コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(7) ( No.146 )
- 日時: 2011/11/29 20:22
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
- 参照: 2ページです
喧騒が遠のいていく。夜ゑはバーベキュー会場から離れると、携帯の画面に視線を戻した。着信を知らせるバイブ音は先程からずっと鳴り続けている。画面に表示されているのは、中学で仲良くなった友人の名前。うれしい反面わずかな胸騒ぎも感じつつ、夜ゑはホットピンクの携帯を耳にあてた。
『……夜ゑ?』
すぐに電話口から声が聞こえる。友人らしくない、妙に凪いだ声だった。軽く違和感を覚えて夜ゑはその場に立ち止まり、一度、二度と瞬きをする。するとなぜか自然と、苦笑に似た笑みがこぼれた。夜ゑがいるのは、薄汚れた建物が左右に並ぶだけの何もない道だ。まるでこの空間に、夜ゑ自身と、電話の相手の2人しか存在していないような、そんな不思議な感覚が夜ゑを包んだ。口を開くと、あちらに影響され夜ゑまで穏やかな声音になっていた。
「電話するの久しぶりだね、園香。ちょっとびっくりしちゃった」
『うん。あんまりしたことないものね。……今時間大丈夫?』
電話の相手——安藤園香にそう聞かれ、夜ゑはにっこり笑って大きくうなずく。口には出さなかったが、あちらがほっと胸をなでおろすような空気を電話口で感じた。
園香は同じ中学校に通っていた同級生だ。ある日、絶対人には言えない共通の秘密をもっていることが発覚し、それから一気に距離が縮まった。今でもそう、2人だけの秘密だ。それこそ夜ゑが、有衣や伸次にさえ言っていないことを、園香だけは知っている。残念ながら高校以降学校は離れてしまったが、大学1年生になった今でもたまに会ったり、メールで連絡を取り合ったりしている仲だ。園香は夜ゑにとって、中学で最も多くの時間を共に過ごした友人のうちの1人だ。本当はもう1人園香と共に仲良くしていた友人がいるのだが、その子とは今連絡が途絶えてしまっている。
夜ゑは近くの建物の壁にもたれかかり、携帯を握り直した。わずかに顔を伏せると、肩のラインで切りそろえたつやのある黒髪が、流れるように両の頬を隠した。
「どうかしたの? なんか元気ないように聞こえるけど」
あちらが話しだす前にそう尋ねると、肯定とも否定ともつかないあいまいな答えが返ってくる。夜ゑの顔が自然と引き締まった。やはり様子がおかしい。いつもの彼女なら、もっとキツいくらいにはっきりした返事を返してくるはずだ。何か悩みがあるにしても、きっとそれを強気な口調で言ってくるはずだ。わずかないらつきや、挑戦的な色も込めて。
固く唇を結んで、園香が話しだすのを待ってみる。しばらくして彼女が話しだそうとするのを空気で感じ、夜ゑはもう一度携帯を握り直した。
『月下の子と……喧嘩しちゃった』
夜ゑの瞳がいっそう真剣みを帯びる。ふと目を上げ空に視線を投げると、夜ゑはそのままもたれていた壁を伝うようにその場にしゃがみこんだ。左右に鋭い視線を投げて、人がいないことを確認する。それでも用心深く声の音量を抑え、眉を下げて言った。
「いつもより大変な喧嘩しちゃったんだね」
目には見えないが、園香がうなずくのが電話口でもわかる。夜ゑはもう一度人気がないのを確認して、しゃがんだまま地面に視線を落とした。
夜ゑと園香が共有する秘密——……。それがまさにE・Cのことだった。E・Cの話は無関係な人には絶対に話してはいけない。でも、園香は夜ゑにならこっそりとその話をすることができたのだ。夜ゑは組織のメンバーではもちろんなかったが、組織と完全に無関係な存在ではなかったから。
夜ゑは彼女から色々な話を聞いていた。園香はチームのリーダー篠原扇のことが好きだということ、そして今付き合っていること。月下には他に年下のメンバーが2人いて、そのうちの1人神崎迅は、もう高校生なのにものすごく“ガキ”で、よく意見がぶつかって喧嘩になっていること。喧嘩と言っても園香の方からすれば、ただ彼のことをいじっているにすぎないこと。もう1人の富永春妃は、園香の目から見ても好印象な子で、緊張感が足りないように見えていざという時は頼りになるいい子だということ。そしてもちろん、月下の皆がどんな能力をもっているのかということも。園香が、“浮遊”の能力をもっているということも。いつだったか、写真で皆の顔を見せてくれたこともあった。
そんな諸々の事情を知っているからこそ、園香の言う喧嘩の大まかな状況も予想できた。“月下の子”と言っている時点で、少なくとも喧嘩の相手は付き合っている年上の男性ではない。
夜ゑは、月下の残る二人の性格と名前を思い返し、首を傾げながら尋ねてみた。
「喧嘩しちゃった相手って、よくちっちゃい喧嘩してる迅くんって子?」
するとすぐに反応が返ってくる。
『そう。月下の今後のことで意見が食い違っちゃって、迅ったらキレてどこかに行っちゃったのよ。ハルも追いかけて行っちゃうし。……ていうかね!』
園香の声に徐々に力がこもる。夜ゑはそれを口元をゆるめ、相槌を打ちながら聞いていた。
『すごく重要な話だったのよ? 下手に話すと夜ゑにまで危害及びそうだから細かいことは話せないけど、とにかくあたし達の将来にかかわる大事な話だったの。それなのに迅ったら最後までちゃんと話し合わずにキレてどっか行っちゃうし、こっちが迅たちのこと心配して細かいこと話さなかったっていうのも全っ然伝わらないし……。その後メールしても返さないのよ? ほんっとにガキすぎると思わな——』
ぶつりと、園香の言葉が途切れた。夜ゑが目を瞬いていると、少ししてから苦笑混じりの声が聞こえてきた。
『ごめん、すごい愚痴っちゃったわね』
予想外な台詞に一瞬目を見張り、直後夜ゑはくすくすと笑い声を漏らす。電話口から聞こえてくる友人の不審げな声に、夜ゑは慌てて首を横に振った。手を口元にやって笑い声を抑えようとしたが、どうにもおさまらなかった。
「そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。むしろあたし周りにあんまり弱音吐く子いないから、ちょっとくらい愚痴ってくれた方がうれしい。今の方が園香らしいし」
明るい声でそういう夜ゑ。少しの間しんみりとした空気が2人の間を流れる。それまでしゃがんで話をしていた夜ゑはゆっくりと立ち上がり、そのまま何気なく緋桜の家の方に歩を進め始めた。建物が陰になって割合涼しい空気が、その道に漂っている。歩きながら夜ゑは、唇に微笑を浮かべて相手の反応を待っていた。
やがて電話口から、随分いつも通りの調子に戻った声が聞こえてきた。夜ゑもリラックスして彼女の話に耳を傾けた。
『下橋の子はみんな本当にいい子よね。あたしすぐ感情外に出ちゃうもの。このままだと扇にも嫌われちゃうわーどうしよう』
あまり本気では無さそうな声に、夜ゑは笑ってさらりと答えた。
「そういうところが園香の可愛いところでしょ! てか、どっちかって言ったら迅くんとの喧嘩の方が問題なくせに」
するとあちらからもわざとらしく沈んだ声で認める言葉が返ってきて、夜ゑは楽しくなり声をあげて笑った。