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Enjoy Club 2章 第4話『知る者、知らぬ者』(4) ( No.254 )
日時: 2012/09/02 21:05
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)

 電車が駅から遠ざかっていく音がする。徐々に、やがて急速に小さくなっていく音。すれ違った男の子が、母親にひかれていない方の手を伸ばして一生懸命に電車を指さしている。私も振り返ってすでに豆つぶ程度にしか見えないそれを目で追っていく。静音は、あの電車に間に合っただろうか。

 町田が突然現れケンカを売って去っていった後、私と恵玲、そして静音の3人は、風音駅まで行ってそこで解散していた。恵玲はどこか寄るところがあるらしい。静音は家に向かってそのまま改札を抜けていった。元々静音を見送るために駅まで行ったのでもうその場所に用無しだった私は、くるりとUターンして元来た道を戻っていた。ただし、全く同じ道を通ってもつまらないので、反対車線の道——風音駅を背にして左側の桜通りを1人で歩いていたのである。歩きながら、町田のことをぼんやりと考えていた。
 彼女は不思議な子だ。普段3組の女子の中でかなり発言力を持った子のはずで、さっき私に勝負をしようと言ってきた時も周りを友達が取り巻いていたっておかしくない子のはずだった。顔は整っているし、細身でスタイルもいい方だし、たぶん流行とかにも敏感で、話してみるときっと面白い子なのだろう。でなければクラスの気の強いタイプの女の子をあんなにはべらせるなんてこと、そうそうできない。……はべらせるという言い方はちょっと語弊があるかもしれないが、少なくともあまり親しくない私がはたから見ていると、つんとすました表情の町田と他の女の子がぞろぞろ廊下を歩いていて、たまに町田を中心にその輪が甲高い笑いに包まれているのを見ると、そういう風に思ってしまうのだ。そもそもその集団の中で町田のことしかまともに知らないから中心に見えてしまうだけかもしれないが。いずれにせよその町田が、今回に限らないがたった1人で行動を起こしてくるということに、実は少しだけ感心してもいたのである。

 私はそこで意識を現実に戻した。考え事をしていたせいか、歩くペースが随分と落ちてしまっている。小さく息をつき、気を取り直して一歩力強く足を踏み込んだ、その時。

「オイ」

 何やら背後からどすのきいた男性の声がした。ピクリと肩を震わせ後ろを振り返りかけ……、私はそこで思いとどまった。でも足を動かすのは止めなかった。その声がやたら物騒な空気をまとっていて、ごく普通の高校生活を送っている私には縁のなさそうなものだったからだ。

 ——……無視です、ムシムシ

 きっと他の人に声をかけたんだと自分に言い聞かせ歩くペースを速めた瞬間、今度こそ「オイッ」と至近距離で声をかけられ右の手首をいきなり強くつかまれた。ぞくりと背筋を寒気が走る。顔をひきつらせて後ろを振り返ると、やはり、と言うべきか物騒な空気をまとった大柄な男2人が背後に壁を作っていた。頬がひきつるのが自分でもわかった。
 なんですか、と問いたくても声が喉に張り付いて全く出せなかった。がたいのいい男が2人眼前に立っているだけで、足がすくんで声も出ない。当然彼らは見たこともない赤の他人。自分とは今までもこれからも交わることのないような人達だ。強いて関係がありそうな人を挙げるとしたら、やはり下橋の——……
 そこまで考えて私はハッと目を見開いた。

「てめぇ、なに人の顔ガン見してんだ」

 太い声が頭の上から降ってきても、私は体を硬直させたまま目もそらせずにいた。私の手首をつかんでいる男は日に焼けた肌をしていて、極端に明るい茶髪を短く刈り上げていた。黒いタンクトップの服から伸びるごつい腕。その腕が自分に向かって伸びているのを改めて確認して、やや冷静になりかけていた頭が再び真っ白になった。

「あ……、あの」

 意味もなく蚊の鳴くような声が漏れたところで、不意に強く手首を引っ張られた。大きくよろけるのと同時に視界の隅に映っていたブティックが急に傾いて、一瞬方向感覚がおかしくなる。それでも転ばないように慌てて足を動かしていると、抵抗する間もなくあっという間に路地裏の方に連れ込まれてしまった。半端に口をあけて薄汚れた壁を見ていると、先ほどまで太陽で吹き出すようにかいていた汗が皆冷や汗に変わってしまった。
 ごくりと唾を飲み込む。この状況はまずい。確実に。

「あっ、あの!」
「あ!?」

 思いきって細い声をあげると、私の手首を引く男が眉間に深くしわを刻んだ顔でこちらを振り返った。ぎろりと私の顔を見下ろしてくる蛇のような目。もう1人の男も、私の後ろに壁のように立ちふさがっている。いったい何がどうなってこういう状況になっているのかさっぱり分からないが、これだけはわかる。お茶でもしながら仲良くしゃべろうというわけでは決してない。
 声をかけて足を止めさせたはいいが口をパクパクさせるだけで続きが言えない私に、男はいらついた表情を見せた。

「急に何だよっ。てめぇはこれから後藤さんのとこまで行って紫苑をおびきだすエサになんだよ! 何か文句でもあんのか! あぁ!?」

 ——瞬間。何かが私の緊張の糸を切った。

「……ありますよ! 急に連れてかれてしかも風也をおびきだすエサになれだなんて、あなた達なんか風也が来たらあっという間に皆やられちゃ——……って、あ。」

 男が突然饒舌になってぺらぺらと勝手なことをぬかすので、ついこちらまでつられてぺらぺらとしゃべってしまった。主に、本音を。周囲の温度が、2、3度下がったような気さえした。