コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: a lot of stories ( No.1 )
- 日時: 2011/06/13 17:19
- 名前: 北野(仮名) (ID: XK5.a9Bm)
一つ目、滝、段ボール、ビックリ箱
吹き上げる無数の泡で濁った飛沫。大気中を飛び交う数え切れぬ程の目に見えぬ細かい水滴。気付かぬ間にひんやりとしたそれは肌を、服を、髪を濡らしている。さっきまで渇いていた口唇も湿度を取り戻している。ここは自殺の名所と言われている日本の滝だ。ただし、彼はそうしにきた訳ではない。亡き友の追悼に来たのだ。汗と落ちた滝の水が入り交じったものがじっとりと髪を額に張りつけている。
「あの日と同じか…」
空気が、景色があの瞬間を完全に再現している。顔を伝う液体の成分に涙が加わる。道端で拾った彼岸花の花を音を立てずにそっと置いた。彼岸花は別名地獄草。これを渡すことは本来なら縁起が悪く、止めた方が良い。だが、すでに死んでしまった人間にならあちらにも届くんじゃないかと、甘い夢を見て思い付きで野に咲く花を摘んできたのだ。いつの間にか橙色の花弁にも露が降りている。中に立っているとなかなか分からないが、外から見ると霧に覆われているように真っ白だ。近くでは見えない水滴も、遠巻きに見てみると大量に集まっているのでそう見えるのだろう。
「こんな霧が無かったら」
こんな霧が無かったらあいつは死ななくてすんだのに、このような土地じゃ無ければ助けられたのに…
「もっと早く気付いたら」
あいつは俺が助けられた。なのに!なのにこの霧で隠れていたんだ!
そう言葉にせずに胸の奥で叫んだ彼はキッと目の前の滝を冷たい突き刺さるような目で鋭く睨み付けた。眼前に広がる雄大な滝。観光で来るならば思わず息を呑んで感嘆するスケール。50メートルもある凄まじい落差、これが霧を作り出している一番の原因だ。その高さから叩きつけられる大層な水量のそれは滝壺に溜まった同族の水面と共に今自分を包み隠しているこの飛び散る露を作り出している。本当に忌々しい。雨に打たれているような現状で歯をおもいっきり噛み締めて空を仰いだ。ただし、びしょびしょになっているが、空を見れば快晴だということは分かる。太陽はさんさんと照り、霧によって乱反射して一際大きい日輪を描いている。それは最早真円とは言えず、もやがかかり、ぼんやりと光を放っているといった具合だ。水滴がプリズムの代わりとなりそうしているのだろう。キラキラと光るその光は暗く沈んだ目には痛いほどに眩しい。まただ。ついここに来ると感傷的になってしまう。もう泣かないと決めたのに。悲しみは隠し通すと決めたのに。あいつのように……
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「おっせえぞ、早く来い」
大学の時のことだ。あれが起きたのは。当時あいつは化学の勉強をする学科に進んでいた。そこであいつは課題を出された。あいつだけではないがな。クラスの連中は化学的なものを使って何でもいいから道具を作れと指示された。そこであいつが作ると言いだしたのは誰も作ったことのないびっくり箱だ。コンパクトにして高いクオリティ、そしてただ驚かせるだけじゃない、人を引き込むようなものを作ろうとしていた。だが、そんな難易度の高い作品はネタすら浮かばなかった。そして刻一刻と日は過ぎていった。俺はライフセーバーになるため勉強し、訓練していた。ちゃんと今は一流のライフセーバーだ。だからこそ、あの時のことがまだ頭の片隅に引っ掛かっている。時を越える術があるというなら未来が変わろうと関係ない。この時に戻るだろう。この瞬間がこの今いる山に登っている最中だった。
「一人電動自転車に乗って何言うか」
図々しくも俺が乗ってきた電動自転車に涼しげにあいつは乗っていた。それでもなお、飄々と当然のことのように澄ました顔を決め込んでいた。
「頑張れライフセーバー」
「てんめぇ…」
訓練だ訓練、と言わんばかりの勢いであいつはケラケラと笑った。あいつは男子にしては髪が長い方だったから体を揺らすほど大笑いするとサラサラと髪がなびいた。新学年開始の課題だったので春だった。花薫る風がサァッと新緑の若葉を掻き上げた。薄桃色の桜花が吹雪のように舞い散る。緑とさくら色のコントラストは俺たち二人の心を魅了した。
「いいね、こういうのが欲しかったんだ」
山に来た理由は言うまでもない。びっくり箱の人を引き付けるという部分のため、美しい自然を参考にしに来たのだ。そして見事に予想通り、美しいその自然を目にすることができたという訳だ。日が穏やかに照る春の優しい天気は肌に心地よかった。怪しいほどに、皮肉なほどに、今思い返すとその先の惨劇を嘲笑うかのように、すぐに幸福から突き落とすために悪魔が采配したようだった。
「涼しくなってきたな」
山頂に近づくにつれ、肌寒さが増していった。気付いた時には水でぺったりと服が肌に張りついていた。薄手のカッターシャツで出かけていたので下のシャツが透けて見えていた。さらに登って行くに連れて水っぽさは増していった。呼吸の度に水分を取っているようだった。
「すげえ水だな」
あいつの言葉に答えるように俺は本来汗をかいた時用に持ってきたタオルで顔と頭を拭きながら俺は呟いた。しかし、拭いても拭いても霧はまとわりつき、最後にはタオルまでも濡れ切ってしまった。幸いカバンはエナメルだったから中身が濡れることは無かったが。露の付着したエナメルはつやつやと光っていた。
後編へ続く