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Enjoy Club 2章第4話『知る者、知らぬ者』(11) ( No.330 )
日時: 2013/09/21 22:15
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
参照: 3ページ目

 風也は現実に思考を戻した。ちょうど太陽に雲でもかかったのか辺りがさっと薄暗くなったときだった。肌ににじんだ汗が急速に冷えていく。建物の壁にもたれかかったままふと正面に立っている後藤に視線を戻すと、彼は汗だけでなく頭まで冷えてしまったらしい。こちらから目をそらして、頬を伝う汗をぬぐっている。そのつり上がった目には、先程の爆発するような怒りは薄れているように見えた。

 ——……四六時中イライラしすぎてさすがに疲れたか?

 半分本気でそんなことを考えながら黙って後藤を見ていると、彼はどこか不本意そうな表情で話しだした。

「あ〜今なんか急に、てめぇが下橋に来たときのこと思い出しちまった。最悪」

 え、と顔をしかめて後藤を見る。後藤と同じことを考えていたなんて正直勘弁してほしい。しかし風也が顔をしかめている理由などさっぱりわからない後藤は、やはり不本意そうな表情で後を続けた。

「下橋に来た理由は……そういやそうだったな、胸糞悪いことに確かにてめぇと一緒だ。家も学校も死ぬほど嫌いだったからな」
「……オレ学校はそんなに嫌いじゃなかったけど」
「だからっ。だから尚更てめぇのことが許せねぇんだよ!」

 こちらの言い分は無視して急に激し始めた後藤を、風也は目を丸くして見た。何となく、壁に預けていた背を持ち上げて後藤の言葉を待つと、彼は唾を飛ばす勢いで言い連ねた。

「紫苑てめぇだったらわかるはずだろ、下橋が俺らに必要な場所だってことくらい。てめぇだって今下橋をとり上げられたらどうせ帰る場所がなくなるクチだろ! なのにてめぇ下橋に来て1年経つか経たないかのうちに騒ぎ起こして俺たちを追放しやがって! 俺らと同じことやられてみろよ!」

 イライラにまかせてガッと足で地面を打つ。再び顔を真っ赤にして怒ってはいるが珍しく口で訴えてくる後藤に、風也も同じく口で応戦した。ただし、至極穏やかに。

「その台詞、そのまま返すぜ。確かにオレがやったことはお前らにとってはひどいことだけどな、お前らは下橋にいるときにグループのメンバーに好き勝手ひどいことをやってる。お前らは下橋が唯一安心していられる場所だったかもしれねぇけど、同じように下橋が必要な他のメンバーから安心していられる場所奪ってるんだよ。居場所を奪われてるのは、……お互い様だ」

 自然と、最後の言葉が震えてしまった。今この瞬間、自分たちのやっていることが非常にくだらなく思えたのだ。くだらなくて、……本当にへたくそだと。下橋が必要なのはみな一緒で、下橋が安心して帰る場所であってほしいのはみな一緒で、それなのにお互い下橋の奪い合いをしている。みんなで仲良く下橋で暮らせばいい。こんなに簡単なことなのに、こんなにも、難しい。
 じんわりとにじむように、胸の内に冷たさが広がる。心地良さからはほど遠い。なんだか本格的に気持ちが落ち込んできた風也に、後藤がぼぞっと独り言のように呟いた。

「つーか俺他の奴のことなんて興味ねぇしな」

 風也がゆっくりと顔を上げ後藤を見る。救い難いといった目で。

「紫苑はお優しい奴だからな、他のメンバーがどう思ってるかとか考えるかもしれねぇけど、正直俺は興味がねぇ」
「お前はほんっとに……。他の奴らの気持ち考えねぇくせに拘束だけはするからタチが悪いぜ」

 風也は深々とため息をついた。後藤は後藤で「ははっ」と渇いた笑い声を漏らしている。それを聴衆は声も立てずに見つめていた。

 不意に、風也がくるりと後藤に背を向けた。

「……ったく、何しに来たのかさっぱり分からなくなっちまった」

 オレンジ色の夕日に照らされた金髪をくしゃりとかき混ぜる。ぐだぐだと話している間にすっかり時間が経ってしまったようだ。さわやかな風が吹く一方、照りつける西日の暑さに頃合いだと感じた風也は、そのまま「今日は帰る。じゃあな」と軽く手をあげ、後藤達のたまり場から立ち去ろうとした。

「お、おいっ」

 思わず、といった風に後藤が声をあげる。夕日の眩しさに目を細めながら首だけ振り返ると、彼はバツの悪そうな顔で口をもごもごとさせ、挙句「なんでもねぇっ」と吐き捨てた。風也は自分でも信じられないことに、呆れも蔑みもなく笑ってしまった。

「おいおいそこは、“やっぱり俺、金輪際下橋にケンカ売るのやめるからもう一度やり直してくれよ……!”って感動的な和解の言葉を言う場面だろ」

 つられて肩を震わせる後藤。

「言うかバカヤロー。……ただ、てめぇの彼女に手ぇ出すのだけはやめてやるよ!」

 風也は目を丸くして後藤を見た。やがて口端をあげ、「上出来」と声を弾ませる。宝石のように光る夕日に照らされている後藤も、どこかすがすがしい笑みを浮かべていた。