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Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(2) ( No.115 )
日時: 2011/09/23 13:24
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
参照: 流れが微妙なので修正するかも


「E・Cを抜けるぅ!?」

 迅の裏返った声が、しんと静まり返った闇夜に響き渡った。



 影晴の屋敷がある泗水駅の隣町——“幸田”に、月下白狼の集う公園がある。特別大きくはない、よくある一般的な公園だ。点々と置いてあるブランコに砂場、そして滑り台。それらを、いや、それらで遊ぶ子供たちを見守るように周囲を囲む青く茂った木々。今は影が落ちて黒くたたずんでいる木々は、まるで眠っているかのようにわずかな音すら立てていない。風のない証拠だ。
 月下白狼の4人はいつも通り、その公園のブランコを占領している。子供のいないこの時間帯、少しくらい独占したって困る者は誰もいないだろう。都会の近くではあるがまだまだ住宅街にとどまっているこの辺りは、たまに会社帰りのサラリーマンが通るだけで無駄な喧騒は見当たらない。

 そんな静かな場所で、それぞれ思い思いの位置に落ち着き静かにリーダーの話を聞く中、突然大声を上げたのはメンバーの1人の迅だった。園香の見ている先であんぐりと口を開けている彼は、やはりいつも通り寝癖なのか意図的にそうしているのか判別のつかないバサバサの頭をしている。さっきまで軽くこいでいたブランコから勢いで腰を上げ、向かい合っている扇と園香を穴が開くほど凝視していた。ごつい指輪がいくつもはめられた左手は力強くブランコの鎖を握っている。
 園香は柵に腰かけたまま黙って視線を春妃に移した。どこか緊張感に欠けていることの多い彼は、今も例外なく目を瞬きぽかんと小さく口を開けていた。しかし園香は今までの付き合いからとっくに悟っている。春妃は普段確かにぼんやりとしていて頼りなく見えるけれど、いざとなれば芯の通った強い一面も見せるということを。そしてなかなかに察しの早い子だということも。
 濃く口元に笑みを刻んで、園香は迅に目を戻す。状況説明が大変なのは彼の方だ。ちらりと横目で隣を見ると、同じく柵に腰かけた扇が断固とした表情で迅を見ていた。堂々と腕まで組んでいて、やはりこの人の考えはそうそう揺るぎそうにないなと園香は内心嘆息する。口元に笑みを浮かべたまま。

 少し続いた沈黙を破ったのは、迅でも扇でもなく、普段通りの柔らかい表情を取り戻した春妃だった。

「影晴のことで何か大変なことでもわかったのー?」

 リスのようにくりっとした目でこちらを見てくる。彼は名前に負けず劣らず女の子のような相貌なのだ。流行を気にしないポロシャツにジーパンという格好も、彼がすると中学生のようでなぜか可愛らしく見えてしまう。実際はもう迅と同じ高校2年だというのに。

 弟を見守るような思いで春妃を見つめていた園香は、再び横目で扇を見る。この間扇は園香と2人きりのときに、影晴に言われたことを包み隠さず話してくれた。“仲間には話すな”という忠告があったことも含めて。

 お腹にまわした左腕に右のひじを乗せ、頬杖をつくようにして考え込む園香。少し垂れた、しかし強い意志を灯した目が、自然と伏せられていく。大小様々な形の石ころを見つめ、園香はきゅっと眉根を寄せた。

 ——……やっぱりあんまり簡単に話してしまうのは危険だわ

 “仲間には話すな”。影晴のその言葉が、園香の頭の中で反芻していた。

 か細く息を吸い込んで、隣にいる扇の顔を見上げる。そして何も言わず彼の手に自分の手を重ねると、彼は何かを悟ったのか真剣な面持ちのまま力強くうなずいてくれた。不安に顔を曇らせたままの園香の横で、扇は柵から腰を上げる。彼の静然とした瞳が、迅と春妃の目を順にとらえた。

「影晴にこれ以上従うことはできない——そう思い切れるきっかけがあったのは確かだ」

 扇の声に力がこもる。少し悩むように間をおいて、扇は申し訳なさそうに首を振った。

「でも今ここでそれを話すことはできない。影晴に口止めされていることなんだ」

 そこで突然。迅が、不満を爆発させた。

「なんでだよッ。口止めされてるったって、どっちにしろE・C抜けるんだろ!? 今さらなんで影晴なんかの言うこと聞くんだよ!」
「念のためだ。はっきり言って影晴は何を隠しているか全くわからない。E・Cを抜けるのだって、おそらくそうすんなりとはいかせてくれない。それくらい警戒した方がいい相手なんだ! もしE・C脱退が成功して影晴の手から完全に離れることができたら、その時はもちろん喜んで全部話——」
「でもどうせお園は全部知ってんだろ!? オレ様達が知らされてないこともどーせみんな知ってんだ。つーか警戒しなきゃいけねーって言ってる癖にE・C抜けるとか、言ってること意味わかんね——」
「迅!!」

 唾をも飛ばす勢いでリーダーに食ってかかる迅を、園香と春妃の叱咤の声が遮った。元々目つきが悪いといわれるつり目をさらに尖らせ、迅は扇を、リーダーを睨みつけている。それを園香は信じられない思いで見つめていた。肩で荒く息をし、それもおさまらないうちに、迅はふてくされた声で言った。

「脱退でもなんでも、勝手にしろ……ッ」

 衝撃とともに大きく息を吸い込む。園香はそのまま息をとめ、見開いた目で迅を凝視していた。隣にいる扇が対処に困っているのが気配でわかる。そうこうしているうちにやがて迅はくるりとこちらに背を向け、そのままやけくそな勢いでその場を走り去っていった。

「迅……っ」

 園香が思わず一歩踏み出すと同時に、春妃も慌ててブランコを飛び降り迅の後を追う。が、数メートル走ったところで彼は急ブレーキをかけ、弾かれたようにこちらを振り返った。栗色のショートカットの髪が、わずかに乱れる。見張られたまん丸の瞳。寄せられた眉から、苦渋の思いが見て取れた。

「ハル……」

 踏み出した体勢のまま、園香は声を絞り出す。足が縫い付けられてしまったかのように動かない。その間にも、迅の背中は見る見るうちに小さくなっていく。春妃の瞳から、一瞬にして迷いが消えた。
 体が、動かない。闇に溶けていく2人の後ろ姿を、園香はなぜだか不安にかられながら見つめていた。



 不意に、扇が勢いよく後ろを振り返った。つられて後ろを見た園香の瞳に、逃げるように遠ざかっていく黒い人影が一瞬だけ映っていた。長身の、ポニーテール。そして園香の見間違いでなければ、その人物は何かに乗って、宙を飛んでいた。ささやかな風が、園香の前髪をなびかせる。

「今のは……」

 扇の、不審感に満ちた低い声。園香は汗のにじむこぶしを胸にあて、人影が去っていった方向を、ついで迅と春妃が行ってしまった方向を、睨むように見続けていた。