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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.424 )
- 日時: 2013/10/18 22:56
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
○最終章○
「……ごちそうさまでした」
ああ、空が眩しいな。
久々に仰いだ空は、秋風に冷たくなっていて、青く澄んでいた。
鬼の遺骸に汚れたことなど素知らぬふうに、風は、僕を撫でていく。
あれから何百年経ったのだろう。いくつもいくつも季節が過ぎ去ったが、やはり空の色は変わらなかった。
今は秋。
はらはらと、色とりどりの、木の葉が舞い踊る。
冬支度をはじめた小鳥たちの声が、懐かしかった。
ああそうだ。由雅にはじめて会ったのも、たしかこんな秋空の下だったっけ。
あの日は、やけに穏やかな日だった。今日みたいに。
もうじき、冬がやって来る。
きみがいなくなった、ふゆがくる。
またひとりぼっちの、冬がくる。
- Re: 小説カイコ ( No.425 )
- 日時: 2013/10/18 23:48
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
- 参照: このシーンはryukaが夢で見た情景ですー。
二百年後。
「おい獄卒! 聞いてんのか、え?」
太った大男が、大声で灰色の髪をした若い獄卒をどなりつけた。
今は夕暮れ。もうじきに、夜がやってくる。
「……はい」
獄卒は、いつもどおりに穏やかに応える。その不思議な色をした瞳は、どこか人離れしていた。
二百年後。今は戦国の世。
僕は、土我と呼ばれることも無くなって、名も無き獄卒の一人となっていた。
由雅と過ごした都にいつまでも一人で居るのが耐えられなくなって、ここ東国へ身一つでやってきてはや数年。成り行きで、今は獄卒の職に就いている。同僚たちは、みな被差別民の若い男たちで、僕を含め農民たちから、官吏たちから、ひどく蔑まれていた。
……こんなことも、慣れたことだ。
ここに居る同胞たちは皆、生まれたその時から石を投げられ続けた者たちだ。そう、まるで鬼子だった僕と同じように。だから僕には分かる。彼らがいくら野蛮でも、無学でも、それは仕方のない事なのだ。なぜなら彼らは、自分から自分が人であることを放棄してしまっているのだから。いや、そうせざる負えなかったのだ。だって、人であるのに差別されているという事実のほうが、よほど辛いから。
そう、だから自分から自分を人外だとみなして、ひどい蔑みも当たり前のことだと開き直った方が楽なのだ。俺は人では無いのだから、と。
「おい、今晩はお前の番だぞ」
背の高い痩せた獄卒の一人が、その節だった拳でこづいてきた。僕は無言で頷いてから、監獄の中へと向かう。
荒々しく削られた竹柵を通り抜けて、鎖や縄に繋がれた囚人たちの様子を見まわった。
すっかり元気が無くなっている者、
目を剥き、声の限りに叫んで暴れまわっている者、
訳の分からない戯言を言っては、ひとり笑っている者
監獄の中は、まさに狂気だった。
みながみな、もう、ヒトでは無い。
その薄汚れた中を、僕はこれということなく進む。もうもうと立ち込める土埃が、汗と汚物のすえた臭いと入り混じって、この狂気じみた場所を一層際立たせていた。囚人の怒声が、まるで遠吠えのように空を切る。
その一角、一番隅に、僕が会いに来た囚人たちはいた。
他の囚人とはちがう、どこか高貴な雰囲気と、清潔な衣服。
それはまだ幼い顔立ちの、兄と弟。兄が五才で、弟の方が三才だと聞いた。
たった数日前に、この子たちの父親は戦に負けて、首を取られたらしい。その首は、今は人々の前で敵武将の鬼首として、見世物のように晒されている。
そしてこの子たちも、明日の朝に、ここで殺されてしまう。
数日前まで前途有望の若様だった幼いこの子たちは、明日には敗戦の武将の子として、その小さな首を跳ねられてしまうのだ。
皮肉なことだ。人の世とはひどく移ろいやすい。
僕は、まるで隠居した世捨て人のような感慨でその子たちを眺めた。
すると兄のほうの子が恐る恐る僕を見上げて、口を開く。
「なにか、御用でしょうか」
幼いけれど、凛とした気品のある声だった。
良く出来た子だ。こんな子が明日には殺されてしまうのか。
僕はできるだけ優しく笑ってみせて、それからできるだけ優しい声で兄弟に囁いた。
「いいものを見せてあげる。僕のあとをそっと付いておいで」
兄は少し驚いた顔をして、小さな瞳を大きく開いてから、弟の腕を引いて僕についてきた。
監獄の外へ出ると、日はすっかり沈んでいて、薄く紺色がおおいはじめた夜空には、小さな星々が、少しずつきらきらと輝き始めていた。
それから僕は兄弟の方を振り向いて、唇に人差し指を立てて、しーっと言って見せた。兄弟が揃って首を縦に振る。
「今からやるのは特別だからね。内緒だよ」
そう言って、僕は数百年ぶりに使う魔術の準備をした。
何のためでも無い。ただ、明日、確かな死が約束されている兄弟に、少しでも楽しい夜を過ごさせてやりたかった。
- Re: 小説カイコ ( No.426 )
- 日時: 2013/10/19 00:22
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
- 参照: このシーンはryukaが夢で見た情景ですー。
ゆっくりと、右手を空にかざす。
夜空に浮かぶ星々の光を右のてのひらに集めて、それから握りしめた。
「手を出して御覧」
「こうですか?」
差し出された小さな手に、僕は集めた星々の光をそっと乗せる。
「……わぁ!」
兄が、驚きの混じった歓声をあげた。小さなてのひらの上には、黄色や、赤色や、青色や、白色に輝く夜の星が、いくつも輝いている。
「すごい!」
僕は弟のてのひらにも星を乗せてあげた。てのひらを覗き込んだ幼い顔が、輝く光に照らし出されて、嬉しそうに笑っている。
「ほら、こっちも見て御覧」
そう言いながら、僕は両手に握った星を、夜空高く放り投げた。すると星々は空中で散り散りに分かれて、やがてまるで桜の花びらみたいに空から舞い降りてきた。暗い夜空から降り注ぐ、キラキラ光る小さな星の雨に、兄弟たちは嬉しそうに声をあげながらはしゃぎ回っている。
「すごい、すごい! お星さまが空から降ってきてる!!」
星は、次には眩しい桃色に色を変えて、まるで本物の花吹雪のように舞い散る。キラキラと、ほんの少しだけ、綺麗な音を立てて。
「まるで、桜のようじゃ!」
弟が桃色の星を眩しそうに見上げながら言った。
兄が、そんな弟を見て朗らかに笑いながら、星をひとつ捕まえる。
「お父様とお母様と、それから姉さま方と行った花見が懐かしいなぁ」
「そうだ兄さま! 来年も、見に行きましょうよ、皆で桜を!」
「……ええ、見に行きましょうぞ」
それから、僕を見上げて、兄は儚く笑った。
「獄卒さま、こんな綺麗な星の桜を見せてくれてありがとうございます。それで、明日まででしょうか、僕らの命は」
その幼い顔には不釣り合いな、落ち着いた感謝の言葉と、死を覚悟した優しい表情に僕は戸惑った。
「……知っていたの?」
「ええ。父さまが首を打ち取られたと聞いた折から、覚悟は決めておりました。それで、こんな綺麗なものを見せて頂いたからには、明日かなぁ、と思いまして」
兄は、少し笑って、星を追いかける弟を遠くに眺めた。
「逃がしてあげるよ。君たち二人なら、できないこともない」
「そんなことをしたら、あなた様が殺されてしまうでしょう?」
「僕は死なないんだ。分かるでしょう、こんな妖術を使えるのは人じゃない、僕は人外だから死なない」
すると兄は首をかしげた。
「何を仰りまする。獄卒さまはこんなに優しいお人ですよ。それに、」
少し間を置いてから、兄は飛び切りの笑顔を見せた。
「わたくしは武士の子にございます。死など怖くありませぬゆえ」
それから、長い間僕と兄弟は地面に寝転がって星空を見上げた。
やがて弟がもう眠い、と言い出したので、兄はもう帰ります、と言って僕に監獄へと連れ帰らせた。
翌日の朝、二人は監獄の隅で、舌を噛み千切って息絶えていたのを発見された。
- Re: 小説カイコ ( No.427 )
- 日時: 2013/11/02 10:09
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 9BM3Sh1T)
○百年後
あれからさらに百年後。
僕は、街を離れて、人里を離れて、山奥深く、鬱蒼とした緑の世界のなかに閉じこもっていた。
山はいい。
本当の自然とは、かつていままで人の足が入ったことのない不気味なもののことだ。人の手の届かない自然は、とても凶暴だしとても野蛮だ。そして、遥か太古の、それこそ人など一人も居なかったであろう原始の世界の空気が、まだ濃厚に立ち込めている。
そう、本当の自然とは、こんなもの。
この鬱蒼とした、木々に覆われ蔦に隠された世界には、空もない。
上を見上げても、ただただ沢山の葉が、僕を覆っているだけだ。ときどき、はらはらと、その一枚一枚が、舞うように落ちてくる。くるくる回って、楽しそうだ。
小鳥も、獣も、何もやって来ない。
ここに居るのは、僕と、樹だけ。
そんな中、一際目立つ大樹がいた。僕は彼が好きだった。
まるで大地を吸い尽くすように這われた大きな根に、見上げても収まらないほどに高い樹高。黒く威厳のある幹の色は、ほかの誰にも負けはしない。
人外と成り果て、幾千の時を生きる僕だけれど、彼は僕の何倍も長い年月を、こうして一人、生きてきたらしい。
そっと幹に手を触れると、ひやりとしていて、冷たかった。言葉など通じない。けれど、どこか心は通じていたように思う。
小鳥も、獣も、もちろん人も。
誰もやって来ない。誰もわからない。誰も知らない。
そしてもちろん彼も、そんなことなど知りもしないし、知ろうともしない。ただただ、大地にしっかりと根を張って、大空に腕を広げ挑み続けるだけなのだ。
そう、これがほんとうの孤独。
同じ孤独ならば、彼と同じように、樹として生きたかった。
僕はどうせ誰とも交じり合えない存在なのだ。ならば、初めから人の温かさなど要らなかったものを。
手に入らないと分かっているものを、どうして天は、僕に見せ付けたのだろう。
まるで陽だまりのような、きらきらとして優しいものを、どうして知らなければいけなかったのだろう。こんなに求めてしまうのに。こんなに哀しいのに。知りさえしなければ、僕もこの樹のように、孤独だけを知って生きていられたのに。
・・・・・・孤独?
あれ、おかしいな。どうして孤独を感じるのだろう。
孤独しか知っていないなら、孤独など感じないはずだ。どうして?
ああ、それは僕が人の温かさを知ってしまったからだ・・・・・・人の温かさ?
人の温かさ。それは一体なんだっけ。
でも確かに、覚えている。でも、それが何で、どんなものだったのか全く思い出せない。僕は昔、いったい何を経験したのだろう?
・・・・・・思い出せない。
知っているはずなのに、思い出せない。
そんなことを思いながら、僕はずっと彼を見上げる。ほんとうに大きな樹だ。
どれだけ見上げていたのだろう。たぶん、数年は経っているに違いない。それでも、見飽きない。
「はは・・・・・・、ずっとこうやって突っ立ってれば、僕もあなたみたいになれるかな」
百年ぶりに言葉を発すると、どうした訳か急に森に風が吹いた。
こんな密林に、風が吹いたことなど、今まであっただろうか。
嫌な予感がして振り向くと、少し向こう、そこにはやはり何かが立っていた。
「やあ土我、久しぶり」
突如姿を現した、真っ青な水干を着た男が僕に手を振った。
「・・・・・・誰?」
真っ青な水干こそ目新しかったが、確かにどこかで見覚えのある男だ。
「ひどいなあ、忘れたのかい?」男は愉快そうに笑う。「矢々丸だよ、ほら、えっと・・・・・・八百年くらい前に、一緒に都の主様にお仕えしていたじゃないか。ほら、陰陽師の主様にさ、一緒に人商人の檻から買ってもらったじゃないか」
「・・・・・・ああ、」
古い記憶を手繰り寄せる。確か、あれは、僕がまだマトモだった頃。
「思い出した。そういえばそんなこともあったな。そう、僕は鬼子と呼ばれていた。そうだ、リトは?元気?」
そう、リト。あの少女を助けるために、僕は赤鬼の取引に応じて、はじめての殺人を犯したのだっけ。
「おいおい、冗談キツいな」
矢々丸は手を打って笑った。
「ずっとそうやって木と話していて頭が可笑しくなったんじゃないか
? 今は江戸の世だぞ。あれから何百年経ったと思ってるんだ。リトが生きてるわけないだろう。もし生きてたとしても、そらもうリトじゃないわな、そりゃ鬼だよ、鬼」
「そうか・・・・・・」
彼の言うとおり、どうやら長い間人の言葉を使っていなかったせいで、どうも僕は大事なことを忘れていたらしい。それに、僕が昔、主様に仕えていたことや、さらには矢々丸のことも、リトのこともすっかり忘れていた。今、言われてはじめて思い出した。
「あれ、矢々丸じゃあ、おかしくない? どうしてお前は生きているんだ。もしかしてお前も、鬼なのか」
「あったりー」
ザザザッ、と彼が人外の速さで僕に近づいた。
「この通り俺もお前と同じ人外さ。今では人里では人食いの青鬼と呼ばれていてね。お前はあれか、灰色だから灰鬼か?」
「別に、そんな二つ名ないけれど」
驚いたことに、確かに彼の青い水干の服からは、人の血の臭いがした。
「人食いの青鬼と言ったな。人を食っているのか」
「おうよ、そら鬼だもの。お前もだろう?」
「いや、そんなことしたことないよ。ああ、でもまだマトモだったころ、主様がお亡くなりになってからあんまりにも飢えたものだから、道端に倒れていた餓死体を食べたことならある。・・・・・・最悪だったな」
「いやいや、」彼が首を振る。「俺は死体など興味ないわ、生きている人を喰うのよ」
彼に、だんだんと嫌悪を感じてきた。
そんなことをする意味がまるで分からないし、第一、どうして彼は僕に会いに来たのだろう。僕はこうして、大樹と喋っているだけで満足だったのに。
「それで、何の用? 突然来て」
「そう、それよ。 ・・・・・・なあ土我、一緒に人里を襲わないか? 愉しいぞ、人が逃げ戸惑うのを見るのは。何度やっても愉快だし、飽きない」
「なぜ、そんなことをする」
「それはなあ・・・・・・なあ、笑わないで聞いてくれよ? 俺は、俺は・・・・・・神になりたいのだ」
唖然とした。
この男は、一体、何を言っているのだろう。
「呆れたな、お前こそ人の肉を喰い過ぎて頭が可笑しくなったんじゃないか」
「いや、馬鹿にしてくれるな。奥州の方にな、目をつけている村があるんだ。そこの守り神は蟲神とかいう神でな、女の神だ。もとの名前は白絹姫とか言うそうだがな。弱い村なのだ。それで、その村を襲って白絹を倒して、俺が神座に着く。易いことよ、どうだお前も一緒に?」
その時、僕は矢々丸の話など聞いている余裕がなかった。
体が、何かおかしいのだ。そして驚くことに、自分の体から、血が、出ていた。胸の真ん中が割れて、そこから黒い血が溢れてくる。
「おい? 土我?」
さすがに熱に浮かれたように話していた彼も僕の様子がおかしいと気がついたようで、胸元を押さえる僕を見返した。
「なんだよ、急に」
「よく分からないけど・・・・・・」
自分の胸からは、ついには剣の柄のような部分が皮膚を破って、突き出してきていた。
「なんか、俺の体から、何か、出てこようとしてるみたいだ・・・・・・」
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