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Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(5) ( No.135 )
日時: 2011/10/06 20:44
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)


 具に塩・コショウをふり、炊いたご飯を投入しようとする水希を見て、恵玲はふとやるべきことに思いあたった。卵をといておかなければならない。慌てて冷蔵庫を開け卵を取り出した恵玲は、そこでリビングのドアが開く音を耳にし、弾かれたように入口を振り返った。視線の先には、艶やかな長い銀髪をもった、小柄な少年の姿が。

「ウィルくん! おかえりぃっ」
「ただいま」

 目を輝かせる恵玲を見て、ウィルはにっこりと笑いかけてくる。それを見てさらに熱っぽく目を潤ませる恵玲。開けっぱなしの冷蔵庫なんてもちろん眼中にない。
 そんな恵玲に照れ混じりの苦笑を漏らして、ウィルはどさりと買い物袋をテーブルに置いた。同時に小さく息をつくウィル。野菜がたくさん詰まっているだけあって、華奢な彼にはかなり重かったのだろう。そこで慌てて恵玲が冷蔵庫の扉を閉じるのと同時に、水希が首をかしげながら尋ねた。

「一応4人分作っちゃってるけど、白波兄ちゃんってこれそうかな?」

 「あ」と小さく声を漏らすウィル。恵玲と水希は同時に彼へと目を向けた。

「ごめん言い忘れてた。さっき白波から来れないってメール来てたんだ」
「えぇ〜っ!? そんなぁ」

 瞬間恵玲はどっと落ち込んで、未練たっぷりな声を上げてしまった。こういうことはよくあるのに、どうしても毎回期待してしまうのだ。“家族”を感じる瞬間は、プチ会議のときでも任務のときでもなく、やはり家に帰って来た時の「おかえり」の声や、共に食卓を囲む時だったから。少なくとも恵玲達にとっては、白波だって“家族”の一員だったから。
 ウィルが気落ちした表情で野菜を袋から取り出しながら、ため息交じりに呟いた。

「白波の事情だから仕方ないけど、どうせならやっぱり皆そろって食べたいな……」
「白波兄ちゃんの好物作ったら来るかな?」

 冗談か本気かわからない声音で水希が言った。一瞬目を丸くした恵玲ら2人は、直後同時に吹き出して明るい笑い声を上げている。卵をまさに割ろうとしていた恵玲は、手に力が入らなくて笑い混じりに文句を言っていた。

「ぼく白波の好物ってワインしか浮かばないや」
「あたしもぉ。ていうか白波くんっていつからワイン飲んでるの〜?」
「たしかに。とりあえず、ぼくが白波と初めて会った頃にはもう飲んでたよ」

 ウィルは笑い交じりにさらっとそんなことを言ってのけたが、恵玲達にとってはなかなかに衝撃的な内容だった。なにせ、ウィルがこの闇組織に加入したのは8歳の頃なのだ。しかもその頃にはもう白波はいたと聞いている。だとすると、ウィルと白波は2歳差だから、少なくとも白波は6歳の頃にはワインを飲んでいた、ということだ。そんなことをざっと頭の中で計算して、恵玲はぽかんと口を開けてしまった。高校生の恵玲だってまだなめたことすらないというのに。ウィルなんか細い腕を組んで、「今だってまだ中学生なのになぁ」と呟いている。完全に作業する手は止まっていた。恵玲だって人のことは言えないが。

 ワインってどういう味がするんだろう、と卵を握ったままの状態で想像しようとした恵玲は、ふとそこであることを思い出した。相変わらず作業が進まないまま、テーブルに手をついて身を乗り出しながら唐突に話を切り出した。

「そうだ! あのね、あたし次の日曜日下橋のバーベキューに誘われたから、ご飯一緒に食べれないの。忘れないうちに言っておくね!」
「え?」

 ウィルと水希のいぶかしげな声が見事に重なる。話題が変わるのが突然だった上に、あの“下橋”の名前が出てきたのだ。彼らの反応も仕方のないことだろう。見ると2人とも、驚きの顔でこちらを見ていた。

 昨日の夜のことだ。亜弓から突然、『日曜日にやる下橋のバーベキュー一緒に行きませんか!?』とメールが来たのである。一瞬画面を凝視してしまった恵玲はしかし、何の迷いもなくその誘いを受けることにした。親友が下橋に顔を出していることはもちろん知っている。一方、恵玲自身はまだ一度も下橋に足を踏み入れたことがなかった。それだけに正直とても魅力的な話だったのだ。風也と知り合えたことに加え、亜弓から下橋の詳しい話を聞かせてもらったこともあり、恵玲の下橋に対する偏見は大幅に薄れている。むしろいつか亜弓についていこうと思っていたくらいだ。そんな恵玲が、この誘いを快諾しないわけがなかった。

「下橋って……そっか、金髪くんのいるところだもんね」

 そう独り言のように呟くウィルは、何か下橋に苦い思い出でもあるのか空笑いでも漏れてきそうな表情をしている。そんなウィルと恵玲の顔を交互に見ながら、水希がやや不安そうに首をかしげた。

「大丈夫なの……? 下橋ってところ」
「うんっ。大丈夫、亜弓が行けるくらいだもん! 風也くんとも普段は殴り合いのケンカなんてしないし、万が一他の不良にからまれても返り討ちにしちゃうよ!」

 恵玲が自信に満ちた声でそう言い切ると、2人は妙に納得したようだった。特に最後の部分に。
 するとそこで、すっかり安心した様子のウィルが、陰りのない笑顔を浮かべて冗談っぽく言った。

「それじゃあその日は、みぃちゃんと2人でディナーでも行こうかな」
「えぇ!?」

 ウィルの台詞を聞いた途端、今にも泣きそうな声を上げる恵玲。それを見たウィルと水希が、くすくすと耳に心地よい笑い声を漏らしていた。