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Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(7) ( No.147 )
日時: 2011/11/17 20:23
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)


 相変わらず足は、緋桜の家に向かっている。なぜそこに向かっているのかは自分でもよくわからない。ただきっと、園香との——いや、園香ともう1人の友人との思い出の品に、久しぶりに触れたくなったのだと思う。園香がいつもの調子に戻ってほっとしてはいたが、心の隅には未だ不吉な予感が残っていたからだ。風に吹かれ視界を邪魔する髪を耳にかけ、夜ゑは小さく頭を振った。そこでちょうど通ったクレープ屋の店員に慌てて会釈をし、再び電話に意識を戻す。すると不意に園香が、大きく息を吐き出し、何か吹っ切れたような声で言った。

『なんか夜ゑと話してたら元気出てきたかも』

 思わず横目で耳にあてた携帯を見、それからほっと胸をなでおろして穏やかな笑みを浮かべた。

「あたし話聞いてただけな気がするんだけど、あれでよかったの?」
『うん、聞いてくれて助かったわ。ありがとう。——ところで……』

 気持ちのこもったお礼を言い、園香はさらに話を続けた。その声のトーンが突然落ちたので、夜ゑは思わず携帯をもつ手に力を込めて身構える。実は、園香の言いたい内容に大方察しがついていたのだ。おそらく夜ゑもずっと気にして口に出さなかったことを、園香が今切り出そうとしている。それが声のトーンで何となく感じられた。
 果たして夜ゑの予想は、見事に当たったのである。

『“若菜”のことなんだけど……。あの子一切連絡が取れないのよね。夜ゑ、電話番号とか聞いてる?』

 すぐに首を横に振って否定の返事をする。夜ゑの方が知りたいくらいだった。中学の時、園香と共に仲良くしていたもう1人の友人——“若菜”の連絡先を。
 長らく会っていない友人の、大人びた顔が脳裏をよぎる。両親とうまくいかず、学校では不良と言われ、それでも年の離れた弟をとても大事にしていた彼女の顔が。夜ゑは無意識に目を伏せ、沈んだ声で言った。

「若菜、中学の時途中からあたしたちとクラス変わっちゃって、いつの間にか学校来なくなってたよね。あたしその頃からもう連絡取れなくなってて、家の電話にかけても“使用されておりません”ってなっちゃってたの」
『あたしもよ。もしかして不登校になってあたしのこと友達じゃなくなったのかもとか、何か事情があって引っ越したのかもとか色々考えたけど、よくわからなすぎて逆に話題に出せなかったの。今回はさすがに夜ゑに聞くしかないって思ったんだけど……』
「……今回はさすがにって?」

 何気なく言った園香の言葉が気になって、夜ゑはつい話を遮り聞いてしまった。最初に感じた胸騒ぎが再び高まり、声にも不審の念がこもる。園香は慌てて、「あ、なんか流れで言っちゃっただけだから気にしないで」と噛みあわないことを言っていたが、もちろんそれでは夜ゑの疑念は晴れない。間の悪い沈黙が2人の間を流れ、その間夜ゑは珍しく難しい顔で歩を進めていた。じれったいくらいにゆっくりと。そのまま待っていれば、園香自身で様子がおかしい理由を話してくれるのではないかと少し期待していたが、それはあっさりと破られてしまった。園香は明らかに無理矢理、話を終わらせてしまったのである。

『夜ゑ、愚痴聞いてくれて本当にありがとね。それじゃあそろそろ……』
「園香」

 ぎこちない様子で電話を切ろうとした園香を、夜ゑは強い声音で呼びとめる。空気がぴんと張り詰めるのを感じ、夜ゑはあえて直球な質問を避けて言った。

「……今度、会おうね、絶対」
『——うん』

 芯の通った夜ゑの声に、園香も力強く答える。そのまま夜ゑは、未練をかき消すように電話を切った。しばらく両手で携帯を握りしめ、虚空をにらみつけていた。