれてから、なぜかこんな昔の、こんな知らない土地ににゃん太と一緒に飛ばされてしまったのだ。
「にゃん太、あの赤ちゃんってまさか……。」
「土我であろうな。」
「……。」
やっぱり、そうなのか。薄々そんな気はしていたが、これではあまりにも可哀想ではないか。生まれる前から母親に疎まれ、生まれてからも鬼子と罵られ、そして、誰にも愛されずに川に流されてしまうなんて。
それから、だいぶ下流に下ったところまで来た。
そこでは、一人の女が川に魚罠を仕掛けているところだった。
「おや、赤子の声がする。」
彼女は焦げ茶色の髪を無造作に掻きあげると、遠くから流れてくる一つの籠を見つけた。「なんや捨て子かいな。」
そのまま、ジャブリジャブリと水を掻き分けて籠を手元に引き寄せる。籠には、やはり予想していた通り、小さな赤子が収まっていた。
「やぁやぁ、泣くんじゃないよ。」彼女は、ただ単に嬉しかった。夢にまで見たのだ、嬉しく無い訳が無い。「アイツが生まれ変わったんかね、同じ灰色の髪だ。なぁに、お目目まで同じ猫目色さね。」
赤子は嬉しそうに眼を細めた。そしてニッコリと笑う。つられて、彼女も嬉しくなって笑った。
「ほれ見た、鬼子でもちゃんと笑えるんだ。それにそこいらのクソガキより数倍可愛いさね。ああ、こんなお川の上じゃ寒いねぇ、家に帰ろう。いっしょに帰ろう。」
女は、籠から赤子を取り上げると、大事に大事に胸に抱いて川から上がった。かつて鬼と言われて殺された、優しい恋人とそっくりな赤子を抱いて。いつかまた会えると言った、彼との約束は真となったのだ。
それから数年の間、鬼子はとっぷりと愛されて育った。
貧しくはあったが、きっと普通の子でもこんなに愛されて育った子は二人としていないだろう。
鬼子を拾った女は、まるで自分が生んだ子どものように無心に赤子を愛した。今はこの世の人ではないが、かつて彼女が恋した男も、この赤子とまったく同じ灰髪猫目の鬼人だったのだ。きっと彼が、また生まれ変わって、私のところに帰って来たに違いない。
鬼子にとって、そのたった数年間はもしかしたら、鬼子が歩む千年以上の長い人生の中で、一番幸せな時間だったのかもしれない。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.336 )
- 日時: 2013/01/06 21:27
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 新大河ドラマ始まりましたねー…大河ドラマって何で大河なんだ??
「サユキ、俺遊びに行ってくる!」
「ああ、いってらっしゃい。」
鬼子は大きくなった。もう、年は四つになるだろうか。ちなみに女は名をサユキといって、鬼子にもサユキと呼ばせていた。
サユキは、いつも通り朗らかに笑って、鬼子の後姿を手を振って見送った。
そしてそんな春の暮れ。
鬼子がいつも通り遊びから帰ってくると、家にはサユキの姿はおろか、なんと家ごと無くなっていた。黒々とした焼け跡が、無残に広がっているだけだった。
「え……?」
あまりのことに言葉も出ない。感じるのは、ただ冷たくなっていく喉の奥だけ。沈み始めた陽の光は、あっという間に地平線に沈んで行き、すぐに真っ暗な夜になった。まるで、これから先の鬼子の運命を暗示するように。
しばらく途方に暮れていると、どこからか見慣れない男たちがやって来た。そして放心している鬼子の腕をつかむと、さっとどこかへ連れ去ってしまった。
■
「ドアホが!!なして鬼子なんぞ連れてきたんじゃ!!」
「申し訳ありませぬ……。暗くて分からんかったのです。」
「あああ、このドアホ!!」
次の朝、鬼子が目を覚ますと、どうしたわけか全く知らない場所に寝そべっていた。鬼子のまわりには、自分と同じくらいの年齢の、みすぼらしい着物を着た子どもたちがわんさか居た。そして見回せば、彼は竹と板でできた、大きな檻の中にその子供たちと共に閉じ込められているのだった。
檻の向こうでは、怒鳴り散らす知らない男の声が聞こえた。鬼子、鬼子となんども怒鳴っている。
「手前が責任を持って売りさばくんだな。」男の声が低く響いた。
「そんな……あんなの売れませんよ、捨てればいいじゃないですか……」 今度は、弱弱しい男の声がした。
「お前知らんのか、鬼子を殺すとな、祟られるんだぞ。捨てても次の日には枕元に立っているという話だ。鬼子はきちんと人に渡さないとな、いつまでもいつまでも付いてくるんだとよ。」
「そんなぁ。」
「だからドアホと言ったんじゃ、このドアホが。」
鬼子は、ぼんやりと疑問に思った。きっと、この中の誰かがあの男が言っている鬼子に違いない。でも、誰なのだろう。そんな厄介な奴が、この中にいるというのか。
「なぁ、お前。」
一人の男の子が、急に話しかけてきた。
「なんや?」
「お前、鬼子じゃろ!俺、初めて見た!」
「俺が……?」 まさか自分がその例の“鬼子”だとは思わなかった。
「せや、こんな気色の悪い奴他におらんで。」
「は……?」
鬼子は、生まれてから今まで、自分の顔をきちんと見たことが無かった。あまり興味が無かったのもあるが、流れが急な川の水では、満足に自分の姿も映せなかったのだ。
「あぁあ〜気持ち悪い気持ち悪い、お願いだから隅っこに行ってくれよ!」
「こっちには来ないでくれよ!」
「こっちにも来るな!!」
鬼子は急に、悲しくなった。急に家に帰りたくなった。
今の今まで、放心していて何が起こっているのか全く分からなかったが、檻の中で他の子どもたちから罵られているうちに、どうやら大変なことになったのではないかと気が付いた。
どうして、自分はこんな檻に入れられているのか。
どうして、昨日の晩、知らない男たちに連れ去られたのか。
どうして、昨日の夕暮れ、家が跡形も無くなくなっていたのか。
そしてあの黒々とした焼け跡は、もしかして家が焼けた跡だったのではないか。
それに、サユキはどうしてしまったんだろう。
「サユキ……。」
ふと口に出すと、余計に不安になった。涙が溢れた。
「わぁああー!鬼子が泣きよったぞ!!恐ろし恐ろし。」
鬼子が泣き出した様子を、他の子供たちが面白がって囃し立てた。鬼子は余計に悲しくなって、さらにさらに勝手に涙が溢れてくる。拭っても拭っても、どうしようもないくらいに溢れてくる。
「おおや、てめぇらうるせぇ!! 騒ぐんじゃねぇ!!」
その時、恐ろしい男の声が向こうから飛んできた。怒鳴られて子どもたちは、急に大人しくなる。
そして、無言で意地の悪い小さな瞳で、鬼子を蔑んだようにチラリチラリと見やった。
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.337 )
- 日時: 2013/01/06 22:13
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
- 参照: 最強に伏線を回収してみました(笑)!土我さんの真の名公開。
そして鬼子は、だんだんと無口になった。
もとは性根の優しい、明るい子であったのに、いつの間にか鬼子の名に相応しくなってしまった。
冷たい冷たい檻の中。
冷たい冷たい視線に毎日耐えて。
きっと自分でも知らずに、頭はおかしくなって、心も無くなってしまった。
今までサユキに愛されてしまったからだろう、他の孤児は経験したことの無い愛情を味わってしまったからだろう、
そんな日々は、幼い鬼子にとって耐えられるものでは無かったのだ。
■
———— 人売りが来たぞ。
—————— 鬼子商人が町に来よったぞ。
あの日から、幾日が過ぎたことだろう。鬼子たちを入れた檻は、大きな牛に曳かれて、見知らぬ土地にやって来た。
やがて檻の周りに人だかりができ始めた。そこでもう十分に人が集まったと商人の長は判断したのだろう。歩みを止めて、牛を止めて、牛と檻とを繋いでいた綱を牛から放してやった。檻の中の子供たちは、ひそかにざわめき立つ。
———————— そして檻の中の子供たちは、ここぞとばかりに急に大きな泣き声とも叫び声ともつかぬ騒音を立て始める。
否、一人、隅で黙っている鬼子を除いては。
いつも通りの光景だ。鬼子は、いささかの侮蔑を込めて、そんな彼らの後姿を檻の隅から眺めていた。
そしてしばらくが経った。鬼子は昼の日差しに照らされて、うつらうつらと居眠りを始めていた。
すると突然、人々の間にどよめきが走った。何が起こったのかと、鬼子は夢から覚めて、はっと目を見張る。
「おお、陰陽師の旦那か。」
檻の外の男が、しわがれた声で呟いた。鬼子が檻の外に視線を投げると、向こうから、一際目立った長身の人物がゆっくりとした足取りでこちらへ向かって来ていた。深草色の狩衣姿で、薄青色の指貫を穿いている。
陰陽師は商人の前まで現れると、しげしげと檻の中を観察した後に、商人に向き直った。
何となく、鬼子はその陰陽師と目が合った気がした。
「のう、鬼子がおるな。」陰陽師が呟いた。平たい、人間味の欠けた声だった。「あれを私におくれ。いくらじゃろか。」
その言葉に、男が驚いて声を上げた。
「でも旦那、いいのですか。あれは見ての通り見た目が……」
要らぬことを申してくれるな。鬼子は心の中で男を呪った。
「構わぬ。それゆえ気に入った。」
「え。」
あまりの驚きに、勝手に声が出ていた。しかしその声は、誰にも届いていないようだった。
「はぁ。」男が、呆れたように呟いた。
「そうだ、もう一人買おう。あの子と一番仲の良い子を売っておくれ。」
「は……?」
「きっと一人では寂しいだろう、鬼子も。」
鬼子は胸が高鳴るのを感じた。何が何だかよく分からないが、もしかしたら、この檻から、出られるのかもしれない。やっとここから自由になれるのかもしれない。そう思うと、急にその陰陽師がまるで弥勒菩薩のように神々しくみえた。
そして商人は檻の中から鬼子と、もう一人適当に選んだ男の子を出させた。その子は、どうしたことか一言も喋らない子で、鬼子の次に、周りの子供たちから毛嫌われていた。鬼子は、一緒に選ばれたのがこの子で良かった、と心底思った。
気が付けば、ほかの子供たちが羨ましがってぎゃあぎゃあと不愉快な叫び声を上げていた。その声を、気持ちのいい優越感と共に聞き流した。俺の方が、お前たちより先に売れたのだぞ、と。
商人は陰陽師の前に鬼子とその子を二人並んで立たせた。鬼子は、隣に並んだその子とやはり大きく違っていた。白すぎる不吉な肌、薄すぎる不気味な瞳、年老いた老人のような灰色の髪。
陰陽師はほぉ、と感嘆の声を上げる。そして商人に金を払うと、膝を折って鬼子と同じ目線になって、顔を覗き込んだ。見つめられて、とても緊張した。なにせ陰陽師の顔が、まるで作り物のお面のようだったのだ。そして陰陽師の背後では、黒い鴉がギャアギャアと鳴いていた。
「そなたに名をやろう。」陰陽師が囁いた。「今日がお前の誕生日だ。さすれば五行の土が欠けておるな、通り名は 土我とせよ。」
「……土我。」
そっと口にすると、不思議ととても嬉しかった。
「そうだ、土我だ。またな、真の名もやろう。」
そう言って、陰陽師は声をより低くして、鬼子の耳元で囁くように言葉を続けた。
「今からお前に授ける真の名はな、我が先祖が代々、式に付けてきた名じゃ。心して聞くのだぞ。」
「しき?」
「まぁ、いずれ分かるだろう。」陰陽師が優しく付け加えた。「貴死、だ。覚えたな?字は貴ぶ死と書く。」
「……タカシ?」
陰陽師が満足そうに頷いた。そして立ち上がると、今度ははっきりとした大きな声で言った。
「よいか、真の名は誰にも言ってはならぬ。しかるべき人に出会ったら、その時にのみ、口にしてよい。」