コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章第4話『知る者、知らぬ者』(10) ( No.322 )
- 日時: 2013/06/26 12:01
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
- 参照: や〜っと書き終わりました^^;
2年振りに見る元・下橋トップの顔は、以前とほとんど変わっていなかった。
風音の中心街から外れた路地の一角。アスファルトの地面にドラム缶を置いただけの殺風景な場所に、後藤率いる一同が集まっていた。ざっと14、5人だ。風也はその中に目的の人物である後藤雄麻の姿を見とめると、その付近でぽかんと口を開けて立ち尽くしている不良どもにも目を走らせた。
後藤が下橋を追い出されて早々このグループのトップの座を奪い取ったことは噂に聞いていたが、メンバーを実際に目にするのはこれが初めてである。この場にいるのは全員男で、見たところわりと年齢層は高そうだった。少なくともほとんどが風也より年上だろう。中には見覚えのある顔もちらほら見える。以前下橋で後藤と行動を共にし、後藤と共に下橋を追放された取り巻き達だ。皆ひきつった顔でじりじりと後ろに下がっており、風也が姿を見せた時点ですでに引け腰になっているのが見え見えだった。これなら万が一殴り合いのケンカになっても1人でどうにかなりそうだと、風也は余裕をもって後藤に視線を移した。
——……さて、極力暴力沙汰にはしたくないが、どうするかな
4、5メートル先で、警戒心も露わにひきつった表情を浮かべる後藤。その時、表情も、こちらを睨み据える目線もがんとして動かさないまま、彼の手がさりげなく上着のポケットに伸びたのを風也は見逃さなかった。
「やめとけよ」
ぴたっと後藤の手が止まる。
「やるだけ無駄だぜ」
彼が服に何を忍ばせているのかはわからないが、なんにせよ使われたら面倒である。部下達も一応は鉄パイプを握ってこちらの出方を伺っていたようだが、今はトップである後藤に意識が集中していた。彼らの視線の先で後藤が憎々しげに顔を歪めて派手に舌打ちをする。元々鋭くつり上がった目をしている上、眉もそり上げている彼が苛立ちを前面に出すと、それだけで十分な迫力があった。彼の部下達がおびえるのも無理はない。
風也はそんな後藤の視線を真っ向から睨み返していたが、しばらくして視線をはずすと落ち着いた刺のない声で言った。
「別にボコしに来たわけじゃねぇよ」
「は?」
後藤はようやく声を発した。随分と真の抜けた声ではあったが。こちらの発言が理解できなかったのか大げさに片眉をあげて見せた後藤は、次の瞬間何か思い当たることでもあったのか突然バカにしたように笑い声を上げた。
「ハハッ、そうか。そういやお前のとこ、極力ケンカはしねーっつうバカみてぇな掟があるんだったな! ハッ、ビビって損したぜ。じゃああれか、お前もしかして、俺に“彼女まで巻き込んでんじゃねぇよ”って口で説得しに来たのか!?」
急に勢いを取り戻し半笑いの声で言い募る後藤と、何がそんなにおかしいのか腹を抱えて笑う聴衆。後藤のご機嫌取りをしようとしているのが見え透いていて、風也は思わず冷めた目つきで聴衆を見てしまった。
彼らと下橋とで根本的に考え方が違うということはよくわかっている。むしろ後藤もそれを知っているのなら話が早い。ただし、知っているだけで理解しているわけではないだろうが。
案の定、周囲におだてられて上機嫌の後藤は、先ほどまでの警戒に満ちた表情はどこへやら、獰猛なまでの笑みを浮かべてさらに挑発を続けた。
「暴力には訴えない、ねぇ。まぁ、てめぇは元々自分の居場所作るために下橋に来たやつだしな。俺らみたいな根っからの不良じゃねぇし、力だけで全て決まっちまう不良の世界は耐えらんなかったか!?」
「……俺より弱い奴が言う台詞じゃねぇだろ、それは」
空気が凍りついた。
勢いづいてでかい声を張り上げていた後藤は、風也の呆れ声にぴくっとこめかみをひきつらせる。先程までの笑みが凍りつき、額には青筋が浮かんでいた。彼の部下達は部下達で、あんぐりと口を開けてこちらを凝視している。そんな双方の視線を受けながら、風也は思わずこぼしてしまった本音に、内心舌打ちしたい気分だった。
——……やばいな、余計なこと言っちまった
そして案の定。後藤の短気が爆発した。先程止めた手が再び動き、上着のポケットの中で何かをつかむ。そこから引き抜いた手には折りたたみナイフが握られていて、周囲の聴衆がわっと歓声を上げた。怖気づくのも早いが、復活するのも早い連中である。
おめでたい奴らだとぼんやり考えている間に、怒りに顔を赤くした後藤が近くまで迫っていた。そして彼は握りしめたナイフをためらいなく真横に振り切った。風也は無防備に突っ立ったままの体勢。後藤のいかつい顔に、うすら笑いが浮かんだ。
——何かが地面に落ちる、渇いた甲高い音。先程まで沸き立っていた聴衆が一瞬にして静まり返る。腕を振り切った後藤も、唖然とした顔で自分の右手を見つめていた。……空気をつかんでいるだけの、空っぽの手を。ものの見事に遠くまで飛んでいったナイフと風也の振り上げた足が、何が起こったのかを物語っていた。
「言ったろ、無駄だって」
ため息まじりの風也の声に、後藤は我に返る。と、その間に風也は振り上げた足を戻しもう一発放つ体勢に入っていたのである。「やべ」と思わず声を漏らした後藤は慌てて両腕をクロスしてガードを試みたものの、そのタイミングは絶望的に遅れていて。
風也の足が空を切り、斜め下から後藤の顔面に一直線に向かっていった——……