コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.348 )
- 日時: 2013/02/03 14:12
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
- 参照: 女々しくて今度部活の旅行で踊りますよw
◇
うらうらの 春におもほゆ君なれど
鳥辺野の煙となりしは 冬の月
◇
「土……我、さん?」
勝手に、声が漏れていた。するとふいに、土我さんが俺に気付く。
「サユキ?」 土我さんが、俺の目をしっかりと見てそう言う。
「え」
すると急に電気が消えたみたいに、周囲が真っ暗になった。洒落た煉瓦の街はとっくのとうに跡形も無く消え去っていた。果ての無い暗闇以外には、何も見えない。あの、幻想的な宇宙さえももう見えない。
—— とおりゃんせ、とおりゃんせ、
誰かの、泣き声が聞こえる。
冷たい暗闇の中、永遠とこだまして、すすり泣く細い声が響いている。
—— とおりゃんせ、とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ
背筋を冷たいものが這った。思わず鳥肌が、全身に泡立つ。それでも例の泣き声は止まずに、漆黒の中をユラユラと漂っているみたいだった。
ふと、足元に目を落とすと、一輪の花が咲いていた。
薄桃色の花びらが可憐な、ほんとうに小さな花だった。大きさは、茎の部分も含めて小指くらいだろうか。その花びらは暗闇の中、微かに輝いていて、ぼうっとしたどこか幽霊じみた光を放って咲いていた。それにほのかに、甘い香りがした。
「サユキが、帰ってこないんだ」
花の不思議さに見惚れていると、背後から、すすり泣きと共にそんな声が聞こえた。驚いて振り向けば、そこには一人の少年が、大きな瞳いっぱいに涙を溜めて、ただただ泣いていた。か細い体が、今にも折れてしまいそうだった。
俺には何となく分かっていた。
たぶんここは、土我さんの心の中なのだ。
そしてこの少年は、きっと土我さんに違いないのだ。
「その人が、帰ってこないの?」
できるだけ優しく聞いた。すると頭二個分は俺より小さかろう少年は、きっと俺を見上げると激しく首を振った。
「帰って来るんだから!サユキは、絶対に帰って来るんだから!!」
すがるような目と、詰まってよく通らない声で、そう俺を責め立てる。俺を睨んだその大きな瞳が、やっぱり予想通り琥珀色の、とても薄い色をしていた。そして、その髪は、やっぱりくすんだ灰色だった。
「そうだね、きっと帰って来るよ」
「ほんとう?」
「うん、よかったら俺と一緒に、探しに行ってみる?」
「行く!」
手を差し出すと、少し躊躇った後に、弱弱しく握り返してくれた。やけに白くて小さくて、冷たい手だった。これで良いのだろうかと、にゃん太に聞いてみようと思ったら、どうしたことかさっきまで右肩に乗っていたにゃん太はどこかに居なくなっていた。……どこに行ったのだろう。でも、こんな暗闇の中じゃ探しようもないし、仕方がないので聞くのは諦めることにした。
「花は、」
さっきの不思議な花はまだあるだろうかと思って、少し振り向いて辺りを探して見るけれど、あの薄桃色に光る花はどこにも生えていなかった。かわりに、不思議そうに俺を見上げる少年と目が合うばかりだった。
「はな?」
「ううん、」今度は俺の方が首を振る。「もういいんだ。さぁ行こうか」
さぁ行こうか。……まぁ、そう言ってはみたものの、俺もどこに行けばいいのか分からないけれど。ふわりと、勝手に爪先の向く方向に宛てもなく歩いていく。きっとこの暗い世界には、正しい道は無いのだ。正しいと思って歩んだ道が、正しい道に成り得るのだ。
そして次第に暗闇に目が慣れてくると、どうやらここは洞窟の中らしいことが分かった。ちょうど半年くらい前、時木に落とされたマンホールの中に似ている。このひやりとした冷たい空気も、果てが無いような漆黒の闇も。どことなく、そっくりなのだ。
俺たちが一歩踏み出すごとに、洞窟の中には空虚な足音が閑々と響いていく。足の裏から飛び出した堅い音は、あっという間に闇の彼方へと吸い込まれては、鋭く響いて、消えてゆく。