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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.401 )
- 日時: 2013/06/13 22:47
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
◇
それから、どれくらいが経ったのだろう。
暗い蔵の中でふと、リトが目を覚ますと目の前に見知らぬ人影が立っていた。
黒い布袴姿の若い男で、裾から少し、赤の衵が見える。着ている衣服の豪華さとは対照に頭には冠など無く、長く灰色の髪は結いもせずに腰まで無造作に垂らされていた。
「だれ?」
リトが、ぼうっとする意識で、囁くように呟いた。
すると男は感情の無い、低く冷たい声で答えた。
「名乗らぬ奴には名乗らぬ。契約を果たしに来た。お前に憑く病の怪を取ってやろう」
すっと、男の腕がリトの顔面に差し出された。驚いて男の手を見ると、掌の中央には緑色で、何やら文字が書いてあった。
「読め」男が低く言った。「さすれば怪は離れる」
リトは困ったような表情をする。
「えっと、ごめんなさい。わたし・・・・・・文字読めないの」
すると、男の呆れたようなため息が聞こえた。
「お前は勘違いをしている。もう一度よく見ろ、そして感じたままを声と成せ。文字とはそういったものだろう」
「……ふーん、そうなんだ」
言われるがままに、リトは再度、男の掌を見つめる。絶対読めないのに、と思いつつ、何となく適当に発音してみた。
が、い、と、う、ぼ、う、こ、う、が、ま、
「なんだか恥ずかしいや。こんな感じでいいの?」
窺うように聞くと、男はゆっくりと頷いた。
リトが発音すると同時に掌に書かれた緑色の文字は赤色に染まり、まるで溶けるかのようにゆっくりと、空気に消えていく。
「うわー!お兄さんの文字、すごいね!」
感心して言うと、男は何も言わずに立ち上った。
「……朝まで眠れ。」
そう言って男は背を向け、蔵の外、洞々と深まる外の闇へと姿を消した。まるで闇に溶けるように、スッと銀の長髪の後姿が消える。
一人、蔵に残されたリトはどうしてか、とても眠くなった。このまま起きていて、土我に今の不思議な男の話をしてやりたかったが、あまりにも眠すぎて、到底無理そうだ。
いいや。どうせ土我は私がまだ起きていたら怒るだけだろうし。
明日の朝にでも話してあげることにしよう。
- Re: 小説カイコ ( No.402 )
- 日時: 2013/06/13 22:53
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
- 参照: 天気が安定しないからか精神も安定しない今日この頃☆
◆
同じ頃。土我は一人河原で、抜ける様な星空を仰いでいた。
さらさらと、川の水音がゆっくりと流れている。
「……はぁ」
ため息をつくと、黒天の夜空に、吐いた息が白く映った。
全身が凍るように冷たい。浴びた血飛沫の匂いに、再度思わずむせ返る。
「やっぱり、あなただったんですね。土我さん」
ジャリ、と目の前の砂利を踏む足音が遠くから迫ってくる。それと同時に、自分の意識も少しずつ、少しずつ薄れていくのが分かった。
身体は嫌と言う程冷たさを訴えているのに、意識だけが熱でも出ているみたいに火照っている。……どうにも、立ち上がる気が失せてしまったのでそのまま地に寝転がっていた。
「……違う」
「八人。土我さんは八人殺しました」
ジャリ、と最後の足音が止んだ。目の前に現れた女は、由雅だった。 「罪人でも、その命はやはり人と同じものです。あなたの罪は一生消えない。あなたは死ぬまで人殺しだ」
さらさらと、背後の小川が綺麗な音を立てて流れている。
「どうとでも言え」
どうしてお前がここに居るんだ、と心のなかで毒づいた。
「まぁ結構です。それで、七日目の入れ墨は土我さんが入れられましたよね。そして、」
由雅が着物の右袖をまくし上げた。右腕の中程に、八匹の蛇の絡みついた模様があった。
「ほらこの通り、八日目の入れ墨はこの私が入れられましたとさ。覗き見してたらこの通りですよ、全くツイてないわ」
「はは、お前も俺も不運だったな」
どうした訳か、眠くて眠くて舌が回らない。
「眠い。放っておいてくれ」
「やがて夜が明けます。ここに居たら人に見られますよ、血まみれなのに」
「放っておいてくれ。眠い。眠いのだ。……もう、全部ぜんぶ、どうでもいいんだ」
それを最後に、俺の意識は綺麗に途絶えた。
その晩見た夢は、どうしてかとてもいい夢だった気がする。
- Re: 小説カイコ ( No.403 )
- 日時: 2013/06/13 22:58
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
- 参照: 天気が安定しないからか精神も安定しない今日この頃☆
翌朝。
寒さのあまりに目が覚めた。
暗かった空は、少しずつ白み始めていた。
ふと、自分の手を空に翳すと、赤かった。血の、鉄の錆びた臭いがした。
ああ、やはりアレは現実だったのだな、としみじみと思った。ふとまぶたを閉じれば、昨晩犯してしまった殺人の情景が、あまりにも鮮明に蘇る。肉を斬った嫌な感覚や、耳奥に残る罪人の断末魔、溢れ出る赤色の臭い。
この手で犯した八人分の命が、途方もなく重かった。
けれど、これで、リトが救われるのなら別にいい。
もう、リトや矢々丸とは会わない。こんな迷惑な知人は居ない方がいいのだ。
よっこらしょ、と気を取り直して立ち上った。これからどうするのかを考えなくてはいけない。取りあえず、寒いが川で汚れを落とすことにしよう。
ふらふらと定まらない意識を抑えて、まるで突き刺さるような冷水に、足の先から入った。その冷たささえ、今は心地が良かった。
水は、早朝の空の色と同じ、淀んだ灰色だった。
水面に映った自分の髪も、負けないくらいに、灰色に淀んでいた。
小川の岸には、背の高い葦が群を成して生えている。
その中に、周りの灰色から際立って、藍色のものが見えた。あれは何だろう。
近寄って見てみると、藍色の上等な着物であった。もっと言うと藍色の着物を着た、由雅だった。葦と葦の間にもたれ掛るようにして、目を閉じてじっとしている。
この変な女は、一体何なのだろう。こんなに水は冷たいというのに。 やはり何ひとつとして、考えていることがさっぱり掴めない。
「おい、おい馬鹿が。何をしている、お前」
話しかけても返事が無い。
まさか死んでいるのじゃないだろうな、と思って肩を揺らすと、そのまま由雅はがっくりと頭を垂れた。触れた肩が、死人のように冷たい。固く結んだ唇が、恐ろしく紫だ。
「……おい、おい!」
本当にヤバいのかもしれない。急いで由雅の体を岸に上げ、自分も岸に上がった。たっぷりと水を吸い込んだ着物が、やけに重くて、冷たかった。
- Re: 小説カイコ ( No.404 )
- 日時: 2013/06/13 23:03
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
- 参照: 天気が安定しないからか精神も安定しない今日この頃☆
いくら揺さぶっても何の反応も見せない。
ぐったりと垂れた頭が、力の抜けた白い腕が、冷たく細い肩が、全てがすべて死んでいるかのようだった。
昨日までの知り合いの女とはまるで違う、別人のように。
頭が真っ白になった。この女は、もしかしたら死んでいるのかもしれない。
死ぬ?こいつが?
こんな不躾な女が、どうして。
有り得ない、有り得ない、有り得ない。
「おい、おいったら! しっかりしろよ、おい!!」
馬鹿みたいに呼んで叫んで。でも自分にはどうすることもできなくて。どうしよう、何をすればいいんだろう何ができるんだろう。
立ち止まっていると頭の中が壊れてしまいそうで、ぐるぐると地面が回った。本当にどうにかなってしまいそうだった。気が付けばいつの間にか腕に抱いた由雅を抱き直して、まだ薄暗い道を走り出していた。灰色の明朝の街は、ひっそりと静まり返っていて、自分だけ一人世界に取り残されたみたいだった。
何も考えずに走り続けて、どうしてだか辿り着いた先はいつの日にか一度だけ来たことのある、由雅の家だった。同居人が居るのかどうかよく分からなかったが、勝手に家の中に上がり土間で草鞋を脱ぎ捨てて適当な横戸を開けた。
「なっ……」
横戸に手を触れた瞬間、頭の後ろの方に鋭い痛みが走った。遅れて、背後からガツンという金属の鈍い音。全身から力が抜けて、両腕に抱いていた由雅の体がどさりと落ちた。
あっという間に目の前が暗くなる。真っ暗な世界の中で、頭に残る痛みと、首筋に伝うぬめりとした自分の生暖かい血の感触が気持ち悪くて、やけに印象的だった。
- Re: 小説カイコ ( No.405 )
- 日時: 2013/06/18 21:53
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
- 参照: 蒸し暑いお。
◇
「由雅はん、そろそろ目を覚ましてくだされ」
目が覚めれば、見慣れた自分の部屋。
しばらくいつもどおりに呆、とした気分で天井を眺めていた。
「目が、覚めましたかな」
しわがれた初老の男の声。別段、驚くことも無く首を傾ければ、やはり見慣れた同居人がちょこんと正座して座っていた。
「ああ、」
また説教かな。ウンザリして、右腕で気怠い額を覆う。じわりと伝わる自分自身の体温に、なんだ生きてる、としか思えなかった。
「良い知らせですよ。由雅はんに、恋文が ——」
その先はいい、と私は手で鴨を制した。この手の話は聞き飽きた。
「ははは、もちろん断るわ。やめておくれさ、そんなどこの馬の骨の輩やも知れぬ気色の悪い懸想文など見たくないわ」
「しかし、言葉が厳しいかもしれぬですがね、そろそろ大人になってはくれませぬか。このご時勢です、飢え死ぬやもしれませぬよ。いや、そうなるでしょう」
「——ったく、住みにくい世ですね。女は結婚して男に寄生する以外に生きる道が無いの? ははは、涙が出るわ」
ははは、と自分の乾いた笑い声が、静まり返った部屋に空虚に響いた。初老の男——鴨は、まったく笑わずに、難しそうな顔をしたどこか一点をじっと見ている。
鴨が、むっつりと口を開いた。
「—— なぜ」
「ん?」
「なぜ、あなた様は女に生まれたのでしょうな」
「さてな。私が聞きたいくらい。つまらん問いをするなよ」
はぁ、と鴨が観念したように短いため息を付いた。
「隣の部屋に、あなたを運んできたどこの骨とも知れぬ下郎が寝ております。だいぶ見苦しいなりしていますが、あなたの命を助けた恩義があっては放っておくわけにもいきますまい。今も気絶したままですが、まぁもう幾分経ったら礼の一つでも言ってはよう帰してやりなされ」
「下郎……? そうか、そういや昨晩川に入ってから私はどうやってここまで帰ったのだろう」
「ですから、奴が運んできたのでしょう。まぁ、戸を開けた瞬間、あなたの仕掛けていた馬鹿馬鹿しい罠を食らって気絶しましたがね」
そう、毒を吐くように鴨は言い捨てて、怒ったように部屋から去って行った。
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