コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.342 )
- 日時: 2013/01/27 01:09
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
- 参照: ゴールデンボンバーにハマりだした
「任史、あまり見るな。引き込まれるぞ」
はっと、右肩からにゃん太の声がした。思わず拓哉から目を離す。
「……?」
「人は過去に囚われやすい。過去に囚われた奴は、二度と帰って来なくなる。今を生きられなくなる。……気を付けるんじゃな」
「う、ん……」
まだもっと見ていたかった。あの頃の温かな思い出に、全身をゆっくりと浸かって居たかった。けれど、そう思ったのも束の間。すぐに目の前の風景は霞んでいき、色がくすんでいき、靄が散るみたいに消えていった。……最後に、楽しそうな笑い声を小さく耳に残して。そして気が付けば、元通り、あの果ての無い宇宙がただただ漠然と広がっているだけだった。
「にゃん太、それでさ、俺どうすればいいのかな?こんなところでずっと居るのはさすがに嫌だよ……」
「そうじゃなぁ」にゃん太が朗らかに笑った。「出口でもあればいいんじゃが。何せワシもここは久しぶりでな」
「久しぶり?じゃあ、前に来たことがあるの?」
「おう、あっちの時間で言えばちょうど半年前。任史が時木からカイコマスターに選ばれた時だな」
「ぶはっ、カイコマスターとか懐かしいわ。なーんか今聞くと相当恥ずかしい名前だね」それに、時木も懐かしい。
「……ん?というかにゃん太さ、時木とか知ってたの」
「もちろん。お前がカイコマスターに選ばれたからワシがここにおるんじゃろ。たぶん。土我はなんだかんだで危ないヤツじゃからな、こうしてワシがきちんと監視しといてやらんといけん」
「??」
意味が解らない。半年前?土我さん?
そんな俺の様子を見てか、にゃん太はまた可笑しそうに笑った。
「すまんなぁ、説明するのはどうも昔から苦手でな。まぁ、ここは時の狭間じゃ、答えが知りたければ念ずることだな。お前は左回りだし、うまくいくさ」
「念ずる、か」
ためしに言われた通りに念じてみた。なむなむ。
するとどうだろう、間合い良く、今度はいつのまにか知らない煉瓦の街に立っていた。空は飴色に曇っていて、クラシックな小型な自動車が時折煙を吐きながら走っていく。ふと見上げた頭上には、深緑色の小洒落た看板が掛かっていて、金色の文字で「Schutz」と書いてあった。それにどこからか、パンの小麦粉が焼ける、ふんわりとした匂いまで漂っていた。
「Beeilen Sie sich!」
向こうから、女の人の高い声がした。振り返ると、男女四人組がなんだかワイワイ楽しそうにしながら早足に駆けていた。それにあろうことか、土我さんがその中の一人に混ざっていた。
「わ、あれ土我さんじゃん」
「ワシもおるぞ。ふふふ」
「え?」
その四人組がこちらへどんどん近づいてくる。もちろん、あちらは俺たちなんか見えていないんだろうけど。四人のうち二人はどう見ても西洋人で、一人は女の人で見事な金髪にこれでもかというほど青い目をしていた。もう片方は男の人で、明るい茶色の髪をしている。それに、やけに着飾ったスーツをすらりと着ていた。
あとの土我さん含めた二人は、アジア人だった。土我さんじゃない方の人は、背が高くって土我さん並に地味な恰好をしていた。それに、どこかで見覚えのある顔だなぁ、と思ったら張先輩に似ている。顔立ちから背格好までそっくりそのままである。
「あの人張先輩に似てるな……」知らず、口に突いて言葉が出ていた。
「ほぅ、似てる奴がおるのか。ありゃワシだぞ」
「え」
「ワシの若いころじゃ、懐かしいのぅ。そんなにたまげるな、ワシだって元は人じゃぞ。太一と同じじゃて」
「……。なんか、とんでもない事が起こってるのは分かったよ。うん、なんとなく理解したっぽい」……とりあえず、ややこしい事は脇に置いておこう。
そんなうちにも、土我さんたちはあっという間に目の前まで来ていた。むろん、全く俺らに気が付く様子も無い。そのまま通り過ぎようと、して
「あれ?」
土我さんが、急に立ち止まった。俺の目の前で。
こちらの方をじーっと見て、不思議そうな顔をしている。けれど、視線は全く合わない。
何を見ているのか、ただ茫然とこちらの方をまばたきをしながらずっと見つめてくる。着ている例の茶色いコートが、そよ風にはためいた。
その時、急にズボンのポケットあたりが熱くなった。あんまりにも熱いから、驚いてポケットの中に手を突っ込んでみると、何か丸いものに触れた。なんだろう、こんなものポケットに入れた記憶はないんだけど……
熱いのを我慢してそっと取り出すと、ビー玉のような、小さな桃色の石が手のひらにあった。
ああ、思い出した。二日前、陸上部のみんなと泊まりで数学の宿題をやった時に、銭湯のコインランドリーで洗濯したウィンドブレーカーのポケットの中に入っていた石だ。確か、もとは山形に行った、お祭りの前日に土我さんから貰った、石。
これが、どうした訳かすごく熱くなっているのだ。それに、前に見た時よりもピンク色が、濃くなっていて、ところどころ小さな花びらのように、赤色の斑点ができている。
「ようやく、気が付いたか」
にゃん太が、低い声で、囁くように言った。