コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Enjoy Club 2章第5話『僕らの仲間は』(1) ( No.343 )
- 日時: 2014/04/26 23:19
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
- 参照: 1ページ目
じっと見つめる先で、灰色の雲が三日月を薄く覆っていく。雲の隙間から漏れる鈍い光。辺り一面深い藍色に塗りつぶされた中で、唯一残る光だ。それさえも薄黒い雲に飲み込まれて見えなくなったかと思うと、しばらくして再び三日月がその姿を現す。颯爽と流れていく雲は、月の上を通り過ぎてしまうとそのまま暗闇に飲み込まれていった。
今日は風が強い。馴染みの公園をふちどる木々が、ざわざわと低い音を立てている。その音の強弱がなんとも不気味で今の自分たちにぴったりだと、春妃は他人事のように思った。
同じ月下白狼のメンバーである安藤園香から“遥声(ヒア)”が届いたのは、3日も前のことだった。普段あまり使わない“遥声”が突然頭の中に響いたこと自体も驚きだったが、それ以上にその内容が問題だった。
——影晴は味方じゃないわ!! お願いだからみんなは……
彼女の声はそこで途切れた。あの声を思い出すたび、春妃の心はひどい焦りで焼けつきそうになる。あんなに切羽詰まった涙交じりの声を、あの勝気な園香の口から今までどれくらい聞いたことがあっただろうか。正直、胸騒ぎどころの騒ぎではなかった。それでも今こうしてじっと公園のブランコに座っていられるのは、近くにいるある人物のお陰だった。月下白狼の中でもつるむことの多い、神崎迅である。春妃がブランコに座ったまま後ろを振り返ると、迅がまた「あ〜!!」と苛立ちの声をあげた。だけでなく、元々ぐしゃぐしゃの黒髪をさらに激しくかき混ぜていた。
「なんなんだよ一体! “お願いだからみんなは”何だよッ。扇とお園はどこにいんだよッ。影晴が味方じゃねぇことくらいとっくにわかってんだよッ!!」
天にたたきつけるように唾を飛ばしながら叫んでいる。誰がどう見ても、迅はひどく荒れていた。「あーくそッ」とかすれた声を吐き出し、足元の小石を力いっぱい蹴飛ばす。……蹴飛ばしついでにつま先を思いっきり地面にぶつけ、涙目で悶絶していたが。
園香からの“遥声”が聞こえてから3日。迅はずっとこの調子だった。焦りに焦って苛立ちを募らせていく彼を見ていると、こちらは逆に冷静さを取り戻すものである。ああなってはいけないぞ、と。だから春妃は、扇と園香の身に何が起きたのか震えるような不安を抱えながらも、落ちつけ落ち着けと自分に言い聞かせることができていた。相棒みたいに発狂しそうになったら月でも見て落ちつけ、と。
実を言うと、扇と園香の身に何が起きたかはおおかた見当がついている。というのも彼らは最後にこの公園で集まった日、こう言っていたのだ。「E・Cを脱退する」と。そして3日前、扇は電話でこう言っていた。「今から“最後の”任務に行ってくる」。そう、園香から鬼気迫る“遥声”が届いたあの日だ。この状況で2人が無事でいるとは春妃には到底思えなかった。思えなかったが、……無事じゃないなんてことも、とても考えられなかった。
ブランコの鎖がきしんだ音を立てる。春妃は伏せた顔を両手で覆い、後ろで石を蹴飛ばしている迅に張りのない声で言った。
「迅。さっきの調子でもう一回“遥声”使って……」
いつものように間延びする余裕もなく、徐々にしぼんでいく声。それをかき消すような大声で迅が叫んだ。
「扇ー!! お園ー!! 返事しやがれーッ!!」
お世辞にもきれいとは言えない声が辺りにこだまする。きっとこれは近所迷惑以外の何物でもないだろうなと頭の片隅で思いつつ、知らないふりをしておいた。
しばらく春妃は顔を伏せたまま、迅は公園の中央に突っ立ったまま返事を待ったが、これまでと変わらず何も反応はない。ごくりと、唾を飲み込む。直後、乱暴な足取りで迅がこちらに近付いてくるのが聞こえてきた。
「おいハルッ。オレ様たち、ずっとここにいていいのかよ!?」
「そんなことわかんないよ。でもここが一番会える可能性は高いと思う。いつも集まってた場所だし……」
「でも最近は全然来ねーだろ。オレ様がお園とケンカしちまったし……」
すぐ隣に来た迅の顔を見上げると彼は拗ねたような表情で唇を噛んでいて、春妃は黙って視線を下へと戻した。この公園で最後に集まった日——扇と園香がE・Cを脱退すると自分達に宣言したあの日だ。扇達がE・Cを脱退する理由を教えてくれなかったことに迅が激怒しそのまま彼らとケンカ別れをしてしまったのだ。ケンカなんて迅と園香の間では日常茶飯事のようなことだったが、さすがに迅も後味が悪いのだろう。
——……バカだし短気だけど、いい奴だからなー迅は
ふうぅと長く息を吐き出す。この公園以外で2人がいそうな場所といえばもちろん自宅だが、あいにく自宅は大体の場所しか知らされていない。別に彼らが隠しているわけではなく、今まで自宅に行くような用事が無かったせいだ。春妃は何かをかき消すように首を振り、重い腰をあげた。
「迅の言う通り、これだけ待ってても来ないのにここにずっといるのもあれだねー。試しに2人の家探してみよっかー」
「家どこか知ってんのか!?」
「ぼんやりとなら……」
一瞬眉根を寄せた迅だが、どちらにしろじっとはしていられなかったのだろう。やる気満々の顔で、その辺に放り投げていた鞄を力強くつかんだ。
その時である。ズボンのポケットに入れていた携帯電話が、音を立てて振動したのだ。思わず歓喜の声をあげた春妃は、震える手で携帯電話を開いた。迅が慌てて駆け寄り手元を覗き込んでくる。果たしてディスプレイには……
「なんだよ非通知の電話かよー」
心底残念そうな声をあげ地面にしゃがみこんだ迅を放って、春妃は無言で通話ボタンを押した。まだ、希望を捨てていなかったのだ。非通知でも、もしかしたら扇や園香からの電話かもしれない。春妃は恐る恐る、「もしもし?」と固い声で呼びかけた。しゃがみこんだままの迅がじっとこちらを見上げてくる。——しかし次の瞬間、誰がかけてきた電話かなのかを知り、春妃の体は凍りついた。
「久しぶりだね、春妃。——私だ、影晴だ」