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Re: 小説カイコ ◇最終章◇ ( No.352 )
日時: 2013/02/07 21:25
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
参照: いよいよ近づくクライマックス。


 そして俺は、小さな土我さんのその小さな手を握ったまま、真っ暗で果ての見えない洞窟を、それから永遠と歩き続けた。その時間はとても長い時間だったような気もするし、思い返せばほんの短い時間だったような気もする。
 時々、洞窟の中では水音の反芻する寂しい音が聞こえた。
 どこか、洞窟の天井から水が滴っているのか、ぴちょーん、ぴちょーん……と、物寂しい孤独な粒の音が何度も何度も響いては消えてゆく。そしてその水音の音には必ずと言っていいほど、あの、光る花が現れた。はじめに現れたのは薄桃色の花だったが、あのあと黄色やオレンジ色、空色や紫色など、様々な色の花が現れた。最後には血の滴らんばかりの深紅の彼岸花までが暗闇の中、咲き誇っていた。黒と赤の対比が、やけにグロテスクで、思わず直視できなかった。葉の無い彼岸花の生えている根本には、本物の血のような赤い赤い液体が、とろりと花の回りを飾るように溢れ出していた。

 そしてさっき、ついに洞窟の終わりまで来た。終わり、と言っても洞窟がそこで終わっているわけではない。まだ洞窟は果てもなく続いている。しかし、今立っているこの場所は、洞窟の天井が丸く、穴が開いていて、そこから怪しい月明かりが覗いているのだ。
まん丸く開いたその天井は、どこか、見覚えがあるような気がした。しばらく考え込んで、やっと分かった。もう半年も前の話になるのだろうか。ここは、いつかの雨の季節、時木に落とされたマンホールの中だった。

 土我さんの心の洞窟の中を歩いてきたはずなのに、こんな身近な場所に辿り着くなんて思いもしなかった。マンホールの穴からひっそりと覗く、優しい月の影がやけに印象的だった。

 そしてもっと驚くことに、その月明かりの真下、土我さんが深く首を垂れて座っていた。灰色がかった髪の色が、月の色に映えて、暗いマンホールの中、真っ白に光って見えた。
 その土我さんが座り込む隣には、この世の物とは思えないような、見るも奇妙な、恐ろしい真っ黒な花がその漆黒の花弁を広げて悠々と咲いていた。

 首を垂れて俯いたままの土我さんと対峙して、俺は今の今まで、この長く暗い洞窟の中で見てきた妖美な花たちや、幼い土我さんの怯えた顔や、なによりも次から次へと脳裏に掠めてやって来る、不思議な物語の一場面を思い返していた。

 不思議な物語。まるで映画のワンシーンを切り取ったような鮮やかな情景。
 それは、あの花を見るたびに、すっと頭の中に入ってくる。そしてそれはきっと、土我さんの長い人生の断片の記憶に違いないのだ。
 
 あの暗い洞窟を小さな土我さんと二人っきりで歩いて、何度も土我さんの記憶のカケラを垣間見た。長い長い千年分の、ひどく味気ない千年分の、生の記憶を一つ一つ見てきた。

 その一部始終を、今からゆっくりと整理していこうと思う。




 —— 今から綴るのは、悲しい悲しい二つの物語。

        
         遥かな昔、一千年の昔、平安の闇の中。
         鬼子と罵られた少年と、変わり者の少女の物語。


         そして太古の昔、一万年の昔、雲泥の闇の中。

         大蛇に恋をした一人の青髪の少女と、
         獣と心を通わせた、緑の目をした若い女と、
         誰も愛せない、哀れな蝶の妖の女の、

         妖美奇妙な三姉妹の物語。