PR
コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ 【参照8000突破イベントおねがいしやす!】 ( No.358 )
- 日時: 2013/03/17 23:21
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SEcNJIKa)
- 参照: ぐばほうっ
かく時は緩やかに過ぎていき、蛍の季節ももうじき迫ってきた。
今まで一度も見たことの無い“ホタル”が見たくって、毎日毎日ヤマタのところへ行って、まだかまだかと駄々を捏ねた。
そんないつも通りの夕暮れ、その日は、やけに空の朱い日だった。
血の滴るような不気味な赤色の空に、隣にいるヤマタは眉を顰めた。急に小さくなる彼の瞳孔と、いつもより薄い色をした目が、やけに不安そうだった。
「夢を見たんです、夢を——」ヤマタがこちらを振り向きながら言った。「嫌な夢です。こんな不気味な夕暮れの中ね、死ぬんです、僕もあなたも。見知らぬ男に切り殺されてね」
「はは、随分と物騒な夢見ね。でもね、あなたはどうか知らないけど私は死なないわよ。両親も、姉さま方も不死身だもの。一つ上の姉さまはね、ちょうど来月で二百歳を過ぎるの」
すると、ヤマタが温かい声で笑った。笑うと目が細くなる、おじいさんみたいな笑い方。でも、私はそれが特に好きだった。
「それは良かった。蛇姫は年を取らんのですか」
「取りますとも。まぁ、あなたがたとは比べものにならないくらいゆっくりでしょうけど。……羨ましい?」
「さぁ、どうかなぁ」ヤマタが遥か彼方、途方も無さそうに赤い天を見上げた。「でも、もし、」
その時、ふいに風を切る鋭い音が聞こえた。ビュッと、頬に疾風が叩きつける。
瞬間、ぱっと綺麗に吹き咲いた赤い血潮が、辺り一面に撒き散らされる。遅れて漂う濃厚な血の香りに、思わず吐き気を覚えた。
「伏せろ!」
もう一度ビュッ、とあの音が聞こえた。短く叫ぶヤマタの声と同時に、真っ赤に濡れた彼の腕に抱きかかえられた自分の体が地面に押し付けられる。
「な、なにが一体……」
恐ろしいくらいに漏れてゆく彼の生温い血の海と、荒れた息遣い。苦しそうに痛そうに、声にならない悲鳴を上げながら、必死に私に覆いかぶさる。
「夢が、夢が、……嗚呼、なんてことだ」ヤマタが辛そうに微笑んだ。「いいですか、もう僕を見ないでください。こんな姿、綺麗なあなたには見せたくはないから」
再び、ビュッ、と切り裂くような鈍い音がする。同時に、ヤマタがギュッと目をつむる。ぽたぽたと、少し遅れて血の滴が袖を伝わって落ちてくる。
「どうかお元気で」
そう、最期に消えそうな声で囁くと、もうそこにはヤマタの姿は無かった。
代わりに、それはそれは大きな大蛇が、低い慟哭を上げながら暴れ、のた打ち回っていた。大蛇は尾から八又に分かれていて、八つの頭があるようだ。八つの頭はそれぞれ別々に、恐ろしい毒牙をむき出しにしながら、真っ赤に熟れた夕焼け空を恨みがましく噛み砕いて、シュウシュウと毒酸を撒き散らしていた。
—— 最後に残った、彼の体温が、ひどく、悲しかった。
- Re: 小説カイコ 【No359の続き書きました!】 ( No.359 )
- 日時: 2013/03/21 21:52
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SEcNJIKa)
- 参照: 昨日うpした続き足しましたー!
その後、数日の間の事はあまり記憶に残っていない。
失った悲しみというよりも、ふいに消し飛んだ当たり前の、当たり前だった毎日が急すぎて、何も考えられなかったし、何も感じられなかった。ただただ、味気のない日々が繰返しくりかえし朝と夜を淡々と運んでくるだけだった。
「蛇姫?」部屋の向こうで、白姉さまの声が聞こえた。「返事くらいしてくださいな、入りますよ」
部屋の戸をかいくぐった姉さまの白い服と、落ち着いた長い黒髪が視界の端に映る。「礼くらいは言ったらどうです、命の恩人なのですよ、スサノオ様に」
スサノオ。
私を“救った”ということになっている知らない男。あの時、ビュッというあの風刀の音とともにヤマタを切り殺した男。どうやら、ヤマタを目の前で殺されて、大蛇に化けたヤマタを見て、茫然となっていた私を私の家まで運んできたらしい。らしい、というのはその時の記憶が全く残っていないから。ちなみにその男、スサノオはそれ以来、この家に住み込んでいる。
人面獣心、残酷な男は、大蛇と化したヤマタの死体を引き裂いて、その中から一口の刀を取り出したという。草薙の剣、と名付けられたその太刀は今は男と共に、この家のどこかあるのだろう。別に、今となってはどうでもいいことだ。
「蛇姫、どうしてそう落ち込むことがあるのですか」
姉さまが、私の隣に優しく座り込んだ。「そろそろ知っても良いでしょう、ことの真相を」
「ことの、真相……?」
「やっと声を出してくれましたね、」そう、嬉しそうに笑いかける。「いつまで経っても一言も口を利かないものですから、どうしたものかと心配していたのですよ」
「……。」
心配など、勝手にしていればいい。
「いいですか蛇姫、ヤマタは——」姉さまは言いずらそうに言葉を濁した。「蛇の妖女と、人間の漁師の男を親に持つと言われていましたが、本当は蛇神の母と、鍛冶師の男の子供だったそうです。」
「神と鍛冶師ですか。では、わたくしの想い人としてなんら問題は無かったのですね」何の感情も沸かない。どうして、今頃になってこんな話をしてくるのだろう。
「それがですね、その父親の鍛冶師は刀作りの名人でしてね。それに加えて、妻である蛇神がその刀に強力な守りの呪いをつけるものですから、その鍛冶師の作る刀は怪しげな力を持った霊刀ばかり。“白水晶”、という刀は有名ですが、あれはもはや伝説の域です。そして、その双子の刀として作られたのが、例のスサノオ様がヤマタから取り出した“草薙の剣”だとか。その威力は絶大、なんと神をも殺せるほどの霊刀だそうです」
それが、なんだというのか。別にそんなこと、私にもヤマタにも関係ない。
地平線に沈んでゆく斜陽を見つめながら、私はなにとなく姉さまの与太話を聞いていた。
- Re: 小説カイコ 【参照8000突破イベントおねがいしやす!】 ( No.360 )
- 日時: 2013/03/21 23:37
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: L3izesA2)
- 参照: きのうのつづきー
「危なかったところなのですよ、蛇姫や」姉さまが溜息をもらしながら続けた。「草薙の剣は強力すぎるゆえ、うかつに世に出せない。ふと目を離せば、剣は自ら勝手に動き回るほどだし、放って置いたら何をしでかすかも分からない。そのようなことで、暴れるものですから剣を封印するための箱もなかなか作れなかったんですって。それで、困り果てた鍛冶師と蛇神の夫婦は、自らの子であるヤマタを、剣の封印の箱とした。」
「封印の箱?」
それは初めて聞く話だった。ヤマタからはそんな話、聞いたこと無かった。いや、彼はあまり彼自身の話をしなかったし、どちらかというとしたがらなかったから、当然かもしれない。
「ええ、どのような方法であるか知りませんがね、ヤマタの体内に、その剣を仕舞いこんで、それで万事休す、ということになっていたそうです。何ともおぞましい話です」
「……へぇ。知りませんでしたわ、そんなおはなし」
へぇ、そんなことがあったんだ。人と神のあいのこだっただけに、人にも神にも属せなかった、孤独なヤマタ。そんな意味の分からないものを体の中にまで入れられて、誰にも打ち明けられなそうな運命を釘打たれて、どれだけ辛かったのだろう。あの純粋な笑顔の裏に、どれだけの苦悩と孤独を抱えていたのだろう。
もし、話してくれたのなら。私になら分かってあげたのに。ヤマタは優しすぎるから、私には、何も知らないで欲しかったんだと思う。怖かったんだと思う。思い出される、彼の馬鹿な優しさが、胸の奥に何度も記憶にちらついて、枯れ果てたと思っていた涙がふいに零れ落ちた。姉さまから見えないように、耳に挟んでいた髪をこっそり解いて顔を隠した。さっきまで沈みかけていた夕日が、気が付けばすっぽりと地面に埋もれて、見えなくなっていた。
「本当に、よかったです。あなたが無事で。……ヤマタは、神をも殺す力を持っていたのですよ、あなたに黙って。何も喋らないでおいて。スサノオ様から、その時のお話は聞きましたよ。頭が八つもある大蛇に化けて、あなたを襲っていたんですって? ああ、なんと恐ろしい。もし、スサノオ様が偶然にもその場に通りかからなかったら、今頃どうなっていたことか……想像するだけでも鳥肌がたちます。本当によかったですね、スサノオ様のようなお力のある方に助けて頂いて。あなたの運の良かったのを天に感謝します」
耳を疑った。「ヤマタが……私を、襲った?」
胸の動悸が、耳の奥で激しく鳴っていた。「スサノオが、……私を助けた?」
「覚えていないのですか、……まぁ、かような恐ろしいことは忘れてしまう方が良いでしょうね。しかしどうしてヤマタなど、そんなけしからん男を慕っていたのですか。本性を知らなかったとはいえ、妖怪と人間のあいのこだと言われていた男をなんざわざわざ……」
「あなたに分かるものか!!」
知らず、気が付けば私は姉さまを押し倒して、その細い首筋を怒りに任せて絞め上げていた。高く悲鳴を上げたその白い喉を、ねじ切らんばかりに、絞め付けた。悔しくって、悲しくって、恨めしくって、自分でもよくわからないことを叫びながら何度も何度も喚きつけた。爪に食い込む、姉さまの首の皮が、汗でぬめりとして気持ちが悪かった。
バタバタと、誰かが廊下を走り飛んでくる音がする。きっと誰かが悲鳴を聞き付けて飛んできたのだろう。
「何事です、……これ、何をしているのですか、蛇姫!!」
母さまの悲鳴を始めに、部屋に次々と入ってきた父様、遊黒蝶、それにスサノオ。みんながみんな驚きで声を荒げながら、白姉さまの首を絞める私を力ずくで姉さまから引きはがす。
「みんな、みんな、母様も父さまも、姉さまも……お前も! 大嫌いだ、死んでしまえ!!」
涙で、視界が霞んだ。もうみんな大嫌いだった。世界が全部、終わってしまえばいいと思った。みんなみんな、死んでしまえばいいと思った。
「どうしましょう、何か落ち着かせないと……スサノオ様、どういたしたら良いのでしょう……」オロオロとする父様の声が、スサノオに縋っていた。
「そうですね、まず落ち着かせないと……」そういいながら、スサノオが振り回していた私の腕を掴んだ。
「離せ!離せ離せ!触るなこの蛮族が!!」
できる限りの殺気を込めて、スサノオを睨みつけた。髭を生やした醜悪な顔面を思いっきり引っ掻いた。けれど、引っ掻いたはずの右腕は虚しく宙を掻いて、そのまま押さえつけられてしまった。
その時だった。スサノオの左腰に、重々しくぶら下がっている剣がふいに目に留まったのは。
きっと怪しく夕日を鈍く照り返すその剣は、例の、草薙の剣に違いない。
暗示を受けたかのように、私の自由な方の左手は、野性的な速さでスサノオの左腰に伸びていた。その腰の鞘からスラリと刀身を引き抜くと、何も考えずに自分の胸の真ん中にずぶりと刺し通した。本当に、何も考えずに、一瞬のうちに私はその蛮行を成し遂げた。
痛みは、無かった。
生臭い塊が、口の中いっぱいに溢れ出して、吐き出すと同時に私の視覚は終わった。もう、何も見えない。
ただ、神をも殺してしまうという霊刀は確かだったらしい。
急に遠ざかっていく意識と、それでも確かに残っている聴覚。叫ぶ母様の声と、さっきまでの白姉さまの苦しそうな喘ぎ声が、耳の奥底、嫌でも何度も反響する。
暗い記憶の闇の中に、深々と埋没していく “ワタシ”は、もうすでに、何者でもなくなっていた。
- Re: 小説カイコ 【参照8000突破イベントおねがいしやす!】 ( No.361 )
- 日時: 2013/03/23 00:17
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SEcNJIKa)
- 参照: 記紀編おわり。
—— 死ぬって、どういうことなのだろう?
考えなくとも、たったいま死んでいく最中だというのに、私はそればかり思っていた。
あっという間に自由の利かなくなった身体から、意識がゆるりと抜け出ていくのが、なんとなく分かった。
暗い、暗い。
なんて暗いのだろう。
果てのない闇の中で、だんだんと心から漏れて、忘れてゆく、楽しかった想い出が次々とちらついた。
もう、二度と戻れない日を。
きっともう、二度と会えない人を。
この暗い道を、彼も同じように通ったのだろうか。彼の思い出には、私は果たしてのこっていただろうか。
できるなら、一番綺麗な、わたしをとどめていて欲しい。
……ホタル
ふいに、無限の闇のなかに、一筋の艶やかな光が円弧したような気がした。
よく目を凝らして見ると、微かな光を灯した小さな虫が、あちらにも、こちらにも、闇の中あちこちと飛んでいた。怪しげな緑色に光るその虫は、光っては消え、また光っては消えを繰り返していた。真っ暗な世界に、言いようもないくらいに、綺麗だった。
—— ああ、やっとわたしにも見れました、ヤマタ。
でもできるなら、あなたと一緒に見てみたかった。
“ そろそろでしょうね。毎年のこととはいえ、いつ光り出すか分からないものなんですよ、蛍というのは ”
いつか聞いたヤマタの言葉。柔らかな声、灰色の髪、薄い琥珀色の瞳、おじいさんみたいな笑い方。まるですぐそばに居るみたいにありありと思い出せるのに、やっぱりこの闇の中には私ひとりぼっちだ。
それがやけに寂しくて、切なくて、つらかった。
こんなことになってしまうのなら、いっそのこと、初めから出会わなければ良かったものを。
そう、自分に皮肉を言い聞かせて、ふっと笑ってみせる。
別に、誰に宛てたわけでもなく。
小説投稿掲示板
イラスト投稿掲示板
総合掲示板
その他掲示板
過去ログ倉庫