コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.431 )
- 日時: 2014/02/27 00:38
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
本編に入る前に鈴木君の短編?番外編?なるものを投稿します。
つーか風呂はいんねーと。自分クセーわwww
○帰郷
『たまには帰ってきなさいよ』
高校の終業式が終わった十二月中旬。
吐く息も白い冬空の下、今日は部活も無いのでそのまま直行で下宿に帰った。学校の坂を一人下っていると、後ろから鈴木—、と呼び止められて、振り向くと高橋がこちらにむかって手を振りながら走って来ていた。
「お、高橋じゃん。なんだよ、やけにニコニコしちゃって気色悪いぞ。どったのさ」
「へへへ、」
横に並んだ高橋は、それでも何だか嬉しそうだ。
「通知表が良かったんだ。いやぁ、ついに上がりましたよ順位。やっと半分より上行った。どやどや」
「おー、良かったじゃん。俺なんか美術赤評だったよ。もー最悪」
「あはは、ありゃ才能の問題だからしょうがないよ。別に美術ぐらい落としても余裕でしょ、鈴木なら」
「ま、ね。そういや部活のスケジュール貰った?」
「いや、まだだけど」
そっか、と言ってガリバのポケットに挟んでおいたスケジュール表を渡した。
「ほら見てみここ。十二月二十五日から一月三日までがっぽりオフ。くっそ暇なんだけど」
「あ、ほんとだ。しかもクリスマスがオフってところに悪意を感じるな。絶対これ佐藤先輩が金子先輩といちゃこらするためでしょ。でもなぁ、クリスマスも大晦日も正月もこの年になるとただただ暇なんだよね。彼女も居ないしさ、ネットぐらいしかやることないし。家に居たってつまんないし……って、あ、」
「ん? どうした。実は彼女いましたーってか(笑)?」
「違うわ馬鹿」
高橋が不機嫌そうにため息をついた。
「鈴木はさ、冬休み実家に帰らないの?」
「あ……、そういや特に考えてなかったな。うーん、水戸が遠いんだよな。めんどくさい」
「めんどくさい、っておい。さすがに入学してから一回も帰ってないのはマズイよ。そろそろ顔出しとかなきゃ。それに水戸なんて近い方でしょ。飯塚なんか宮崎のばあちゃんに半年ごとに会いに行ってるってよ」
「宮崎かよ。遠いな。フォッサマグナをゆうに越えているではないか」
「ぬん。まぁ帰りなって。鈴木もどうせ彼女いないんでしょ」
「ふふ、一緒にするなし、馬鹿にするなし。俺ほどのイケメンなら作ろうと思えば今からでもいけるぜ」
「あー、そうねそうね! そうでしたね芋男の俺なんかとは違いましたね! しっかしもったいないよなぁ、どうして告られても毎回振っちゃうんだよ。この前乙海から聞いたんだけどさ、鈴木君ホモ説が女子の間じゃ広まってるらしいよ。お前がぜんぜん応じないから」
「ちょま……ホモって……。女子って怖ぇ」
「それだけじゃないよ」
ふふふ、と高橋が不愉快そうに引きつって笑った。
「しかも相手が俺だって。いっつも二人で居るからだってさ。つまり俺もホモ設定にされてんだよ!!」
しばしの沈黙。俺はゆっくり目を閉じた。
「そっかぁ。バレてたのかぁ……」
「え」
「俺がお前のこと好きだって、こと……隠してたのに……」
「ちょっ。えぇええええええ!?」
高橋がびっくりしすぎて後ろにケツから倒れた。大目玉かっぴらいて下からこっちを見てくる。
「バーカ、んな訳あるかよ。俺が十人いても高橋を掘りたいなんて思わないね」
まさか本当に信じるとはまぁ高橋なら無くも無いかな、ぐらいに思ってたけれど、本当に信じたからけっこう面白かった。当の高橋は顔を真っ赤にしてカンカンに怒っている。非常に面白い。
- Re: 小説カイコ ( No.432 )
- 日時: 2014/02/28 22:44
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
それから坂下の分かれ道で高橋と別れ、下宿に着くと俺宛てに封筒が届いていた。家からだ。しかも今の父親からでビビった。案外、達筆でさらにビビった。
さっきの話題が話題だったので、予想はしていたがやっぱり内容は、文章の一行目から正月ぐらいは帰ってきなさいよ、というものだった。同封されて、一万円が入っていた。どうやら交通費らしい。
「おいおいさすがに一万もかかんねぇよ……そんなに水戸は遠くねぇよ……」
他の事に使っちゃおうかな、と一瞬頭に掠めたけどやめておいた。そういやお金って普通に郵送しちゃいけないんじゃなかったっけ。
「ヨッス! おう鈴木やん」
今閉めた玄関の横戸がガラガラと音を立てて開いて、大学生の上野さんが入ってきた。ちなみにこの人、どっからどう見ても能天気なアホに見えるが、東大生である。
「あ、上野さん。こんにちはー」
「なんじゃお手紙か。誰だれ? カノジョー?」
「いや……家です」
「おほー帰郷ですかぁ。正月だもんねぇ。俺も帰るぞ家に。お前は? そういやどこ出身なん? 高校から下宿も今時あんまないじゃろ」
「俺は茨城の水戸です。寒いですよ何も無いし。県庁所在地の割には土浦とかつくばの方が栄えてるし」
「へぇ、まぁ故郷っぽくてええやん。あんま都会都会してるのも風情無いじゃろ」
「はは、素敵なフォローありがとうございます」
上野さんが愛してやまない実家の話を始めそうだったので、急いで振り切って自室に逃げた。それからゆっくりと手紙の続きを読んだ。
実は、今の父親からもらう手紙は初めてである。だいたい、こういうのは今まで母親が送ってきていたから。
万年筆で書いたらしき、細くて堂々とした達筆な字を、上からじっくり読んだ。
国由へ、
たまには帰ってきなさいよ!
国由、僕含め、お母さんも葵も寂しがってます。十代の成長は早いからね、たぶん今頃東京の雑踏に揉まれて見違えるほど逞しくなってるんじゃないかな。
同封した一万円は片道の交通費です。万が一にもそうゆうことは無いと思うけど、他のことに使ったら呪い殺します。一万円も投資した僕の気持ちを考えて、帰ってきてください。
正月にはみんなでコタツでおせちとピザ食べような! なんか他に食べたいものあったら遠慮なく言って下さい。
それに12月30日は葵の三歳の誕生日だよ! 葵、国由が来てくれるのを楽しみにしてるからね。来なかったら怖いぞー。
あ、それともしも帰って来てくれなかったらの話ですが。
家族総出で、国由の下宿にお邪魔しに行きます。さらに国由が部活で頑張っている姿も見たいので、部活にもついていきます。バカ親っぽく黄色い声で応援しながら、走ってる国吉をホームビデオで録画しちゃいます。
じゃ、待ってるからね!
父より
「うわぁ……」
なんかほぼ脅迫状みたいじゃないか。これ。しかもあの人なら冗談じゃなくやりかねない。
バカ親っぽく、ってところが何だかくすぐったいけれど、まぁ照れ臭いので置いておく。
「あーあ、」
これじゃあ、帰らざる負えないじゃないか。まさかこっちにわざわざ出向かせるわけにもいかないし。葵が待ってるらしいし。一万円も貰っちゃったし。……他の事に使ったら呪い殺されるらしいし。
俺なんか放って置いてくれていいのに。というかその方がこっちも気楽なのに。母さんと、隆光さんと、葵と。あの三人だけだったら、完璧な家族なのに。俺も、他人でいる方がよっぽど居心地がいい。
「あーあ!」
なんかむしゃくしゃしたのでとりあえず昨日賞味期限の切れた食パンを連続で三枚ほど平らげた。乾燥してて、口の中でぽそぽそして飲み込みにくい。頑張って飲み込もうとしたら喉に詰まって一人で悶えまくった。
「ちっきしょ、このやろう!」
何にいらだっているのか分からなくなってきたけど、適当に足元にあったダンボール箱を蹴っ飛ばした。案外軽くて、中からプリント類がたくさん飛び散る。廊下の向こうで、上野さんが「ひぇえー」とか言っている。
「何ですか上野さん!」
廊下に向かって怒鳴り散らした。
「いやぁ、えらい事になってんなぁ思って。あっはっは。モラトリアムじゃなぁ〜」
壁越しにくぐもって聞こえる上野さんの陽気な声を聴いていると、なんだか自分がひどく馬鹿でガキみたいに思えてきた。そのまま意気消沈して布団に倒れ込む。昨日食い散らかしたポテチの匂いがした。
「はぁ……」
制服のポケットから、意味も無くスマホを取り出して、エロサイトでも見よっかなーとか思って画面を点けようとしたら、真っ黒な画面が鏡になって、自分の顔が写ってギョッとした。
もう嫌だな。年取るにつれて、どんどん前の親父そっくりになってく俺の顔面。きっと母さんもアイツの顔に騙されたんだな。怖い怖い。
「母さん、か。俺もどういう星の巡り合わせなんだろうね」
- Re: 小説カイコ ( No.433 )
- 日時: 2014/02/28 23:01
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
ちなみに俺の母さんは俺の母さんでは無い。ここらへんは高橋にも言っていない話だ。
だから俺は本当に他人でいいのだ。母さんとも、隆光さんとも血の繋がりは無いのだから。
俺を生んだ人は、俺を生むときに脳卒中で死んだらしい。そんなことあるのか、と俺もはじめ聞いたとき驚いたが、そこそこある話らしい。
その後、シングルファザーとなった前の親父だったが、どういう顛末か俺の生みの親の双子の妹、すなわち今の母さんと再婚した。
母さんがどうしてそういう気になったのかは未だに不可解だが、まぁそうなったものはそうなったものなのだ。母さんたち双子の姉妹はシングルファザーの元で育ったらしく、その経験上母親は大切だと思ったから、とか何とか言っていた。でも未だによく分からない。
ちなみにこのことの大筋を俺が知ったのは、姉ちゃんが死ぬ前日だ。だから小学生の時だ。
雪が降っていたあの日、病院に姉ちゃんのお見舞いに行った。花瓶の水を替えてきて、と頼まれたから一人で水道まで歩いて行った。
で、病室に帰ってくると夫婦喧嘩が始まっていた。何となく入れる雰囲気じゃなかったので、ドアの前で喧嘩が収まるまで待っていようと思ったら、今でも忘れない、アイツの暴言を聞いてしまったのだ。
“どうして杏なんだ!国由が代わればいいじゃないか!!”
「ちょっと、あなた、それどういう意味なのよ!」
「だって、アイツが生まれたせいで、真奈は死んだんだぞ!? 今度は杏が! アイツさえ生まれなければ、アイツさえ!」
「いい加減にしなさいよ! なんで国由のせいになるのよ! だいたい、あんたがそんなんだから悪いんじゃないの、なんだって仕事辞めたのよ!? 私のパート代だって酒に回してんの知ってるんだからね!? もう、意味が分からないわ。ああ、可哀想な真奈! こんな旦那に……」
「真奈はそんな風に俺を言わない! お前なんていらない!」
俺はあまりのことに、両手の力が抜けて、花瓶を床に落としてしまった。それに気が付いた姉ちゃんが、病気で痩せた体を引きずりながらこっちに来たが、俺はもう悲しくって、意味が分からなくって、泣きながら走って逃げた。
それで病院の中庭のベンチで隠れるように、一人、泣いていた。真っ白な雪があとからあとから冬空から降って来て、やけに悲しかった。
気が付けば、いつの間にか追いついたパジャマ姿の姉ちゃんが、俺の背中を抱いて何回も、何回も謝っていた。ごめんね、ごめんね、と。国由はまだ生きて行かなきゃいけないのにごめんね、と。
姉ちゃんはガクガク震えていた。俺は寒いのかな、と思った。だってパジャマだったし。
しばらくすると、ごめんねと謝る声も止んで、俺を抱いていた細い両腕の力がずるりと抜け、姉ちゃんは降り積もる白雪の上、バッタリと倒れた。
雪と同じくらい、顔が白かった。
翌日の深夜、姉ちゃんは息を引き取った。
静かな病室で、お前が殺したんだ、と呪うような親父の低い声が何度も何度も俺に向けられた。
俺のせいで死んじゃったんだ、って俺は何度も何度も心の中で繰り返した。母さんが一生懸命、優しい声で俺に泣きながら何か言っていたけれど、俺は聞かなかった。
その後、母さんは離婚した。当たり前だ。あんな奴と一緒に居れる方がおかしい。
俺の名字は、時木から宮川になった。母さんの旧姓だ。
あの忌々しい親父と同じ時木という名字は嫌だったが、姉ちゃんと違う名字になってしまうのは、繋がりが全部無くなってしまうみたいで、それも悲しかった。
姉ちゃんと過ごした前の家を出て行き、車で新しいアパートへと向かった。その車内で、俺は俺の家族の秘密を全部母さんから引き出したのだった。
- Re: 小説カイコ ( No.434 )
- 日時: 2014/02/28 23:22
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
そしてそこらへんから、俺は病んできた。誰とも遊ばなくなったし、学校の休み時間は寝たふりをして人との関わりを絶った。
なんの障害も無く幸せそうに生きる同級生たちを見ると、無性に腹が立ったし、みんなも俺と同じ目に遭えばいい、とまで思った。あの頃は本当に性格が歪んでいた。
しかもリストカットなんてものにも手を出していたので、ますます人と関われなくなった。
リストカット、あれは本当に怖い。一度始めると癖になって何度でもやってしまう。痛みに慣れると軽く切ったくらいじゃ満足できなくなって、回数を重ねるごとにどんどん傷が深くなる。治らなくなる。グロい傷跡に慣れると、それが本当に自分の身体の一部なのかも曖昧になってくる。
今でも、その傷跡は左手首にしっかりと残っている。部分的に妙に褐色になってしまった細長い傷。おかげで腕時計が外せなくなってしまった。部活中も腕時計をしっぱなしだから、この前高橋に、邪魔じゃないの?とか聞かれてかなり言い訳に困った。
邪魔だよ、確実に。
……で、そんな風に派手に傷跡を増やしていっていたので、ある日担任の先生にバレた。どうやら俺の傷に気が付いた生徒の誰かが、先生に教えに行ったらしい。
養護教諭がすっ飛んできて、それから親まで学校に呼ばれて、なんか大事になってしまったのを覚えている。夕方の五時までみっちり話を詰められた。
その後は学校から家まで母さんと二人で帰ったわけだが、その途中でいきなり平手打ちされた。パーン、といい音がして、かなりびっくりした。それから泣きながら、馬鹿なことはもうよして、とか何とか言われて、もうしないことを約束した。
当時の俺は単純だったのか何なのか、それ以来リストカットはやめた。今まで自分の部屋にベッドがあって、夜は一人で寝ていたのに、その日からベッドを母さんの部屋に移されて、否が応でも夜は一人になれなくなったのだ。しかもカッター類も全部没収された。結果、リストカットもできなくなった。というかそこまでされて、再びやろうとも思わなかった。
そして時は巡り小学六年生になった秋ごろ。
その頃、何となく母さんは毎日ウキウキしていた。小学生の目にも分かるくらいに、ウキウキしていたし、なんか若干綺麗になってきた気もした。服装も化粧も前よりずっと明るくて、若い。
好きな人でもできたのかね、なんて小学男児にしては鋭い考察をしていた俺だったが、ずばり当たってしまった。ある日の夕食で、ねぇ国由さぁ、お父さん欲しくなぁい? とか聞かれて、これはきたな、と思った。
別に断る理由も無かったし、好きにしたら、と言ったら翌日早速家に連れてきてビビった。鈴木さんという人らしい。
その男の人は、いたって普通な体型で、温和そうな人だった。喋り方がゆっくりで、見た目の割には若干仕草や動作がおじいさんっぽい。この人が今の父親、隆光さんである。
なんか一目見ただけで、いい奴だな、と分かった。前述したとおり、その頃の俺は性格が歪んでいたし、小学生にしては鋭すぎる考察力も兼ね添えていたので人の人格を探るのには慣れていた。
まぁ、そんな訳で、俺が小学校を卒業した春休み中に、二人は結婚式を挙げて、籍を入れて、結婚した。俺の名字が宮川から鈴木になった。
隆光さんのことを、最初何て呼べばいいのか分からなかった。
何て呼べばいいですか、と聞いたら隆光さんは困ったように笑いながら、お父さんって呼んでくれたら嬉しいけど、別に無理しなくていいよ。と言った。
母さんは隆光さんのことを隆光さんと呼んでいたので、俺にとっては隆光さんという言い方が一番自然だった。だから、隆光さんと呼ぶことにした。
それから数か月後、母さんが妊娠した! とか言って嬉しそうに騒いでいた。
俺もまぁ嬉しかったけど、悲しいかな、れっきとした中学生男子だったから変な方向にしか頭が働かなかった。みんなで同じ部屋で寝ていたのに、いつやったんだ?とか思って一人で逆算したら、たぶん俺の部活の合宿の時だ。大人って怖い。
で、年末にめでたく葵が生まれた。体重が五キロもあったらしい。
正月はみんなで母さんの入院先の部屋で過ごした。暖房の効いた、温かい室内から見える窓の向こうでは真っ白な雪がさんさんと降っていた。
姉ちゃんが死んだあの日と同じ、真っ白な雪が。
その雪をずっと見ながら、その日、俺は決意した。この家を出よう、って。
この幸せな家族に、俺みたいな奴が暗い影を落としてはいけない。
母さんも実の子が生まれたのだ。俺なんかいない方がいいだろう。
新しく生まれた赤ちゃんのためにも、得体の知れない兄なんて居ない方がきっといい。優しい父母に愛されて、俺みたいに歪まずに育ってほしい。
それから俺はどうやったら家を出れるかをずっと考えた。
さすがに家出は駄目だ。また大事になってしまう。
じゃあ、どうしたらいいのか。迷惑をかけずに、自然な感じでこの家族から姿を消すためには。
答えは半日考えて、あっさりと出た。
そうだ、高校受験で遠い高校を受ければいいんじゃないか。家から通うのが難しいぐらい遠くの高校に行けば、下宿することになるだろう。それで万事解決だ。
調べたら、県立高校では保護者同伴の義務うんたらかんたらで下宿は無理だった。市立高校も然り。私立なら寮付きのところがあったけれど、おそろしく学費が高かった。ちっくしょー、と思って知恵袋で “下宿できる高校はありませんか?” って聞くと、どうやら国立高校なら下宿オッケーらしい。現に、下宿生の人からも解答をもらったのだ。
で、その日からガリ勉して今に至る。
東京というのは本当に恐ろしい街で、色んな背景を持った、色んな人がわんさか居る。はじめ、下宿で上野さんに出会って、生まれて初めて生の関西っぽい方言を聞いたときには日本って広いんだなぁ、とかまじまじと感動した。
ちなみに高校に入学して、何となく中学の時もやっていた陸上部に入って、一番びっくりしたのは俺と同じ新入部員のなかに、隆光さんそっくりな奴がいたことである。
いたって普通の外見に、田舎っぽい温和そうな雰囲気。年の割には変に落ちついた、じいさんみたいな仕草と動作。
言わずもがな、高橋である。高橋と隆光さんがそっくりすぎるのだ。笑った時の顔が一番似ている。
ふぅ……、とここまではいいものの。
人がこういった感じで一大決心をして茨城のド田舎から東京に出てきたのに、正月にまた帰ってこいとは……まったく弱ったな。
ほんと、もう、だから放っておいてくれればいいのに。俺ももう十六歳だ。二百年前だったらとっくに成人してるのに。
というか反応が怖いじゃないか。特に母さんの。久々に見た連れ子が前の旦那そっくりに成長してたら俺だって嫌だよ。くっそー。
「あー駄目だ。鬱になってきた。寝よ」
一人でそう呟いて、夕飯まで寝ることにした。鬱になったら寝るのが一番。これは間違いない。
- Re: 小説カイコ ( No.435 )
- 日時: 2014/03/01 20:13
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
そして結局その日がやって来た。
なんだかんだで水戸は案外近く、二時間とかからずに到着してしまった。それからローカル線に乗り継いで、それでも半時間で着いてしまう。
「……どーしよ。」
正直、こんなに早く着いてしまうとは思わなかった。
どうしたらいいんだ。夕飯までぜんぜん時間がある。今から家に行ってしまっても、ものすごく暇な時間ができてしまう。
それは、嫌だな。
遠くに見える青い山々が、とても懐かしい。少し霞んだ大気が、昼の光を映していた。あの先に、家があるはずだ。
できれば夕飯の直前にひょっこり帰ってきた形にして、それで飯食って、疲れたから早く寝るわじゃあねー、という風にしたい。
何とはなしに、そんなことを考えていたら勝手に足がファミレスに向かっていた。平日の昼間でガラガラの店内に入ると、すぐに席まで通される。
メニューを開いてみるけど、特に腹が減っている訳でも無し。
仕方がないのでドリンクバーだけ頼んで無意味にモカとか作って時間を潰すことにした。出窓から差し込む光が、馬鹿みたいにのんびりとしていて清々しい。
セルフサービスのドリンクコーナーで、温められたカップを手に取ると、やんわりとした温もりが、右手を伝わった。淡いクリーム色をしたカップは、心地好い丸みを帯びている。
「……何してんだろ、俺」
結局そのまま、夕方の六時を過ぎて外が真っ暗になるまで、俺は定価180円のドリンクバーを永遠と飲み続けた。
- Re: 小説カイコ ( No.436 )
- 日時: 2014/03/01 20:41
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
ファミレスを出ると、冷たい風がびゅうびゅうと吹き付けていた。
雪はまだ降っていないらしいけど、こっちは東京に比べてだいぶ寒いような気がした。たかだか二時間しか距離は無いのに。
一旦駅まで帰って、タクシーを拾おうと思った。
歩いても一時間くらいで着くのだけれど、なんだかそれも億劫なのだ。
吐く息が白くって、タクシー乗り場の電灯がぼうっと冷たげに光っている。吐いた息がメガネに曇って、イライラしながら眼鏡を取ってジャンパーの端で適当に拭いた。
「あっ、国由だよね?!」
「え、」
振り返ると、駅の階段を手を振りながら駆けおりてくる人物が居た。眼鏡をしていない、ぼやけた視界の中で、それでも動くものといったらそれくらいだったのですぐに分かった。
「やっぱそうだ! わたし私! 卦籐だよお」
「ちょっと待って、いま眼鏡かけっから」
見たこと無い女の子が、白い息をぽんぽん弾ませながら走ってくる。
「えっと……だれ?」
「け、と、う!っだっつーの」
「ああ、咲か」
すっかり忘れていた。比較的仲の良かった小学校時代の同級生だった。中学は違うところに進んだので、三年以上会っていない相手。記憶にある彼女より、ずっと成長していて、いまいちかつての印象と噛み合わなかった。
「ひさぶり。よく俺だってわかったね」
「まぁね、」ニコニコと笑いながら、咲が隣に並ぶ。「あんなアンニュイな歩き方おめぇしかしねーよ。……タクシー拾うん?」
「あー、お前は歩き?」
タクシーのおじさんが、車内からちらちらと様子を見てくる。
「あん。もちろんよ」
「じゃあ俺も歩くわ。暇なんだ」
それから、俺と咲は一緒に歩いてお互いの家を目指すことにした。
冷え込んだ星空に、オリオン座が青く光っている。
お互い三年ぶり。見慣れたはずの故郷で、見違えた同級生と、とても奇妙な感じがした。
- Re: 小説カイコ ( No.437 )
- 日時: 2014/03/04 03:01
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: umHqwPxP)
それから取り留めも無い話を途切れ途切れにした。
大抵は話題を振って来るのは咲の方だったので、必然、彼女が黙ると無言になった。俺は何となく高橋が俺の嘘のホモ告白を信じてケツから転んだ話をした。咲はそれいい!めっちゃいい!参考にする!といって大笑いしていた。何の参考かと聞いたらいかがわしい趣味の参考だという。こいつ腐女子だったのか。
懐かしい同級生の一人がバイト先で大恋愛を展開したというどうともない話をし終わると、咲は再び黙り込んだ。ふと左隣を見ると、ぽかーんと夜空を見上げている。
「どうした、ユーフォーでも見っけた?」
「おう。いるぞ、あそこに。ふわふわ飛んでるべ」
咲は宙を指差しながら言った。
「うそっ」
指の先、示された方を見ても何も無かった。
そんな俺を、咲は一テンポ遅れてバシリとラリアットする。
「うっそぴょーん。マジで信じたね。くっそウケるんすけど」
キャラキャラと、愉快そうに笑う。
「たー、一本取られたわ」
言いながら、左手でカシカシと頭をわざとらしく掻く。
すると突然、咲の冷たくて細い右手が俺の左手を捉えた。そのまま歩くのも不自然に思えたので、いったん立ち止まると、あちらも同じタイミングで立ち止まった。
「これさ、」
咲は真面目な顔をして言う。
「チクったの私なんだよね。ぶっちゃけ」
何のことか、全く意味が解らなかった。
そのまま静止していると、咲がトントン、と手首に巻いた腕時計を軽く叩いた。
「リスカ。先生にチクったの、私だって言ったんだよ」
「あぁ……」
それの事だったのか。
「あんがと。あそこで止めてなかったらこれ、もっとひどい傷になってたわ」
言いながら、腕時計を外して、見せた。
こんなに良く治りました、って意味で見せたのに、咲は眉根を寄せる。
「治らなかったんだ……」
「そりゃまぁ、傷跡くらいは残るだろうけど」
何となく気まずくなって、時計をはめながら歩こうぜ、と話しかけた。咲は無言で付いてくる。
「もう一個ぶっちゃけるとね、」
咲はまた空を見上げながらぽつぽつと呟く。
「わたし、国由のこと好きだったんよ」
「そう……」
人通りの無い夜道に響く二人分の足音が、大きく響いていた。
雨雲の去った後の道路は湿気っていて、街灯の光を暗く濡らしていた。
「だから、お姉さんのお葬式の後からさ、どんどん荒んでくあんたが嫌だった。何かしたかったんだけど何もできなくて。それでリスカの跡に気付いちゃって……でもチクるぐらいしかできなくて。そのあとすぐに卒業でどうなったか全然分からなかったしさ」
「俺は、」
ふぅ、と白い息が出た。頭のどこか隅っこが、熱かった。
「そんなこと、全然知らなかったな。あの時は全世界が全部敵だったから。そんなふうに、誰かが俺の事心配してくれてたなんて、夢にも思わなかった。ましてや、俺はあの時、みんなも俺と同じくらい不幸になればいいとまで思ってたのに」
咲は無言で笑うと、夜空から俺の方に向かい直った。
「そら、あんたどこまで私に付いてくんのよ。あんたの家あっちだろ」
「あ、そうだった」
素でそう言うと、じゃあな、と言って咲はスタスタと歩き去ってしまった。
何となくしょんぼりとして、その後は一人で家へと向かった。
- Re: 小説カイコ ( No.438 )
- 日時: 2014/03/09 00:31
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
久々に見る我が家は、特に何も変わっていなかった。
駐車場に泊まってる日産のキューブも昔のままだった。
躊躇いながらも、玄関のインターホンを押す。
ちなみに家の鍵は持ってない。
「ちょっと、随分遅いじゃなーい!」
そんな高い声と共に、玄関から母親が飛び出してきた。
開けたドアの隙間から、ぷーんと味噌汁のいい匂いがする。キャッキャッ、という声がして、たぶん葵だろうなぁとぼんやりと思う。
「ん、ごめん」
そう言いながら、中に入って靴を脱ぎ捨てる。色々言いたいことはあったけれど、口に突いて出てくる言葉はそれくらいだった。
玄関入ってすぐのドアを開け、リビングに入ると、むわっとした暖気が体を包んだ。ストーブが熱い。それに俺は割と厚めのコートを着ていたので、かなりむさ苦しい。
「おにいちゃん!」
「お帰りー」
葵と隆光さん。二人とも久々に見たけれど、最後に見た時からあまり変わらないような気がした。葵は髪が伸びていて、割と薄い茶色の髪はさらさらしている。隆光さんと同じ髪の色だなと思った。
ただいま、と返事をして、黒いリュックと黒いコートを置いて、洗面所にうがいをしに行った。普段より丁寧に手を洗って(というか普段あまり洗わない)、丹念にうがいした(うがいも普段しない)。
それでも一分もかからずに終えてしまったので所在無くリビングに戻る。
隆光さんがにこにこしながら話しかけてくる。
葵がなんか騒ぎながら足に纏わりついてくる。
母親は台所で忙しそうにしている。
「なんか手伝うことある?」
今まで一度も発したことの無かったセリフを台所に向かって言うと、無いわよーゆっくりしてていいわよーと声が返ってくる。これほどがっかりしたことは無かった。
隆光さんは、俺に手招きして、座れば?とコタツの向かいの席を勧めてきた。断る理由も無くて、おずおず座った。学校のこととか、部活のこととか色々聞かれたが、どうしても下手な返事しか返せなかった。学校どう? 楽しいよ。 部活は? 仲いいよ。 ……学校でならもっと饒舌かませるのに。どうして家に帰ると喉がすぼんでしまうのか自分でもよく分からなかった。
それで、そのままコタツでご飯を食べることになって、正方形のコタツの一辺に一人ずつ座る形で四人で座った。おかしいな、母親は割とこういうラフな食べ方を許さない人だったはずだ。
早々に飯を平らげてしまった俺は、本当にやる事無くて暇だった。葵は小さいので元から食うのが遅いし、隆光さんと母親は喋りながら食うのでやっぱり遅い。それで、暇だった。
家に帰りたい。そう思った。
でもよく考えたらここが家だった。俺はどこに帰りたいのだろう。
「あ、お風呂洗わなきゃ」
母親が思い出したかのように言う。隆光さんは、じゃあお母さんがお皿洗ってるときに俺が洗うよ、とすぐに答えた。
「や、隆光さんいいよ。俺が、洗ってくるよ」
何故か、そんなことを口走っていた。普段なら風呂洗いなんか率先してやらない。というか下宿じゃそんな機会無い。
「じゃあ、お願いしようかしら」
母親が嬉しそうに言った。それを確認してから、食器をまとめて持って、コタツから腰を浮かすと今行くの? と聞かれた。うん、と頷いてそのまま出る。
それからしばらく、俺は安堵して風呂洗いをせっせとやっていた。
何故かリビングに居るよりも、一人で浴槽を相手にしている方が心地よかった。
- Re: 小説カイコ ( No.439 )
- 日時: 2014/03/30 22:49
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: e4Mlzqwp)
「……あーあ」
ふと気づけば午前二時。
何だかんだで夜はどっぷり更けていた。
こうやって浴槽に浸かり続けて何時間経っただろう。隆光さんが入った後に入ったから……三時間以上はこうしているのだろうか。
冷えた大気に当てられてだいぶぬるくなったお湯に口元までつかる。目の前でぼんやりと立つ煙が、眼鏡の無いぼやけた視界の中でずっと揺れている。指の皮膚はつかりすぎてしわしわになっていて、何か気持ち悪い。
「……上がるか」
湯から出た体は寒かった。当たり前だ、十二月も下旬なのだから。
訳も分からず学校のこととか部活のこととか、走馬灯みたいに一瞬一瞬の思い出がちらついた。なんだろう、なんだか死ぬみたいだ。
ゆるいジャージに着替えてからも、全く眠気が降りてこなかった。頭の後ろっかわの方が冴えきって目覚めていて到底眠れそうにない。
その時、ふと思いついた。
なんだか急に、夜の町を散歩してみたくなった。
外はもっと寒いだろう。だから、ジャージの上にコートを着た。いつも制服の上から着ている黒いやつである。ジャージコートとか極上にダサイがこんな真夜中、こんな田舎で誰に出くわすことも無いだろう。小学生が夜中に虫取りに行くような、そんな果てしないワクワク感と共にさっさと家を出た。
玄関を開けると、ひっそりとした住宅街には、明かりの一つも灯っていなかった。当たり前である、なんてったって二時過ぎなのだ。
冷え切った濃紺の夜空には、砂糖をこぼしたみたいに無数の星々が輝いている。東京の空じゃ、ぜったいに見れない数だ。素直に、綺麗だなと思った。どうしてこっちに住んでいた時には、こんなことにも気づかなかったのだろう。
小さな住宅街なので、三分も歩けばすぐに畑しかなくなる。といっても冬なので、なんにも植わってない。冴えきった暗闇の中で、ビニールハウスのぼんやりとした乳発色が、月明かりに照ってなにか不思議な建築物のように光っていた。
この先だったっけな。
市が急に建てた変な公民館があるのだ。
税金の無駄遣い、とか散々叩かれていたけど俺は割とあの公民館が好きだった。小さな中庭があって、砂場と煉瓦で覆われた花壇がぽつんとある。誰も遊びに来る人も居なくて、俺は気分が塞がるとよくあの花壇の煉瓦に座りに出かけていた。座ってゲームをする時もあれば、ただただぼうっとしている時もあった。自分から人を拒絶していた小学校時代の俺にとって、あの小さな箱舟のような庭は、唯一こころ許せる場所だった。
いつの間にか、小走りに走り出していた。アップシューズじゃなくて厚ぼったいマウンテンシューズを履いていたので、若干走りにくかったが、何となく部活が恋しくなっていた体にはそれでも嬉しかった。
公民館に着いて、中庭を目指す。
アコムが鳴ると面倒なので、危なさそうなルートは避けた。何だか別に悪いことをしている訳じゃないのに、変に胸が高鳴った。
中庭に着くと、驚くことに先客が居た。
「よっ、寒いね」
隆光さんだった。
さらに訳の分からないことに、砂場で山のようなものを作っている。
「えっと、……何やってんすか」
「え、お城作ってるんだけど」
言って、ニヤッと笑って泥だらけの右手でピースを作る。中途半端な笑い方が、やっぱり高橋そっくりで、こらえきれず吹き出してしまった。
「国由も一緒につくろ。楽しいよ」
見当違いの返答もあいつにそっくりで、ますます可笑しくなってしまう。
「いや、俺手ぇ汚れるの嫌だから、ここで見てます」
「えー、」
「嫌だから嫌」
そんな押し問答がしばらく続いた後、結局俺は花壇に座って、隆光さんは相変わらず砂遊びを続けた。
- Re: 小説カイコ 【参照1万越えありがとうございます】 ( No.440 )
- 日時: 2014/10/04 00:59
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
それからどれくらいが経っただろうか。
俺はそのままずっと花壇に座って隆光さんの背中を眺め、隆光さんは相変わらず砂山を作り続けていた。冷えた夜空が、冴えていた。
「俺もさぁ、」
「え?」
隆光さんが手を止めて、振り返った。
月明かりが逆光になって、いつもよりずっと若く見える。
「俺もさぁ、親父がろくでなしでさ、」
「……はぁ、」
隆光さんが自分自身を指して“親父”と言っているのか、それとも俺の前の父親を指しているのか分からなかった。
「不幸自慢はしたくないんだけどね、色々なことがあって、高校生の時家出して、それで自分で稼いだ金でどうにか短大は出たんだけど、ある日久々に家に帰ったら家が無くなってた」
隆光さんの喋り方にはこれぽっちも卑屈な感じがなくて、むしろ楽しい昔話でもしているような口調だった。
「無くなってたって?」
「サラ地になってた。売れないほどボロい家だったからね、たぶん取り壊して土地だけ売ったんだろうね。それか差し押さえられちゃったのか」
「はぁ」
「歳の離れた兄貴が二人いたけど、行方を知りようもないし、もとより親父なんか生きてるのかも微妙だったしで、すっかり煩わしい関わりも無くなっちゃったんだ。それから寮付きの土建で働くことにしたの。五人ずつの狭くて小汚い部屋でさ、ひどい寮だった。でもそこで同室だった人に本当にいい人がいてね。俺より三十歳も上のおっさんだったんだけど、なんかやけに俺のこと可愛がってくれて。俺、誰かからそんな風に愛されたことなんて無かったから、犬みたいにそのおっさんになついた」
「犬、ってそんなに?」
「うん。口の悪いおっさんで、ひどい罵り言葉も何回も言われたけどそれでも好きだった。怒られた時も、その時はこのクソジジイ、って思ってたけど、一時間も経つと怒られたことも嬉しくなってきちゃって。本当に馬鹿だったな。隆光って名前が長いってんでタカ、タカ、って呼ぶんだよ。俺もすっかり懐いて親父さん、とか言ってたけど」
「おれ、隆光さんってもっと穏やかな人生を送ってきた人だと思ってた」
「はは、そう見えるんなら良かった。まぁきっとそのおっさんのお陰だな。んでね、親父さんったらある日ポックリ死んじゃってさ。脳卒中で。あまりにも突然すぎて、受け止められなかった。ほんと言うと、今でも信じられないんだ。またいつか、あの気のいい笑顔でタカ、ってひょっこり会いに来てくれるんじゃないかなって。本当にそんなふうに考えてしまう」
「……はぁ、」
「ああごめんね。こんな話されても困るよね。国由は俺なんかよりずっと賢い子だから、たぶん俺みたいにすっかり家族も何も捨てる事は無いだろうけど。……でも、ぶっちゃけた話、東京の学校に行ったのは、家を出たかったからでしょう? 居辛かったんでしょう?」
ドキリとした。まさか話がこんなところに飛んでいくとは。それに、俺の真意が、見抜かれていたなんて夢にも思わなかった。
「……どうして」
分かったの、と言おうとして、声がすぼんだ。
ふぅ、っと隆光さんが少し笑いながら白い息を吐く。
「わかったさ、そのくらい。何となく、今の国由があの頃の自分と重なるんだ。もちろん、成り行きも状況も全然違うけれど。でも国由の気持ちは分かる気がするの。だから俺のこと無理に父親認定しなくてもいいよ。なんか小うるさいオッサンだと思って」
ニヤッと隆光さんが白い歯を見せて笑った。
「寒いな、お城作りも飽きたし、帰ろ」
そう言って隆光さんは、子供みたいに砂だらけの手のまま、俺のコートを掴んでニヤッと笑った。
- Re: 小説カイコ 【参照1万越えありがとうございます】 ( No.441 )
- 日時: 2014/05/06 01:44
- 名前: 王様 ◆qEUaErayeY (ID: QeRJ9Rzx)
あげ
- Re: 小説カイコ 【参照1万越えありがとうございます】 ( No.442 )
- 日時: 2014/05/19 00:10
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: OI3XxW7f)
- 参照: 王様さん支援あげありがとう!!
次の日、俺は茨城を後にした。
正月まで居なさいよと散々言われたが、学校の単位が危ないから冬休みも出席しなきゃならないんだ、とか何とか滅茶苦茶な嘘をついて誤魔化した。
昨日到着したばかりのさびれた駅で三人と別れ、電車に乗った後はぱったりと眠りこけてしまった。結局昨日は、朝まで隆光さんと散歩し通したから、全く寝てない。
駅で別れた時、隆光さんは何か言いたげな様だったが、ホームに電車が来ると何か諦めたように笑った。どうしようもないな、観念したよ、という風に。
ごめんね隆光さん。
でもおれ、やっぱりあなたとは家族になれない。
数時間眠りこけて、いつの間にやら東京に着いていた。
寝過ごしそうになって慌てて北千住でメトロに乗り換えて、それでやっと気が抜けた。
心底安心した。
埃臭い雨上がりの地下鉄が最高に懐かしい。
都会特有の車内に蔓延する余所余所しさと、不気味なほどマナーを守っている雰囲気が心地好い。
おかしな話だな、と自分でも思う。本来一番心が休まらなければならないはずの実家が、一番心休まらなかったのだから。リラックスの象徴とされるような、冬枯れた田舎の風景も全く安らがなかった。家は、ただただ居心地の悪い場所でしか無かった。
そして、こうやって逃げるように東京に帰って来てしまったのだから。
でもそれは、決して母さんや隆光さんのせいではないと思う。
いかに俺が前の親父に似ていようと、血の繋がりも全くなかろうと、それでもあの二人は愛してくれようとしたのだ。
その手を振り払ったのは、言うまでもなく、俺自身。
差し出された手を、握り返すだけの勇気が無かったのだからしょうがない。
せめて、あの二人を傷付けないようにするだけでも俺には精一杯だったのだ。それ以上の責任を、いったいどうやったら背負えるというのだろう。
「……無理だよな」
独り、呟いて。
湿気た言葉が宙に溶けた。
何となくスマホをコートから出すと、ラインの通知が光っていた。
部活のグループからだった。
小久保:“突然ですがー、明日ー、練習無いけど暇だから走る人挙手おねがいしまーす”
高橋:“はーい ノ”
張:“じゃあ非リアだけで走りに行こう。どうせお前ら暇だろ”
飯塚:“先輩それいいっすね!佐藤先輩だけハブでやりましょww”
佐藤:“えー、ひどいよー”
乙海:“あー、女子勢あしたスイパラなんで、降ります”
佐藤:“スイパラ!? いいなー”
張:“その発言がチャラい。失せろ”
小久保:“同感でーす”
佐藤:“えー(泣)”
自然と、笑ってしまう。本当に能天気で素晴らしい。
ラインの赤いトーク数の表示は、陸部のグループ以外にも付いていた。高橋からだった。
高橋:“鈴木、明日来る?それとももう茨城行っちゃってる?”
……もう行っちゃって、もう帰って来ちゃってるんだな、これが。
明日行くよ、それだけ返信してスマホを仕舞う。
さっきまで考えてたことが、嘘みたいに全部吹っ飛んだ。
なんだか、とても晴れ晴れとした気分だった。
(鈴木編 『たまには帰ってきなさいよ』 おわり)