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Re: 小説カイコ ( No.41 )
日時: 2012/04/21 00:52
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: kVKlosoT)

その後、眠い頭をなんとか起こして残りの授業を終わらせた。やけに意識がぼーっとして、何も頭に入ってこなかった。もうすぐ定期考査だというのに、さすがにこれではまずいなと思う。
帰りの挨拶を終え、人がまばらになった教室を一人で出た。教室棟を抜けて、下駄箱へと続く吹き抜けの渡り廊下を歩く。穏やかな風がどこからともなく吹いてきて、ふと地平線の方を見ると、ギリギリまで傾いた太陽の赤色がやけに眩しかった。その光に照らされた、何の華やかさも無い葉桜がとても綺麗に見えたのが不思議だった。

それから部室でジャージに着替えて、校庭をジョグしていると、後ろから楽しそうな話す声が聞こえてきた。振り返ると、鈴木と佐藤先輩だった。
「あー、高橋じゃん。過去問後で渡すから先に帰んなよ。」鈴木が右肩を回しながら言ってきた。
「サンキュ。つーかやだなぁ。もうテストか。」うんざりしながら呟くと、佐藤先輩がまぁまぁ、と笑った。

その時だった。どこからかカーン、という何かの金属がよく響いたような音が聞こえた。それから一テンポ遅れて隣で走っていた鈴木から鈍い音が聞こえた。

「へ?」
走っていた足を止めると、鈴木がぐはっ、とか言いながらその場に倒れこんでいた。どうやら野球部の流れ弾が直撃したらしい。

「だだだだ大丈夫!?」佐藤先輩が驚いたように大声を出した。向こうから走ってきた野球部の二年生が謝りながらめちゃくちゃ取り乱している。

「おい、しっかりしろよ。眼鏡落ちてるぞ。」
「チヌ……」蚊の鳴くような細くて弱弱しい声で鈴木が呻いた。
「わわわ、とりあえず医務室に運ぼう。俺はこっち持つから任史君は足の方持って。」佐藤先輩がてきぱきと指示を出してきた。それから、野球部の人には医務の先生を呼ぶように頼んだ。

うんしょうんしょと医務室まで二人で鈴木を運び、ベッドに寝かせると、先輩は「先生来るまでここで待っててね。」と俺に言い残すとスタスタとどこかへ消えてしまった。
鈴木と二人っきりになった医務室は、グラウンドの騒がしさとは対照的に静寂そのものだった。聞こえるものと言えば、中庭の森で鳴いているらしいカラスの鳴き声だけだった。


「……カイコ。」突然、静寂を破って鈴木がそんなことを言った。
「へ?」
「今日、お前乗っけてただろ。」
「ああ、うん。そうだね。どうしたのそんな変なこと言って……」もしかしてボールは頭に当たっちゃったのだろうか。
すると鈴木は枕からちょっと頭を浮かせて、覗き込むように俺を見た。「いやね、夢に出てきたことがあるんだよ、俺の姉ちゃんが肩に蚕乗っけててさ。」
「うっわ、すごい夢だね(笑) っていうか鈴木って姉ちゃん居たんだ。一人っ子だと思ってたよ。」

急に、鈴木が目を伏せた。それから、俯いたまま微かに笑った。「昼休みにさ、お前の携帯に着信入っただろ。時木って人から。実は俺の前の名字、時木っていうんだ。珍しい名字だしちょっと驚いた。」
「あ、そうだったの…」

そして鈴木はちょっと寝るわ、と言い残すともぞもぞと布団の中に潜ってしまった。常に元気な奴だからか、余計に弱っているように見えてしまう。かなり重症らしい。それからしばらくすると廊下をバタバタと走ってくる音が聞こえて、医務の先生が慌ただしくやって来た。その流れで、俺は部活に戻ることにした。




部活が終わっても、鈴木は帰ってこなかった。帰りが一人になることは別に珍しくはないのだが、どうしてもさっきの鈴木の表情が気になって、一人でなんか帰れなかった。医務室に迎えに行ってみると、もう外扉には鍵がかかっていて、外からは校舎内に入れなくなっていた。しょうがないので正門でずっと待っていたが、さすがに七時を過ぎると用務員のおばさんが迷惑そうにもう帰れと追い払ってきた。

一人で帰る、夕暮れの道は、虫の音が嫌になるくらいに煩かった。