コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章第4話『知る者、知らぬ者』(12) ( No.333 )
- 日時: 2013/09/25 22:25
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
- 参照: 2ページ目
土で汚れた運動靴のつま先を地面に打ちつける。じん……とつま先がしびれているのに、特にわけもなくもう一度。それからしばらくは薄汚れた白い壁におとなしく背中を預けていたが、数秒後今度は少しだけ場所を変えて再び壁にもたれかかる。汗のにじむ手を強く握って、すぐに開いて、葵はかすかにため息を漏らした。瞬間、慌てて小さく首を振った。
——……いやいや、なに似合わないことしてんだよ
気持ちを切り替え、葵は迷わずある一点に目を向けた。先程からどれだけ気持ちが落ち着かなくても、片時もそらさなかったある場所。1組の下駄箱である。
友人に背中を押され風香に不快な思いをさせてしまった後、友人たちは手のひらを合わせて謝ってきた。
「ごめんっ。ほんっとごめん葵!」
「だから別にいいって」
投げやりな口調でそう言って、葵は乱暴にハンガーを元の位置に戻す。この学校では生徒は全員制服で登校した後、体操服とジャージに着替えて一日を過ごす。そして、まさに今がそうだが、帰るとき再び制服に着替えて帰路につくのだ。たった今着なれた学ランに袖を通した葵は、カバンの置いてある自分の席へと足を急がせた。
口ではもういいと言っていが、どこか不機嫌そうな表情の崩れない葵に、友人たちは困った顔でついてくる。正直広野は何も悪いことはしていない気がしたが、それを掘り返す時間も今は無い。なにせ自分は今非常に急いでいるのだから。葵は重たいカバンを背中に背負うと、肩身狭そうにしている3人を振り返った。
「さっきのは本当にもういいからさ、先帰っててくんない?」
すぐに1人が眉をひそめて問い返してくる。
「なんで? せっかく今日部活休みなんだから、遊びにいこうぜ」
肩身狭そうにしている癖に素直には帰りそうにない友人に、葵は仕方なく事情を口にした。茶色い髪をいじりながら、目をそらしてぼそっと。
「……紫苑さんに、謝りたいんだよ」
3人の顔が一気に光を帯びる。だけでなく、「お〜!!」と無駄に大きな声まで張り上げてしまった。クラス中の注目を浴び、慌てて口を押さえていたが。
「ご、ごめん」
「いいって。用事すんだら連絡すっから、3人で先遊んでて」
ガラにもなく真剣な目で葵がそう言うと、友人たちも重々しい動作でうなずいてくれた。
あれから30分。葵はたった1人、昇降口の隅で待ちぼうけをしている。一応かなり急いで支度はしたはずだし、広野達と別れてから猛ダッシュでここまで来たはずだが、もしかしたらもう帰ってしまったのだろうかと、葵は心の底から落ち着かなかった。
風香とあんな風に対面を果たす気なんてさらさらなかった。勢いでいったらおびえて口もきいてくれなそうな子に見えたから、ゆっくり話せるタイミングで、騒がしい友人のいないところで話そうとそう思っていた。それがあろうことか、男子にからかわれたかのような状況で対面を果たしてしまったのだ。正直言って“最悪”である。友人の悪ふざけを恨む気はなかったが、葵の胸は焦りでいっぱいだった。
おもむろに携帯電話をポケットから取り出して自分の顔を映す。前髪はオッケー。生まれつきの茶色い髪は右寄りの位置でいい具合に分かれ、二ヶ所きちんとピンで止まっている。首筋まである後ろ髪もはねていない。表情は……少し固いが、まぁ大丈夫だろう。携帯電話をしまうともう一度気合を入れ直し、再び1組の下駄箱に目をやった。そこに風香が姿を現わすはずだった。——その時。
「——あ」
葵は心臓がはねそうになった。目当ての人物が、例の友人と共にようやく姿を現したのだ。彼女たちが靴をを履き替えて、ドアの方に来てから声をかけようと思っていた葵はしかし、待ちきれずに足を踏み出した。
先にこちらに気が付いたのは、髪をハーフアップにしている友人の方だった。
「あっ。え、ちょっと……風香、またあの」
「紫苑さん」
迷惑顔でこちらを見ている友人は無視して、葵は固い声でそう声をかけた。元々声変わりをしていないよく通る声をした葵だが、この時ばかりは思ったように声が出なかった。今にも後ずさりしそうな様子の風香の目を、葵は勇気を出して真っ直ぐに見た。
「さっきは、ごめん。本当にごめん!」
そのまま勢いよく頭を下げると、やや時間がたってから返事が返ってきた。
「い……いいよ」
消え入りそうな音量だが、耳に心地よい澄んだ声。初めてきちんと声を聞けたことに感動していると、友人が「行こう」と風香の手を引いた。そのまま走ってでも行ってしまいそうな2人を見て、葵は慌てて2人を呼びとめる。かろうじて振り返ってくれたが非常に帰りたそうな様子の風香を見て、葵はごくりと生唾を飲み込んだ。
——……ごめん紫苑先輩。名前、使わせてもらいます……!
「紫苑さんあの……紫苑、風也先輩のこと、知ってる……?」
予想よりもはるかに、
風香が大きく表情を変えた。
波風が、立とうとしていた。