コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ 【番外編完結しましたっ】 ( No.444 )
- 日時: 2014/06/15 22:17
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: T32pSlEP)
ぬらぬらと黒く光って現れたソレは、一鞘の剣だった。
銀白色に光って、結び付けられた翡翠の玉が美しい。
「おい、すげぇなぁ、なんだよこれ!」
矢々丸が馬鹿みたいに大騒ぎしている。
そんなことより、僕は背後の違和感に嫌悪を感じていた。
振り返るのも億劫。だってそこに“何か”が居るのは分かっていたから。
振り向いて、くださらないのね、
細々とした女の声が告げる。土我は無言で目を閉じる。代わりに応えたのは矢々丸だった。
「おぉぉ? こりゃ信じられネェ、別嬪さんよ、どこから来たんだい!?」
衣擦れの音がして、女が短く告げる。
「蛇姫と申します。いま、あなたの口から姉の名が聞こえましたので。つい、お話を聞きたくて、」
「姉?」
「誰よりも憎んでいるのです。わたしは、仕返しをしてやりたいのです。……それより、」
女の白魚のような華奢な手が、土我の右肩をやんわりと掴む。
「ヤマタは、振り向いて下さらないのですね」
「触らないでくれる?」
土我は低く答えた。
「許してくださるとは思っていません。でも、あなたは私から逃れられない。ずっと一緒」
夢見るように目を閉じて。
ふふふ、と優しく笑う。この上も無く優しい声なのに、この世のものとは思えないほど、冷たい響きを持っていた。
「……ああ、知っているさ」
何となく、こうなることはわかっていた気がした。きっと霊剣に、蛇姫の怨念が憑りついていたのだ。静かに、数百年の間、ずっと。
「でもさ蛇姫、」
ゆっくりと、振り返る。そこには、青い髪と金色の瞳をした、美しい女の顔。
「あんたも、俺から逃れられない。悪いけど、俺にはあんたを好きに操れる力がある」
蛇姫が、幸せそうに笑う。それはとても病的で、綺麗だった。
「お好きに。永遠に仕えて上げましょう」
ふっと、静かな風が吹いて、蛇姫の姿が消える。
彼女が立っていた場所は、自分の血と同じ色、ひっそりと黒く濡れていた。
「なんか、妙なもの見せちゃったね」
呆気に取られている矢々丸をちらりと見やる。こんなので驚くなんて。ますます見下げてしまう。
「それで、結論として君の悪ふざけに付き合う気はない。一人で暴れててくれ」
「つまらない奴、」
矢々丸は短く舌打ちすると、瞬く間に姿を消した。結局何の用だったのか、もう忘れてしまった。
見上げると、はらはらと、頭上から木の葉が舞い落ちてきている。
「あ、」
次の瞬間、風が吹くと、樹の葉があっという間に茶色に枯れ散る。大樹は恐ろしい速度で枯れてゆき、ついには大きな地響きとともに幹から崩れ落ちた。
きっと俺の血の所為だな、とぼんやりと思った。剣から、胸から滴っていた黒い血は、大樹の根を、白い煙を吐きながら腐らせていた。
虚しかった。
ずっと見上げ続けてきた樹を、まさか自分の血が殺してしまうなんて。
足元には、あの忌々しい剣が白い光を放ったまま横たわっている。
拾い上げると、見た目によらず、まるで重量が無かった。
剣の切っ先の方から口づけて、目を瞑って刀身を飲み込むと、まるで清流みたいに喉の奥へと吸い込まれていった。
目を開けると、大樹の回りの樹も枯れ始めていた。
じきにこの森は、死んでしまうだろう。
そして僕は森を去る。
ゆっくりと、踏みしめるように。
とうに枯れ果てた涙が、恋しかった。
出るはずもない涙が。
- Re: 小説カイコ ( No.445 )
- 日時: 2014/06/15 22:20
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: T32pSlEP)
○。。
無い心が、痛むことがあるのだろうか。
無感動なまま、無意味な時間を過ごしてきた。
つまらない灰色の世界は、それでも僕に馬鹿馬鹿しい寸劇を見せ続けるのだろう。
人が生まれて、死んで。
いったいそれに、なんの意味があるのだろう。
いつか死ねば、いつか死ぬのだから、生きていることは全くの無意味だ。
生きている間に成したことも、苦しんだことも、愛しい記憶も、死んでしまえば全て無だ。それなのに、どうして人は苦しみながら、それでも生きたいと願うのだろう。どうせほんの数十年の間しか持たない命を、なぜそんなに愛おしく想えるのだろう。
答えは単純だ。それはきっと死の価値に帰る。
死なない僕は、なんにせよ無気力だ。
けれど彼ら人間は、すぐ背後に控えている死があるから、命の短く儚い事を知っているから、生の輝きをこの上なく愛するのだろう。
かつて、不老不死を願った少女に出会った。
金髪と青い目の、異国の美しい魔女だった。
あなたは死ななくていいわね、と彼女は笑う。でも、それは違う。
死があるから、その対極の生が感じられるのだ。
死の無い僕には、生が分からない。だから、生きても死んでもいない。どうしようもない怪物として無感動に日々を過ごしてゆくしかない。
「それであなたは、寂しくないの? 心は痛まないの?」
数十年前の、彼女の問いが忘れられない。
無い心が、痛むはずなど無いだろう。
……無いはずなのに。
底の無い、まっくろな孤独だけは、怖くて、嫌だ。
……助けて。
たすけて、
たすけて、
たすけて、由雅。
- Re: 小説カイコ ( No.446 )
- 日時: 2014/06/15 22:41
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: T32pSlEP)
●
目の前で頭を垂れて、死んでいるかのように動かない土我さんに、躊躇いながらも声を掛ける。
「土我さん、あの、俺です。任史ですけど……」
ここ、マンホールの底からは、見上げると、丸く切り取られた空から、大きな満月が見える。そこからの月明かりが、スポットライトのように座り込んだ土我さんを照らしている。
土我さんの灰色の頭が、わずかに動く。
ゆっくりと頭があがり、陶器のような白い顔が見える。虚ろに見開かれた、薄い琥珀色の瞳と目が合った。
「起こしちゃってごめんなさい。えっと、迎えに来ました。ここは寒いでしょ」
土我さんはやつれた様に頭を振ると、無表情に目を逸らした。
「ぼく、どうしてここに」
「俺もよく分かんないんですけど、昨日、土我さんが道路で倒れてるのを見つけたんです。それで俺の部屋に来てもらってずっと寝てたんですけど。なんかさっき、土我さんそっくりの黒髪の人が強引に俺の家に上がって来て、それで、なんか俺の部屋に入ったら知らない女の人が二人で争ってて、えっとそれで……」
わかった、もういいよ、土我さんが右手を挙げて制した。
「ごめん、迷惑かけたね。ご家族は大丈夫だった、」
「大丈夫ですよ。それより、土我さんの方が……」
「僕はいいの。それに、もう僕と関わらないで欲しい。今まで、ありがとうね」
いつもより、ずっと疲れた声で土我さんが静かに告げて、ふらふらと立ち上がった。言っていることの真意が分からなくて、やつれた土我さんの顔を見上げる。
「けじめを、つけなくちゃ」
そう言うと、土我さんはふっと姿を消した。かわりに、一匹の白い蛾がひらひらと舞って、マンホールの出口を目指して上に消えて行った。
- Re: 小説カイコ ( No.447 )
- 日時: 2014/08/01 08:05
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ZoJzIaOM)
白い蛾は、冷えた大気を切って、どこかへ飛んで行ってしまった。
微かな鱗粉が、宙に浮いたまま、月明かりにきらきらと照らされている。
「待ってください!!」
急いで、上へと続く壁に取り付けられた梯子をよじ登った。寒くて、手がかじかんで、痛い。冷気と錆びた金属の臭い。もう少しで地上、というところで、にょっきりとにゃん太の顔が出てきた。上からこっちを覗き込んでいるらしい。猫らしく、その目は闇の中でも金色に光っている。
「任史、おかえり」
「ただいま……、ってそれどころじゃないんだ、土我さんが!」
「土我がなんじゃというんだ」
冷淡な、はっきりとした声が地下に響いた。見知ったはずの猫の顔が、ひどく冷たいものに見える。
「それがお前になんの関係がある? もう、放っておいてやれ。深入りしすぎだ。あいつだって、お前に迷惑はかけたくないんだ」
「でも! あのままじゃ土我さん、あんなに弱ってたのに、」
にゃん太の刺さるような目線が耐えられなくて、俺は俯いた。かじかんだ指先が、じんじんと、熱をもって脈打つ。寒い。
「……寒いか」
見上げると、にゃん太が細い髭をゆらして、目を細めている。
「うん」
「なぁ、任史。気持ちは分かる。でもな、その冷たさも、土我には感じられないんじゃよ。流れる血液の温かさも。これからも、ずっと。それがあいつの救いになるのじゃろうか」
諭すような優しい声に、胸が締め付けられそうだった。
「でも、このまま放って置くなんて、俺には、とても」
にゃん太が短くため息をついた。白い息が、ふわりと浮く。
「……それでいいんじゃよ。お前ははやく家に帰り。寒かろう」
そう言い残して、にゃん太は踵を返してしまった。白い尻尾が一瞬だけちらりと見えて、小さな爪音が遠ざかっていく。
「……まただ」
無力感に死にたくなる。
まただ。また、拓哉の時と同じ。
同情するだけで、俺には何もできない。何も救えない。
- Re: 小説カイコ ( No.448 )
- 日時: 2014/10/04 01:24
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
ここはあのマンホールからずっと離れた場所。
荒涼とした荒れ地に、一人、男が夜空を見上げて佇んでいる。
シン、
もしも空気が口をきいたのなら、今は、きっとそんな音がするだろう。
それくらい、ここでの空気は澄んで、冷え切っていた。冴え冴えと天を突く漆黒が目新しい。かすかに感じられる風は、少しばかり湿気を含んでいて、きっともうすぐに雪が降るだろう。
土我は、一人、立っていた。誰もいない夜の下。
もうすぐ現われるであろう、自分をこうしてずっと待っている。
「……来たかな」
彼方を仰ぐと、黒々とした夜空に一つ、輝くように白い蛾が羽ばたいていた。蛾は、やがて頭上までやって来ると、ゆっくりと二、三回大きく周り、ふいに姿を消した。
視線を地上に戻すと、目の前には一人の男。灰色の髪をした自分が、静かな表情で立っている。
「……やぁ」
低く呟くと、“ジブン”はスッと目を細めた。薄い色の瞳が、軽蔑を浮かべて光っている。
「そんな目をしないでくれよ。遊黒はここにはいないよ。だいじょうぶ、ここには土我しかいない」
「……土我は俺だ。お前はニセモノだ」
灰色の髪をした“ジブン”はいつの間にか持っていたのか、一振りの太刀を薙ぎ払った。暗闇の中で、白い刀身が冷やかに光っている。空気を切り裂く鈍い音が耳音で鳴ったかと思うと、瞬間、どさりと重い音がして、自分の右腕は地に落ちていた。
否、灰色の土我の右手も、刀を握ったままその体から離れていた。二つのそれぞれが、赤い血に、黒い血に染まっている。
驚きに目を開く灰色の自分を見ながら、黒い髪をした土我は静かに告げる。
「無駄さ、言ったろう、俺はお前だ。お前は俺だ。実はね、俺もついさっき気付いたんだ。いくらお前が俺を認めなくとも、いくら俺がお前を殺そうとしても、全て無駄なことだ。俺らは同じ“土我”なんだ。片方だけ生きることも、片方だけ死ぬこともできない」
「……」
灰色の自分は喋らない。琥珀色の瞳を、次第に金色に爛々と光らせて、鋭い憎悪を放ってくる。
「お前にとって、俺を意識し始めたのはつい最近のことだから、お前が俺をニセモノ呼ばわりするのも仕方がないことだろう。でもね、俺はこの千年間ずっとお前を見てきた。お前は土我は鬼の子だ人外だと千年間思い込んできたようだけど、果して本当にそうだったかな? 初めての殺人の時、その心は痛まなかったか? 友が病に侵されていくその姿を、見捨てることのできなかったのはどこの誰だったのだ? ……何よりも、千年前のあの日、人に愛されたいと心の底から願っただろう? ……ほら、土我はこんなにも人間だったんだ。真に鬼の子ならばその心は痛まない、否、痛むだけの心さえも無かったはずなのだから。思い出してごらんよ、お前が外道に堕ちたのも、由雅を愛し、愛されたかったためだったろう。俺はそんなお前の、千年経っても残っていた僅かな人間性だったのさ。ところが、人の心とは千年も持たないらしいな、ここ数日で、御覧の通り、完全に二つに分かれてしまった。俺は人間としての土我に、お前は鬼子としての土我に。ちょうど俺らの見た目が示しているように。いいかい、よくごらん、俺の目と髪を。お前がかつて死ぬほど欲しがって、ついぞ手に入らなかった普通の人間の目と髪の色だ。これさえあれば、何もお前は鬼子として人々から蔑まれることも無かったし、それこそ普通の人間としてその生涯をまっとうしていただろう。俺はお前の夢だった。そして、千年経った今、こうして皮肉な形で実体を得たというわけさ」
「……それでは、」
灰色の土我は皮肉な笑いを漏らした。
「俺はこのまま永遠に鬼だという訳だな。まさか元には戻れまい」
言いながら、灰色の土我は無惨にも切り取られた自分の腕をもう片方の腕で拾い上げた。面倒くさそうにそれを右肩の切り口に当てると、ぴたりと肉片はくっついて、元通りになった。
「人間のお前にはこういう芸当はできなかろう。確かに、俺がお前を切れば、俺の身体も等しく切れるかもしれない。元が同じものらしいからな。でも、鬼は人と違う。痛みも無ければ、死ぬこともない。ちょうどお前の腕は永遠に戻らないが、俺のはこう簡単に戻るように。本当は、痛くて痛くて、そうして立っているだけでも限界なんだろう?苦痛が顔に出てるぜ」
灰色の土我はせせらわらって言った。全てに諦めがつけば、こうも簡単になるものなのか。可笑しくて可笑しくて、不自然に顔が引き攣ってしまう。
人間の土我は、苦痛に眉をひそめた。その通りだったのだ。痛くて痛くて、目の前がくらくらしていた。言い当てられて、何か体を支えていた力が抜け落ちて、そのままがっくりと膝が落ちる。
言葉も出ない。ひざまずいた姿勢のまま見上げると、そこには金色の目をした鬼が、不自然な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
鬼は、白い刀を持ち直すと、その切っ先を迷いなく人間の喉へ突き付けた。白い刃と白い喉が、冬空の下、震えている。
「このまま永遠に人に戻れぬというのなら、もう人間性なぞ要らぬ。いっそ落ちる地獄ならば、誰よりも深く落ちてやろう」
黒髪の土我は、何故だかひどく悲しい気持ちで彼を見た。
彼だった自分。自分だった彼。二人はこんなにも、別れてしまった。
ここで俺が殺されれば、“土我”は永遠にヒトでは無くなる。
ヒトでなくなるということは、永遠に死ぬことが無くなるということ。
それはなんて深い孤独だろう。
もうすぐ消される自分には、想像しか出来ないけれど、彼の不幸を考えると、どうしようもなく悲しくなった。
人になりたかった彼。人になれなかった彼。そして彼の夢の具現であった自分。その自分をもうすぐ殺してしまう彼。どうして天は、こうもひどいことをするのだろう?
「……死ね」
低く、鬼が呟く。
ずぶり、と音がして白刃が深々と喉に突き刺さった。
全身に痛みが突き抜ける。ああ、これが土我が千年ぶりに、そして最後に感じる痛み。ヒトとして生きていた証。
次の瞬間、素早く刃が喉から引き抜かれ、真っ赤な血潮が吹き上げた。
暗くなってゆく視界の中で、月光を背した黒い人影と、陰った顔の中でただ光る金色の目が、ひどく印象的だった。
夢見るように目を閉じて、“ヒト”はゆっくりと眠りに落ちる。
蒙昧としてゆく意識さえも名残惜しい。
目覚めることは、二度とない。
かつて人を愛し、愛された、いとしい記憶も、このまま消える。
……それは、なんて、救いだろう。
さようなら、世界。
だいきらいだった、せかい。
さようなら。
- Re: 小説カイコ ( No.449 )
- 日時: 2014/12/26 02:11
- 名前: 王様 ◆qEUaErayeY (ID: Yp4ltYEW)
来年で小説カイコ何年目だろう?
- Re: 小説カイコ【完結】 ( No.450 )
- 日時: 2015/03/14 19:28
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
>王様さん
今年で四年目ですね(笑)
いやー、のんびり書きすぎたぜ。。。
- Re: 小説カイコ【完結】 ( No.451 )
- 日時: 2015/03/14 19:35
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
ちらほらと、雪が舞い始めた。
漆黒の夜空から、儚い雪が降る。
土我はだんだん冷たくなってゆく“ジブン”をぼんやりと見つめたまま立ち尽くしていた。
流々と流れていく暖かな血液。雪。夜風。月光。
月光に照らされた自分の影が、まっくろだ。
「消えてしまった……」
ふいに背後から、震えた声が聞こえた。振り返ると、蛇姫がほっそりとした両手で口を覆って泣いていた。
「もういない……」
「ああ、消えたな」
この女は、何を泣いているのだろう。
「どうした?何故泣いている、俺はここにいるぞ」
「違う!!!」
叫んで、土我に掴みかかる。
「違う違う!!! やっと分かった、わたしのヤマタはあなたじゃない、わたしが愛したのはあなたじゃない!!!どうして殺したの、ねぇどうして殺したの!!!ねぇ、答えてよ!!!!!」
駆け寄って死体を抱き上げた。意思の無い体はぐったりとしている。
「ヤマタ、あなたがこうやって死ぬの、何度も見てきたのよ、ねぇ、何度見せれば気が済むの、わたしの想いはどうなるの、……気の遠くなるほど長いあいだ、鬼になったあなたを見てきたわ。ずっとそばで見てきたわ。でも知ってたわ、ずっとわたしのヤマタは鬼の中に生きていた。わたしの優しいヤマタは」
黄金色の両眼から、大粒の涙があふれる。
「なんですぐに気が付かなかったんだろう。わたしのヤマタはこっちだった。私が守るべき人は、こっちだったのに」
振り向いて、土我を睨みつける。
「あんたじゃなかったのよ!!!」
叫びながら死体の喉ぶえに突き刺さった刃を抜いて、土我の方に振りかざす。
造作も無かった。白銀の刃はあっさりと鬼の胸へと突き刺さる。
◇
「……え?」
蛇姫は驚いた。刃は、鬼へと突き刺さり、そして宙に浮いた。
土我は一瞬、驚いた。驚いて、その表情を残す間も無く、消えてしまった。降りしきる雪の中で。
「死んだの…?」
驚いた。もう死ぬことなどないと思っていた鬼が。あの一撃だけで、こんなにもあっさりと消えてしまうなんて。
ヤマタを永遠に失った悲しみも忘れて、ただただ茫然とした。
「そのようですね、」
気が付けば、姉の姿。不吉な黒染めの着物が雪の上に美しい。遊黒は愉快そうにふと笑った。綺麗な雪が舞っている。
「姉上…」
「あの鬼もさぞ驚いたことでしょうね。剣は神をも殺す。彼自身もかの剣の一部でしたが、自分自身の力で死んでしまったようですね。蘇えることはありますまい」
唖然として、鬼が消えた雪の上を見た。そこには、鬼のかわりに薄桃色のサンゴ玉が、一握りほど落ちていた。
「これは……」
「珊瑚ですね、千年前あの若者が恋した女の髪にささっていたものですよ」
遊黒が蛇姫の髪をなでた。殺し合いをした姉妹二人の影が、優しく月光につつまれる。
薄桃いろのサンゴ玉。
千年経っても消えなかった想い。
千年経っても叶わなかったわたしの想い。
こんな理不尽なことって、あるだろうか。こんな辛いことって、あるだろうか。
降りしきる雪が、景色を、視界を、真っ白に消してゆく。彼とすごした思い出も、きっとすべて。
「我が恋の、叶わぬことよ……」
「蛇姫や、」
優しい夜風が吹いている。こうして妹と話をするのはいつぶりだろう。
「わたしはあなたがうらやましい。あなたがしたように私は誰かを深く想わなんだ」
ゆっくりと瞳をとじる。震える妹を抱きしめる。碧い髪が哀しみに濡れていた。
「帰りましょう、わたしたちの世界へ」
雪原の上、孤独な姉妹は抱き合った。
- Re: 小説カイコ【完結】 ( No.452 )
- 日時: 2015/03/15 17:51
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: lQjP23yG)
◇
「おい、高橋、マジでいいんじゃんお前の地元!」
春。
ついに春になってしまった。短い春休みである。俺こと高橋は鈴木を連れていま、地元を散策をしている。
きっかけは奴が 暇だ、どっか行こう、とか突然朝電話をかけてきて、ほんとに金欠だった俺は早朝起こされた不機嫌も重なって、だったら俺んちまで来いや暇人!と罵ってしまったことからはじまる。そして結果的に奴は本当に最寄りの駅までやって来た。
……どんだけ暇なんだよ。
しかしこんなド田舎で遊ぶところがあるわけがないので、俺たちは適当に林の中を歩くことにした。
こんもりとした小さな森のてっぺんまで登ると、山桜がちょうど咲き始めたころだった。名前はわからないけれど、色とりどりの小さな花もたくさん咲いている。穏やかな春の日差しが、木々の間から漏れて、明るかった。鳥もたくさん鳴いている。ウグイスは成鳥になったばかりなのだろうか、割と下手くそにホーホケキョ、と鳴いていた。
「あのウグイス鳴くの下手だね」
「メスからもてないんだろうなぁ。きっとああいう奴が人間でいうと高橋なんだろうな。もてねーの」
「うっさい」
そんなどうでもいい会話をしながらしばらくぼんやりと景色を眺めた。ほんとに平和意外の何物でも無くって、大袈裟だけれど、まるで天国みたいだな、と思った。ここからだと山の中を走るJR線が見下ろせて、ガタンゴトン…とか言いながら五両編成の電車が過ぎ去ってゆく。
「お、あれ何だ?」
鈴木が何かを見つけたらしい。見ると、向こうの方に何かピンク色っぽいものが陽の光を受けてキラキラと光っている。
近づいて見ると、小さな丸い石だった。一握りくらいある。淡いピンク色で、さわってみるとひやりと冷たい。
「あ、これ……!」
思い当ってジャンパーのポケットをまさぐる。あった。前に山形で土我さんからもらった、ピンク色の石。いつか土我さんにまた会った時に返そうと思って、ずっと持ち歩いていたのだ。
「同じやつじゃん。何なの、これ」
「土我さんからもらったんだ。でもなんでこんなところに」
ふわりと、あたたかな風が吹く。山桜の淡い花びらが、風に乗って舞い上がった。
あの雪の日に突然いなくなってしまった土我さん。もしかしたら、本当にいなくなってしまったのかもしれない。この世界から、本当に。
確かな直感が、そう告げていた。
「ふーん、でもさ」
鈴木が興味深げに頷く。
「なんか、もういんじゃん?きっとお前にバイバイって言いたくてこんなことしたんじゃね?わからんけど。なんかそんな気がするよ俺」
「そうかもね…」
さようなら、と小さく呟いた。呟いて、持っていた石もその珊瑚玉たちの中に置いた。
きっともう二度と会えないのだろう。こんな別れ方は寂しいけれど、たぶんこれが一番良いのだろう。
さようなら、さようなら。なんどもそう呟いた。珊瑚玉と山桜が、淡く輝いていた。
——さようなら。
春の日差しからそんな声がしたような気がした。
■昨日の消しゴム編、完■