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Re: 小説カイコ ( No.77 )
日時: 2012/05/09 21:53
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: N.hBywMC)

ピロリリリリリリリリ ピロリリリリリリリリリリリリ



「あ、」
我ながら猛烈にバッドタイミング。いや、ナイスタイミングと言うべきなのか。
携帯電話のコール音が、静かな空間にけたたましく鳴り響いた。俺のポケットから。普段滅多に電話なんて掛かってこないのに。

さすがの悪時木も驚いたのか、首を絞めていた腕をほどき唖然とした顔でこちらを振り返ってきた。その瞬間、凍ったように動かなかった身体の節々が急に自由になる。……どうやら弾みで悪時木の金縛りが解けたらしい。

「本当に邪魔な奴……今度こそぶっ殺す。」
鈴木が俺に向かって、弾けるように飛びかかってきた。何か獰猛な獣を連想させる素速さだった。

「うっわ、」
とっさに足元に散らばっている空き缶の山を蹴り上げた。カランカラン、と乾いた音が予想外に大きい。俺も鈴木も思わず一歩退いてしまった。

『金縛りの暗示にかかるなよ、私もできるだけ手伝う。逆に暗示を掛け返してやるんだ、お前ならいけるはずだから!』

その根拠はどこから来るんだ、と思いつつ、怯んだ鈴木の虚をついて胸ぐらに掴みかかった。押し倒すようにして居間の壁に押し付ける。ダン、と大きい音と連動して、ボロアパートの各所で柱の軋む音がした。

瞬間、強烈な頭痛と目眩。
まるで意識を焼き切られるような、光と熱が脳裏に霞む。たぶん、これが暗示というものなのだろう。
しかし負けずに踏ん張った。もう金縛りにはかかるまい。

「高橋、アンタなんのつもりだ、邪魔ばっかり邪魔ばっかり邪魔ばっかり!アンタに関係ないことでしょ!?」
悪時木がヒステリックな声で俺を睨む。睨んだとたんに、再び殴られたような痛みが頭によぎる。

「関係大アリだ!お前は鈴木を人殺しにしてもいいのかよ!」
「アンタなんかに、あたしたち姉弟が分かる訳がないだろ!? この男さえ居なければあたしも国由もこんな思いをせずに済んだんだ!」
「でも、お前と鈴木はその男が居なければこの世に居なかったんだろ!」
「うるさい!」瞳を赤く燃やしながら悪時木が叫んだ。
「父親を殺して、弟を汚して、自分からお前は自分を悪霊へと追い込もうとしてるんだよ、頭冷やせ正気になれよ!」

頭痛はだんだんとひどくなってきている。どうやら悪時木は本気で俺に暗示をかけ続けているらしい。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。私は十二分に正気だよ。このまま死ぬこともできず、生きることもできずにこの男に対する恨みを抱えてこの世の終わりまで彷徨えっていうの?だったら、この手で殺してしまった方が楽じゃない、恨む相手が死人なら楽じゃない!」「殺して、私と同じようにしてやるのよ!!」悪時木は俺に、噛みつくようにそう叫んだ。
「だから、頭冷やせよ、親なら絶対に恨めない思い出があるはずだから!俺の中にいる時木と混じれば記憶は全て元に戻るはずだから!」
頭痛は、もう痛みを超えて耐えがたい熱となって意識を蝕んでいく。

「時木、どうにかしろっ……!」


頭痛と暗示を跳ね返すように、俺は鈴木の中に居る悪時木に暗示をかけ返した。
出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出てこい、出てこい……こちらが強く暗示をかけると、頭痛もそれに比例して強くなっていく。立っているのも限界だ。視界がどんどんぼやけて、世界が薄らいでいく。
それでも力の限り正気を保った。頭が今にもぱっくりと割れてしまいそうなのを我慢して暗示をかけ続けていると、突然、鈴木の貌が苦痛に歪んだ。
鈴木の強張っていた体から徐々に力が抜けていき、そのまま手を放すと鈴木は壁に背をもたれたまま、ずるずるとその場にへたり込んでいった。

こちらも、焼けるような頭痛で、意識が朦朧としてきた。
耐えられなくなって、鈴木の横に座り込むと貧血の時のように目の前が真っ暗になった。何が何だか分からなくなって、急に眠くなる。






……時木がいない。
 
心の中で時木をいくら呼んでも応じる声が聞こえない。どうやら、時木はいつの間にか俺の中から抜け出して行ったらしい。








それを最後に、俺の意識はしばらく途絶えた。