コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 小説カイコ ( No.353 )
日時: 2013/02/09 22:46
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
参照: 正月の餅がまだ山ほど残っているー。


 

                  間章 

              記紀編  櫛名田蛇比売


 遥か歴史の彼方、ここは、出雲の地。
 神と、人とが、いまだ同じ世に住む神話の時代。その、中華、龍の住む伝説の地から海を隔てた極東の国は、まだできたばかりの、四つの島から成っていた。

 その、一番大きな島に、出雲と呼ばれた地があった。
 

 アシナヅチ、テナヅチは仲の良い夫婦であった。大山津見神の子である彼らは、今でいうならば“神”という類のものなのだろう。

 夫婦には、娘が八人いた。
 上の五人はすべて他へ嫁に行っていたが、残る三人はいまだ同じ屋根の下ともに暮らしていた。

 三人のうち、一番年長の娘は白絹姫、二番目は遊黒蝶、三番目は櫛名田姫といった。この櫛名田姫、少し妙な成り行きで蛇姫とも呼ばれていた。
 三姉妹は上の五人の姉たちよりも、ずっと美しかった。見紛うほどの美しさに、両親は宮の奥にてそれは大事に大事に育てたという。しかし美人の噂は漏れるの早く、流れるの水の如くにてあっという間に世間に広まっていた。

 三姉妹は、青の三姉妹とも呼ばれていた。

 白絹姫は、文字通り透き通る雪のような白い肌を持った、緑色の目をした大人しい娘であった。
 しかし驚くことに、舌が蒼かった。
 
 遊黒蝶は、黒蝶に化けることができた。形の整った眉が、またさらに蝶のようで、そしてそれを飾る艶やかな黒髪は、他に勝る者がいないほど魅力的であり、当人も誇りにしていたようだ。
 そしてその瞳は、海のような深い藍色だった。

 一番下の、蛇姫は、目の大きい、一番活発な娘であった。目元と頬に入れた真っ赤な入墨がよく似合う、笑顔の多い娘である。
 彼女の巻いた長い髪は、光輝いていて、その色は宝石のような碧色だった。

 
 かくして、三人は蒼い舌、藍い瞳、碧い髪の、青の三姉妹と呼ばれたのだった。

Re: 小説カイコ ( No.354 )
日時: 2013/02/17 20:58
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ./RSWfCI)
参照: 脳内では完結までいってるんですけどね。どうも文章にするとorz

 
 五月。
 春の爛漫の桜が散って、もうすぐ、梅雨の季節がやって来ようとしていた。
 春らしい淡い水色の空に、桃色の桜が映え映えと咲き誇ったのも束の間、五月の紺青の天には若々しい緑色の葉桜がこれまた悠々とその諸手を広げていた。

 そんな澄んだ五月晴れの昼下がり、かの三姉妹のうち末っ子の蛇姫は柄にもなく慣れない手つきで髪だ着物だを着飾っていた。年、いまだ一四、五歳の少女らしい細い体が、忙しくあちらこちらへとバタバタと動く。

 「姉さま、どうです、髪は崩れていませぬか、後ろのほうは綺麗になっていまするか」楽しそうに浮かれた、しかし少し心配そうな、そんなどちらともつかない声で蛇姫が姉に聞く。

 「はいはい、」呆れたように、白絹姫が穏やかに相槌を打つ。「綺麗ですよ、蛇姫はヤマタ様にぞっこんですね」
 「ふふふ。行ってきます!」

 蛇姫は嬉しそうに笑うと、見た目に似合わぬ物凄い速さでパタパタと駆けて行った。その様子を、遊黒蝶が白絹姫の背後からその深い青色の瞳で馬鹿にしたように眺めていた。

 「どう思いますか、姉上」遊黒蝶の低い声が、そっと響いた。
 「別に、どうも。よろしいのではないですか、蛇姫が自分で選んだ殿方です。あの子のしたいようにさせてあげればよいのです」
 「しかしですね、ヤマタは半妖ですよ。人でも無い、ましてや神でもない。下賤な人と下賤な妖怪のあいのこです。そんな得体の知れぬ相手なのですよ、あの娘が恋しているのは」

 「……。」
 それきり、二人は黙ってしまった。言い方に毒があるか無いかの違いで、きっと二人の内心での意見は一致していた。

 ヤマタ。蛇姫が恋をした男の名である。
 蛇姫が恋した相手はあろうことか、半分妖怪、半分人間の血を汲み取ったこの世で一番卑しいとされる半妖であった。川のそばに住んでおり、噂では父親は人間の漁師、母親は大蛇の妖怪であるらしい。ちなみにヤマタという名は、住んでいるそばの川が、下流で八つに分かれていたために人々から自然とつけられたあだ名でる。

 そんな相手に、どうして彼女が恋をしてしまったのかは分からない。まぁ、恋と言うのは総じてそういったものなのだろう。そして蛇姫の住む宮には、神以外は立ち入ることができなかったので、自然と蛇姫の方からヤマタの元へと通うようになっていた。


 五月。晴れ晴れとした、風の穏やかな季節である。

 大きな白い雲が悠々と青空にたなびき、その下、地上では一人の少女が、身分違いの恋に胸を弾ませて駆けて行くのだった。

Re: 小説カイコ ( No.355 )
日時: 2013/02/26 23:08
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: n7Gkh7Ku)
参照: 字数無くてスンマセン;時間が無いのでスキマでちょこちょこ更新ー。


 「ヤマタ殿!」
 
 五月晴れの緑の中。山鳩の遠い鳴き声が何度も何度も穏やかにこだまする。その森の中、一人の若い男が呆れたように、けれどもどこか隠しきれない嬉しさに、こっそりと目を細めた。その目は、人のそれと違ってやたらに薄い色をしていた。良く言えば琥珀色、悪く言えば化物の色である。そしてその髪は、百舌鳥のような白に近い灰色をしていて、何となく人離れした雰囲気を醸し出していた。

 「やーまーたーどーの! どこですか、いるのでしょう、返事をしてくださいな!」
 
 ヤマタは少女の声で振り返った。ああ、今日も来てくれたのか、来てしまったのか、と。


Re: 小説カイコ ( No.356 )
日時: 2013/03/03 00:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: n7Gkh7Ku)
参照: おひなさまーひみこさまー

 

 ガサガサと、森の中を蛇姫が草木を掻き分ける。やはり神人ともなれば勘がいいのだろうか。蛇姫は、ヤマタが座っていた大きな楠の木まで迷うことなく一直線にやって来た。

 「いた!」
 蛇姫が、嬉しそうに一声叫ぶ。ザザザッと物凄い勢いでヤマタ目掛けて走り寄って、その胸に飛び込んだ。

 「ぐはっ、」
 思わず咳き込んだヤマタを、面白そうに笑う。つられて、ゲホゲホと咳き込みながらも彼も笑う。その柔らかな笑顔に、いままで何度、胸の奥が甘酸っぱくなったことだろう。

 「脆弱ですなぁ、娘一人まともに受け止められんのですか」
 「冗談、」ヤマタがその大きな手で頭をポンポンと撫でる。「男に飛び掛かる娘など、どこにおるのです?」


 「……っ、ここにおりまする!」

 む、と頬を膨らまして見るが、ヤマタは笑うだけで何も言ってこない。これじゃあ私だけ、なんだかひどく子どもみたいで悔しかった。それに森の中の、緑の葉の間から差し込む日差しがキラキラと、やけに眩しかった。

 「そうだ、蛍とやらはまだなのですか。この前もうすぐだと言ったではありませぬか」
 これ以上馬鹿にされるのはごめんだと、以前ヤマタが話してくれた蛍とかいう虫のことをふと思い出した。

 「ホタル? ああ、そういえばそんなことも言いましたね……」
 ヤマタが腕を組んで、いかにも今考えています、というような表情をした。
 「そろそろでしょうね。毎年のこととはいえ、いつ光り出すか分からないものなんですよ、蛍というのは」

 「はぁ」曖昧な答えに、ちょっとがっかりした。「もどかしい奴等ですな、はよう見たいです。そうだ、もう一度ホタルの話をしてくだされ」

 「またですか?」ヤマタが呆れたようにまた笑った。「もう三回は話してあげましたよ。随分と飽きませんね、ただの虫の話なのに。それに……そろそろどいてくださいな、呼吸が苦しい」
 
 「え、」そういえば、まだ飛び掛かった姿勢のままだった。呼吸が苦しいなんて、遠回しに重いと言われたみたいで少し癪に障った。まぁ……実際重いんだろうけれど!

 「嫌ですわ、話が終わるまでどいてやりませぬ」

 「それはちょっと……」
 
 そう言って諦めたようにこちらを見上げては、やっぱり呆れたようにはにかむその表情が、やっぱりむかついて、だけど愛しくって、歯がゆくって、なんだかすごくイライラした。