コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 第2章 プロローグ ( No.18 )
- 日時: 2011/05/12 14:10
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
その男は、笑っていた。
声は立てずに、しかし薄い唇ではっきりと弧を描いて。ふと、結ばれていた唇がうっすらと開かれる。唇の隙間から白い歯がのぞき、同時に笑いまじりの息が漏れた。そしてそれが引き金になったかのように、くつくつと押し殺すような笑い声が漏れ、次第にそれは哄笑へと変わっていった。気が付くとその男は、肩を震わせ全身で笑っていた。沈黙の広がる部屋で、唐突に。
体に力が入ったせいか、男の腰かける肘掛けの付いた椅子が甲高い音を立てる。しかし男は構わず笑い続け、やがて再び唐突にその口を閉じた。しかしそれでも紛れもない笑みが、その口元にうっすらと残っていた。
「影晴」
笑いの収まったところで、男に声がかかる。低い男性の声だ。ぼそっと呟くように発せられたその音は、先の男——大崎影晴からやや距離を置いたところに立つ青年の口から発せられていた。彼の助手の天銀だ。まだ若いその顔は、極端に表情に乏しい。
名を呼ばれた影晴は、一度目を閉じ笑いを含んだ声で言った。
「いや、突然すまない。もうすぐ我々の実験の成果をこの目で見れるのかと思うと、急に楽しくなってきてしまってね」
言いつつ再び笑みをこぼす。好奇にあふれた、しかしどこか冷たい笑みを。
「……至る所にばらまいた薬の効果がうまく出ていれば、我々の次なる“能力者”もそろそろ自我を持ち始める年齢だろう。一応長年の実験で、成人した体には相当の量の薬を直接体に投入しなければ能力が発生しないことは分かっているが、実際のところどうなのかは今回の結果を見て判断するしかない。今後薬を改良していくことを考えると、徹底的に調べなくては」
誰かに話すという風ではなく、ひたすら自らの決意を確認するかのように述べる影晴。爪の跡が残るほどに、ぐっと強くこぶしを握る。狂気に光る目でひたと前方を見つめた彼は、ふとそこで部屋の扉付近に直立したままの天銀に顔を向けた。
「そういえば、君の弟に投与した能力を発生させる薬は、いくつ効果があった?」
「ふたつ」
淡々とした声で即答する天銀。それを聞いて、包帯に覆われていない方の目を細め、満足気な表情の影晴。そのまま2人はしばらくの間どちらも口を開かず、何の感慨もない平坦な時が流れた。その間影晴は眠っているかのように目を閉じ、肘掛けに頬杖をついて何事かを考えていた。一方で天銀は目を伏せ身じろぎひとつせず、じっと部屋の隅にたたずんでいる。
優に15分の時が過ぎた頃、影晴はゆっくりと瞼をあげ、冗談の欠片もない真剣な声音で言ったのだ。
「——頃合いだ」
天銀が口を閉じたままおもむろに顔をあげる。
「能力者を組織する段階に、そろそろ本格的に移っていくとしよう。ようやく私の“能力察知”の出番がきたようだ」
影晴の顔が、陶酔に染まる。
これは時をさかのぼること、8年昔の話——……