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Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(8) ( No.84 )
日時: 2011/08/15 14:08
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)

 昼間めいいっぱい光と熱気で辺りを満たしていた太陽も沈み、代わりに暗く涼やかな影が地に落ちる頃。
 E・Cのチームの1つ——月下白狼のメンバーである安藤園香は、大学での集中講義を終え、新築の建物の外で軽く伸びをしていた。解放感がうかがえる彼女の頬を、風がやさしくなでていく。ちょっと湿気がこもっているが、夏にしては十分に涼しい。園香は外の空気をゆっくりと吸い込み、ふと暗い藍色の空を見上げた。見たところ星は出ていないようだ。
 夜空を見上げつつ、園香は少なからず残念な気持ちを抱いていた。昼間教室の中から見た空は、まっさらな青と、そこに浮かぶ綿のように膨らんだ真っ白な雲、というこれぞ夏という感じのものだった。まるで、キャンパスに描いてある絵画のような。もちろん日の光もさんさんと地面を照らしていて、それはそれは暑そうな、でもとても気持ちの良さそうな光景だったのである。こんな日にずっと屋内で講義を聞いているだなんて本当バカみたい、と園香は冷めた思いで講義に出席し、結局ずっと窓越しに空を見つめていた。こんなことなら今日は大学に来なければよかったと正直かなり後悔したが。
 なんにせよ、そんなだから講義を終えた後の彼女の喜びの大きさと言ったらなかった。ただ期待していた明るいお日さまはとっくに身を隠していて、軽い失望を味わわずにはいられなかったが。

 ——……まぁわかってたけどね。さっきまでずっと外を見てたんだし

 むくれた思いで胸中呟いたら、なんだか余計に不満が胸の内に膨らんできた。不機嫌そうに空をにらみ、唇を尖らせる園香。そういう感情を抑えるのは昔から苦手……いや、そもそも抑える気もないのである。園香は心の中で舌打ちをしてから、ようやく帰路についた。足取りは至極荒々しい。

 今日の帰り道は園香1人である。さっきまで一緒に講義を受けていた友達は皆、サークルやらバイトやらでそれぞれの場所に散っていった。園香も一応ダンス系のサークルに入ってはいるが、出欠の緩いサークルなので、今日のように軽い気持ちでサボることもできる。サークルは好きなのでできるだけ参加はしたいのだが、昨日のE・Cの任務で彼女は少し疲れていた。月下は麗牙と比べると確かに不真面目なグループだったが、影晴からおしかりを受けるのも面倒なので、ちゃんと任務をこなすときはこなしている。そして昨日がその“真面目に任務をやるとき”だった。

 ちなみに園香の能力は“浮遊”。自分自身空を飛んで空中で宙返りやら何やら自由が利く上に、軽いものであれば基本的に何でも宙に浮かすことができる。力は伴わないが、ものを盗る任務の時には結構役に立つ能力だった。実際は自分自身の満足のために使うことの方が多かったが。

 夜は空中散歩にでも行こうかな、などと結構真面目に考えていると、不意にバッグの中で携帯が震えるのを感じた。園香は小さく欠伸をしつつ、携帯を取り出し画面をスライドさせて、
 慌ててそれを両手に持ち直した。一気に目が覚めた上、不満も疲れも皆吹き飛んでしまった。月下白狼のリーダー、篠原扇からのメールだったのである。

『大学が終わったら、いつものところに来ないか?』

 ふわっと、園香の頬に赤みがさす。唇が自然と緩く弧を描いた。
 メールはもちろん月下全員に送られたものではなく、園香1人に送られたものだ。それだけで園香は嬉しい。胸が高鳴る。こうして彼女だけにメールが来るのはよくあることなのに、宛先に迅や春妃のアドレスが入っていないとそれだけで嫌なことなんて皆忘れてしまえるのだ。2人には少し悪いのだが。

 園香はたった今講義が終わったことを彼に伝え、携帯を握ったまま足を速めた。歩くたびにかかとの高いサンダルが音を立てる。髪はアップにしているので全く邪魔にならない。むしろ首筋に風が当たって気持ちいいくらいだ。歩きつつ彼女はふと自分の全身を見下ろし、思わず口角を上げていた。今日は偶然新しく買ったチュニックを着ていたのだ。夏らしい、涼やかなデザインのものを。チュニックの下にジーパンをはくというスタイルは、いつもと変わっていない。

 再び携帯のバイブがなって画面を見ると、扇から待ち合わせ時刻を記したメールが来ていた。今から順調に電車に乗れればちょうどいい時間だ。画面を見たまま、園香はふっと微笑む。

 もしこの場に月下の他のメンバー——神崎迅と富永春妃がいたら、きっとこんな会話が繰り広げられていただろう。



「けっ、まぁたお前ら2人だけで会ってんのかよ。相変わらずお熱いことでっ」

 迅は憎たらしく表情を歪めて、嫌味っぽく。

「なんで迅はお園にケンカ売るんだよー。仲が良くていいことじゃん」

 春妃は緊張感のない、でも耳によくなじむ声で。

 そうしたら園香は、春妃の体に肩を寄せ言ってやるのだ。挑発的な目つきで、勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべて。

「ハルの言う通りよぉ迅。こんなに人数の少ないグループだと、嫉妬は禁物なのよ? 迅とは帰ってきてからちゃ—んと絡んであげるから、それまで大人しく待ってなさい」
「だぁれが嫉妬なんかするか、ボケッ。おいっ、ハルも何かコイツに言ってやれ!」
「迅。2人はラブラブなんだから、わりこみは良くないよー」
「……マジで軽蔑した目で見てんじゃねぇーッ!」



 迅が歯をむき出して叫ぶ様を想像して、園香はついくすっと笑ってしまった。迅も春妃もまだ高校生。大学生の園香から見れば、いい弟分だ。特に迅なんか非常にいじりがいがある。
 月下白狼に入って迅や春妃という友人に会えたことは、本当に幸運だったと園香は思う。そしてそれ以上に、これから会う残りの1人——リーダーの扇と出会えたこと。それはもう幸運を通りこして奇跡だ。こんなことを言ったら迅に鼻で笑われそうだが、はっきり言って彼に笑われたところで痛くもかゆくもない。「本気で恋したことのない迅にはわかんないのよ」と思いっきり上から目線で言い返してやるだけだ。

 前方に大学最寄りの駅が見えてくる。園香は力強い目つきで前を見据え、速いペースで歩を進めていった。カツカツと鳴るヒールの音は、どこかいつもよりも弾んでいた。