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Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(5) ( No.66 )
日時: 2011/08/06 10:38
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)

 昼休みを知らせるチャイムが校舎に鳴り響く頃。

 紫苑風也は割と広めに造ってある中央階段を、一定のリズムで上っていた。ゆっくりではあるが堂々とした歩きっぷりである。
 風也が向かっているのは、1年生の教室が並ぶ4階。留年さえしていなければ本来自分がいるはずの3階も速度を緩めることなく通り過ぎ、そのまま目的の階へ。途中、去年仲良くしていた友人の姿が視界の隅に映ったが、声をかけるのはやめておいた。彼女らしき女の子と楽しそうにおしゃべりしていたからだ。別に今でなくとも、メールなり直接教室に行くなりすれば、いつでも話すことはできる。

 彼は何の迷いもなく4階へと向かっていたが、実はその先どこの教室に行くかはまだ決めかねていた。これから屋上でご飯を一緒に食べる予定の亜弓ら4組の面々のところに行くか、自分のクラスである3組に顔を出すか。
 4階の踊り場まで登り終えたところで、風也は改めて考え直す。直後、彼は傍目にはわからない程度の小さな息を吐き出していた。

 ——……体育祭の種目決めもあったことだし、3組に顔出すか

 途端にある面倒くさい女子の顔が頭に浮かんだが、風也はそれをすぐに追い払った。一瞬眉根を寄せたのみで、前を見据えたつり目は特に変化もない。

 踊り場を出たところで右に曲がる。2メートルほど歩いたところで再び右に曲がると、目の前には一直線の廊下があり、左手に1組から4組の教室が順に並んでいる。もう昼休みに入っているため、廊下は教室を移動する、あるいは食堂にお弁当を買いに行く人でやや混み合っていた。その多くの顔には、午前の授業を終えた解放感がのぞいていた。
 いくつものかたまりが行きかう廊下を、風也はやはり堂々と縫うようにして歩き、そのまま何事もなく目的の教室にたどりつくかと思われた、が。

「——あ」

 たった今横をすれ違った人物の声が後ろで聞こえ、風也は数歩速度を緩めたのち立ち止まった。なぜか自分に対しての反応だということがわかったのだ。むすっと唇を閉じたまま後ろを振り返ると、その先で見覚えのない2人の男子生徒も足を止めこちらを振り返っていた。

 比較的小柄で大人しそうな男子と、いかにもスポーツをやっていそうな焼けた肌をした背の高い男子。その2人がなぜかはっきりとこちらを見ている。どこかで会いでもしたかと思案を巡らせたが、あいにく記憶にない。

 風也が半身振り返ったまま反応に困っていると、彼らは急に慌ただしく風也と相棒の顔を交互に見始めた。よくわからない2人組である。そのうち小柄なほうがもう一方に背中を押され、焦った顔のまま口火を切った。

「し、紫苑くんだよね? あの、えっと……」

 そこまで言ってまた相棒を振り返り、お互い背中を押しあっている。特に風也のことを恐れている様子はなく、単に何を言えばいいのか困っているだけのように見えたので、風也はただ黙ってその様子を見つめていた。明らかに不審の色をその顔に浮かべてはいたが。
 何度もゆずりあった……否、押し付け合った挙句、再び先程の小柄な青年が前に出る。

「ぼ、僕達のこと覚えてない? 1学期にさ、あそこの階段でぶつかって……」

 驚いたことに面識があるらしい。風也は驚きと不審の入り混じった目で2人の顔をまじまじと見つめ、
 ふと目を見開いた。顔まではさすがにおぼろげにしか覚えていないが、階段のところでぶつかって筆箱の中身を拾った出来事は思い出したのである。風也の表情の変化を見て、彼らは素直にうれしそうな顔をした。

「思い出してくれた!?」

 あんまりうれしそうな顔なので、風也はついニヤッと口端を上げて笑いまじりに言った。

「顔はおぼろげだけどな」

 事実であることに間違いはないのだが。
 それでもやや興奮気味の2人は、特に気にする風もなく簡単な事情を話し始めた。その話によると、彼らは1年1組の生徒で、階段のところでぶつかって以来ずっと風也と話す機会をうかがっていたらしい。あまりに簡単な説明だったためぶつかった以降の話の流れがいまいちわからなかったが、そこのところを尋ねても2人はなぜか照れ笑いを浮かべるだけで返事をうやむやにしていた。風也としてはしっくりこないことこの上ない。しかしそこまで興味を引くことでもないのでそのまま流しておいた。
 2人に名前を教えてもらい、顔と名前を一致させ1人でうなずいていると、小柄なほうが子供のように目を輝かせて言った。

「あのさっ、この後暇!?」

 一瞬眉をひそめたものの、風也はようやく彼らが何をしたいかがわかってきた。前に筆箱の中身を拾ったことがあるだけで、物好きな奴らだと思いつつも、せっかくの好意を無駄にする気にはなれない。風也が思わず苦笑を浮かべながら暇だと告げると、今度は背の高い方が後を続けた。

「じゃあ今から一緒に昼メシ食わね?」

 右腕をガッツポーズのようにしてまでの、熱烈なお誘いである。
 瞬間、風也の脳裏に亜弓ら5人の姿が浮かんだ。いつも屋上で地べたに座りながら一緒に昼食をとっている仲間だ。しかし、迷いはそれこそ一瞬だった。亜弓たちとはいつも食べているんだから、今日くらい別の奴と食べても良いだろう、と思ったのである。

 風也は自分のクラスへと向かっていたのも忘れ、そのまま2人と並んで1組の教室へと歩いていった。