コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(3) ( No.34 )
- 日時: 2011/06/19 20:33
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
風也は携帯電話を耳から離すと、そのまま枕元に投げ捨てた。黒い携帯がシーツの上で一度跳ね、すぐその場に落ち着く。ベッドの上で上半身だけを起こしていた彼は、それを見もせず、何やらうんざりとした表情で目を閉じる。まるで両肩に大きな荷物でも乗っているかのように、上半身が重かった。思い出したように後ろを振り返って、シーツに皴を寄せている携帯を一瞥する風也。そのまま彼は、再び落ちるように布団に沈んだ。
つい1分ほど前のことだ。風也が下橋の寝室で、だるい体をベッドに横たえ虚ろな意識で天井を見つめていると、不意に携帯が音を立てて振動した。今にも意識を手放そうとしていた彼は、弾かれたように枕元に置いたスライドの携帯を見、その画面に表示された文字に短い眉を思いっ切りひそめていた。
「町田……?」
メールは何度も来たことがあるが、電話は初めてである。悪びれずデートの邪魔をしたり、本人の目の前で叫ぶように告白するような、なかなかに積極的なクラスメートだ。そんな彼女が今まで電話をしてこなかったのはそれはそれで意外ともとれるが、今はそれどころではない。
風也は鉛のように重たい体を肘をついて無理矢理起こし、携帯に手を伸ばしたところで、ふとその疲れた顔に不信感を露わにした。表情をそのままに、携帯の画面の隅に表示された時間を確認する。どう考えても授業中だった。しかも、体育祭の種目決めをすると担任が数日前に言っていた、HRの時間である。そこでようやく彼は、町田の電話の理由に思いあたっていた。バイブを鳴らし続ける携帯を凝視する風也。しかしその逡巡もそう長くは続かず——
彼は眉根を寄せたまま携帯を手に取った。
体育祭は、そんなに嫌いではないイベントだった。いや、むしろ好きなくらいかもしれない。元々ケンカに限らずスポーツに自信のある彼にとっては楽しいはずの場であるし、皆がクラスメート達の競技風景を見て全力で応援をするのは、風也から見てもとても気持ちの良い光景だった。しかし、ほとんどクラスメートと交流をとっていない彼が、今年の体育祭に参加して楽しいかどうかは、果たして疑問であったが。
もちろん3組の面々のことが嫌いなわけではない。が、仲良くなる気があるかと聞かれると、自信を持ってはうなずけそうになかった。かといって、じゃあ1人でいるのが好きなのかと問われると、そういうわけでは決してない。その証拠に下橋の面々とは昔から仲良くしていたのだ。正直風也自身、自分でも自分のやりたいことがよく分からない状況にあった。
学校の面々と積極的に交流をとらなくなったのはいつからだろうと考え、風也はすぐにそのきっかけに思い当った。——“泉俊介”。小学生の時、部活もクラスも一緒で、親友と呼べるくらいに仲良くしていた少年だ。彼の顔は今でも瞬時に、鮮明に思い出される。その彼との出来事が関係していることは確かなのだが、どうしてその結果クラスメートと距離を置くことになったかはいまいち自分でもよくわからない。結局自分のことを何もわかっていないではないかと思うと、あまりのもどかしさに、今考えていること全て投げ出してしまいたくなる。
泉俊介——。その名前や顔を思い浮かべると、派生するように様々な出来事が、そして感情が、生々しく風也の中によみがえってくる。頭の中で順不同に沸いては消える過去の映像に、まるで波が引くように彼の顔から血の気が引いた。体が芯から冷えていくのがわかる。凍るような寒気を、布団を握りしめることで黙って耐える。
ふと頭の中で回る映像の中で、ある人物とひたと目が合い、風也は顔をしかめさっと口元を手で覆った。明らかに動揺した瞳で、彼は目を見開いていた。。
——……違う……っ。違うんだ、オレは……!!
自分でも正体のわからない何かに駆られ、押しつぶされそうになりながら、風也はギュッと強く目をつぶる。ある黒髪の少女の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。いくら頭を振っても、染みついたように消えないのだ。額に、頬に、じんわりと冷たい汗がにじんだ。
「ふうか……」
不意に彼の口から、微かな音が紡がれる。途端に、周りの音が一瞬にしてかき消えたかのように、混乱が嘘のようにおさまった。おさまったというよりも、ただ言いようのない乱れに呆然としていただけかもしれないが。
ようやく顔をあげた彼は、表情を歪め強く唇を噛んでいた。再び囁くような独り言が漏れる。
「ごめん、亜弓……」
まだ、話していない。彼女には、……何、も。
「最低な奴なんだ、オレは……」
声も、心も、何もかもが乱れて震える。ベッドに差し込む日の光にさえ負けそうになって、風也は布団を強く握りしめたまま体を縮こめた。