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Re: 小説カイコ ( No.43 )
日時: 2012/04/22 00:35
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: kVKlosoT)
参照: マトリーックス!

電車の中で揺られながら、ずっとさっきのことを考えていた。聞きなれた車掌の声が、淡々と次の駅名を告げる。

鈴木の、前の名字。
きっと両親の離婚かなんかだろう。それにしても時木なんて名字、偶然の一致ということで片づけてしまうには不自然な気がするし、それに……どうして蚕を肩に乗っけた夢なんて見たのだろう。
そう考えてみると、今更だが時木は鈴木に何となく似た面影がある。どこか鋭さのある横長の目や、偉そうな喋り方。真っ黒な髪に、少し色素の抜けた淡い茶色の瞳。挙げればいくらでもありそうだが、確かに二人は似ている。

でも。
時木は見た目中学生である。もし、時木が鈴木の姉であるならば、姉の方が年下なんておかしいだろう。しかもどうして時木が俺の街に現れたのだろう。
考え始めるとキリが無い。
第一、時木ってあいつなんなんだろう。近所にあんな子居た覚えはないし、勝手に人の家にあがりこんでいたり。果てには二階の窓から平気で飛び降りたり。今考えれば信じられないような事の数々を、どうして俺はあんなにも容易く受け入れていたのだろう?

“何一人で喋ってんの?幽霊でも出た?”

あの晩、大季が言っていた言葉を急に思い出した。
もし、もし、あいつが幽霊だったら。……年下でもおかしくはないはずだ。だって、幽霊は年を取らない。
意識が、ぐらりとした。車内放送が、場違いみたいにはっきりと聞こえた。

「そんな、あるわけないよな。」誰にも気づかれないくらいに、静かに笑った。こんなこと考えるなんて、ガキみたいだ。



地元に着くころには、外は真っ暗になっていた。暗い空から、大粒の雨も降っている。電車から降りると、駅舎の屋根をザアザアと叩きつける音が耳を塞いだ。

「雨か…」
どうやって帰ろう。残念ながら今朝はいつも通りに自宅から駅まで自転車で来ている。しかもド田舎のため、バスなんて気の利いたもの、一本も通っていない。ずぶ濡れ覚悟で雨の中に突撃するしかないだろう。

ダッシュで駐輪場まで走り、そのまま勢いで自転車にまたがって一気に漕ぎ出した。顔面にぶち当たってくる雨のせいで、まともに目も開けない。
息を切らしながら、坂をこいでいると、数十メートル先に一本だけ立っている電灯の光の下に、誰か人影が立っていた。傘も差さずに、ただ立っている。

「時木……?」
それは時木だった。前と同じ、山吹色の腰まであるパーカーを着ている。雨で濡らされて、短い黒髪はぴったりと頬に張り付いていた。
時木の目の前で自転車から降りた。時木は俺に気が付くと、茫然とした様子で、どこを見ているのかよく分からない目の色で、ふっと視線を合わせた。

「どうしたの、こんなところで……傘も差してないし何やってんだよ。」出ないと思っていた言葉は、案外簡単に滑り落ちた。
「謝れ。」時木が短く返事をした。「待ってたんだよ。ずっと。」
上から差す、電灯の光が時木の髪をやんわりと濡らした。「なんで俺なんか待ってたのさ。」

すると時木は俺の質問を無視して、楽しげに歩き出した。相変わらず訳の分からない奴だな、と思いながらも、自転車を左脇に押しながら、その背中をゆっくりと追う。

「ねぇ、高橋。」時木は俺に背を向けたまま、そう切り出した。細い肩が、小さく揺れる。「幽霊って、目が見えないって知ってた?」

「え、」頭を殴られたような気分だった。「なんだよ急に。」
「答えろよ、知ってたか?」
「いや……。」
素直にそう答えると、時木は楽しそうに笑った。「人がさ、この今住んでいる世界をこんな世界なんだって認識できるのは、例えば音が聞こえたり、目が見えたり、物に触れられたりするかだろ。自身の身体で受け取った“感覚”というものが、脳の写しだすその人の世界そのものだ。だから、幽霊は目が見えない。」少し言葉を切ると、時木は語調をすこしゆっくりにして、再び話し始めた。「———— 人が、世界を見る事ができるのは、その眼球で光を受け止めているからだって、学校で習ったでしょ?光がどうして空気中を進むことができるかっていうと、空気が透明で光が透過できるから。じゃあ、考えてみろよ。幽霊ってまぁ透明人間みたいなもんだろ?透明人間の眼球は当たり前だけど透明でしょ。ほら、光は透明人間の目を通り抜ける。透明な眼球は光を捉えられない。世界は見えない。視覚だけじゃないよ、嗅覚だって聴覚だって触覚だって。全てすべて感じることができない。言葉を返せば彼らの世界には何も無い。」

「……ああ、なるほどね。」
取りあえず相槌を打つが、時木がどうしてこんな話をするのか、どうしてこの話をするために雨の中ずっと俺を待っていたのか、全く見当が付かなかった。幽霊は目が見えない、世界を感じられない。言いたいことは分かったが、その真意が分からない。

時木が喋るのを止めると、気まずい沈黙のみが流れた。幸い、雨が強いのが良かった。俺も時木も傘も差さずに大雨の中を黙々と歩いているだけだ。
やがて、道は平坦になって、住宅街へと入った。しばらく歩くとすぐに俺の家に着いた。

「ほら、着いたぞ。」時木が初めて振り返った。どこか淋しげな笑顔だった。「じゃあな、ちゃんとカイコのサイト見ろよ。」
「時木、家はどこなの?もう真っ暗だしさ、中学生の女子がうろうろ出歩く時間じゃないよ。俺、送ってくよ。雨も冗談じゃなく強いし。」
すると時木はあからさまに迷惑そうな顔をした。「……いい。雨、好きだし。」
「でも、」
「いいんだ、本当に雨が好きなんだよ。好きにさせろ。」それは、絶対に食い下がってくれそうにない言い方だった。

「じゃあさ、傘だけでも持っていきなよ。返すのいつでもいいから。」言いながら、玄関の横の傘立てに一本差さっていた緑色のビニール傘を時木の前に差し出した。
「雨好きだって、言ってんだろ。」
「全く、頑固だなぁ。人の親切ぐらい素直に受け取ってよ。さもなくば時木が家に着くまで俺本当に付いてっちゃうよ。」そう笑うと、時木が不機嫌そうに睨んできた。
「……傘。」
「お、ついにもらってくれんの?」
「早く渡せよ!!」

そう怒鳴ると、時木は半ば俺の手からもぎ取るように傘を取った。それから一気に走り出して、すこし距離を取ると俺の方を振り返って、「高橋のバーカっ!」と一声罵ってまた走り出した。
後は一回も振り返らずに、降りしきる雨の中に消えていった。