コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章 第3話『ふたり』(2) ( No.163 )
- 日時: 2011/11/28 22:58
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
ほんの数秒後。扇は突然行動を起こした。辺りに防犯装置がないことを確かめ、塀に沿って玄関のところまで戻ってくると、躊躇いなくインターホンを押したのである。そしてすぐに、塀の角を曲がって身を隠した。するとそう待たないうちに、乱暴にドアが開けられたのである。
「誰だ、こんな時間にぃ」
出てきたのはいかつい顔つきの男だった。当然だが不審げな声である。
しかし扇は塀の陰に隠れているため、男からは見えない。やがて彼は大げさに首をかしげ、左右に目をやりながら外に出てきた。扇は内心ほくそ笑む。ドアを開けたまま彼が動かなかったらちょっと厄介だと思っていたのだが、ドアから離れてくれたので好都合だ。扇は彼がきょろきょろしながら道路に出てきたところで、素早く能力を使った。瞬間、男の足元に次々と透明な氷が発生し、足首までを固めてしまった。
「な、んだ……うおっ!?」
突然足元の自由が利かなくなり前のめりに転んでしまった男に、扇は背後から近付いた。
「動くな」
人の気配に振り返ろうとした男に、間髪を入れずにすごむ。ついでに彼の目の前に先のとがった氷の固まりを突きつけると、男は小さく悲鳴をあげて動きを止めた。が、そこで扇が何かを言う前に、男は上ずった声で言ったのである。
「おっ、お前この変な能力、あれだろ、組織の奴だろ……!」
扇は嘆息した。男の背後についたまま、冷静に言葉を返す。
「それを知っているということは、普通の家に住んでるくせしてやはりただの一般人ではないんだな。……俺が盗りに来たものはわかるな? 大人しく場所を言えば危害は加えない」
男は間を置かずに答えた。
「2階の、たしか2階の寝室の引き出しに入れたはずだ!」
わずかに顎を引き、扇は持っていた氷の固まりを一瞬にして消す。まるでそこには何も存在していなかったのように、手の中のものは消えうせた。今のように完全に消去することもできるが、やろうと思えば一瞬にして水に戻すこともできる。扇は呆然としている男に無駄に騒ぎ立てないように忠告すると、慎重にドアを開け中に入った。少なくとも玄関付近には人はいない。先程の男はまだ足が氷で固まった状態なので大丈夫だろうが、一応念のため、と玄関も氷で固めておいた。そして男の言っていた2階の寝室に行くため階段へと向かったところで、突然甲高い女の声がした。
「こんな時間からどうしたのよー? お客さんー?」
ちょうど向かっていた階段の上からだ。無駄に大きな音をたてて階段を下りてきている。扇は急いで階段の脇に行き、女が姿を現した瞬間、先程と同様にその背中を取った。見た目の派手な女だった。扇が彼女の片腕をつかみ背中で固めると、女は痛みというより驚きから悲鳴をあげかけた。
「騒ぐな。大人しくしていれば一切危害は加えない。……警察の裏情報が入ったハードディスクはどこだ」
「あ、あんたもしかしてEなんとかとかいう」
「いいから答えろ」
扇が改めてすごむと、女はひるんだように一度声を止め、直後弾かれたように叫んだ。
「あれはっ、ひ、ひろちゃんが持って行っちゃったわよ!」
「ひろちゃん?」
全く予想外の言葉に、扇は思わず相手の言葉を繰り返す。女は何かに追い立てられるように何度もうなずき、相変わらず甲高い声で愚痴をぶつけてきた。
「アタシの息子よ! なんか雄麻さんにあげたら喜ぶとかなんとか言って持って行っちゃったの!」
唾をも飛ばす勢いでそう喚いた女の後ろ姿を、扇は唖然として見つめてしまった。今まで冷静な表情を保っていたが、この時ばかりはさすがにぽかんと口が開いた。この女が今言ったことが本当だとすれば、盗るべき獲物はすでにこの場にはない、ということになる。先程の男は息子が軽い気持ちで持って行ってしまったことを知らなかったのだろう。
こんな展開は、初めてだった。最後の任務だと、一種のけじめだと思ってこの場にやって来たのに、それがまさか最後になってこの展開か、と扇は我慢しきれずに舌打ちを漏らした。その苛立ちと同様がつかまれた手から伝わったのか、女が突然わめいて暴れだす。我に返った扇は慌てて手に力を込め、冷静になれと自分に言い聞かせた。今回のことは特に扇自身に至らぬ点があったわけではない。この結果をそのまま報告して後は影晴に任せればいいだけのことだ。ただ、扇自身にちょっとだけ不満が残る、それだけだ。嫌な汗が、首筋を伝っていった。
「……あんたの息子はどこにいる」
低い声でそう言うと、女は不機嫌そうに言い放った。
「知らないわよ、そんなこと! たまにしか帰って来ないんだもの、あの子! 雄麻さんっていうのも誰だかよくわかんないし」
感情が爆発しそうなくらいにこもっている。どうやら嘘を言っている様子は無さそうだ。扇は深々とため息をつくと、唐突に目を閉じて意識を集中した。中心から広がるように、扇と女との間に氷の壁が生じていく。パキパキと尖った音がその壁から生じていた。その壁が触れる直前に拘束していた女の手を離し、その背を軽く押すと、女は小さく悲鳴をあげて前につんのめった。構わず扇は氷の壁を背にし、玄関の方を向く。氷の壁のおかげで、扇の姿は女からぼんやりとしか見えないはずだ。別に姿を隠す必要はないのだが、この程度でできる用心ならしておくに越したことはない。
「邪魔したな。氷はそのうち自然に溶けるから安心しろ」
女の文句も聞かず、扇は玄関の氷を溶かすとその家を後にした。外で男の足止めをしていた氷も、そう時間がたたないうちに溶け出すはずだ。
夜が明け始めている。扇は車のもとへと駆けながら、一度かの家を振り返った。何やらずっしりと重たいものが、両の肩にのっているような気分だった。