コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: a lot of stories ( No.4 )
- 日時: 2011/06/13 17:31
- 名前: 北野(仮名) (ID: XK5.a9Bm)
阪神、お爺さん、信号の続き
「何だ?今の揺れは?」
「あいつらのところに行って来る」
慌てる周囲を尻目にじいさんは落ち着いて用意を始めた。
「無茶だ!止めろ」
「二人が危ない」
止める仲間を振り切って余震の恐怖も振り払い、町へと駆け出した。
「い、痛…い‥」
「大丈夫!?」
俺はギリギリ大丈夫だったが、その友達はゆっくりと倒れてきた信号の下敷きになっていた。早く助けだそうと必死に力をこめたがびくともしなかった。
「どうすれば…」
「無事か!?」
そこでじいさんがやってきた。そして、事情を説明するとすぐに助けようと実行に移った。
「玉将の息子さんを死なすわけにはいかん」
今更だがそれは店名だ。餃子なんかが売りだぞ。
「ふんっ」
近くにあった瓦礫と鉄骨を引きずって持ってきて、てこのようにしておもいっきり力をこめた。するとゆっくりだが信号は動き出した。見る見るうちに子供一人の脱出できるぐらいのスペースができた。すぐに危険地帯から脱出する。信号はもう一度ゆっくりと地に倒れた。ズシッと低く呻くように地は呟いた。
「よし、たすか…」
ベキベキベキッ!
「なっ…」
さっきまでキチンと立っていた他の信号も降り注いできた。幸い、脱出したばかりの男子はすでに遠く離れていたが、じいさんは…
ドサドサドサッ
謀り合わせたかのように、信号は全てじいさんに向かって倒れてきた。このとき、一体自分に何が出来たのだろうか。吐き出す息は生暖かく、何も言葉を放つこともできぬまま、ただただ惨劇を茫然と景色に取り込まれた意識のように眺めていた。目の前の惨劇が画面の中の出来事のようだった。いや、そう思いたかった。その光景は現実だと思っていたものと余りにもかけ離れていた。口の中に砂を詰められたように声は出ず、呼吸すら忘れていた。
「おじ…いちゃん‥」
我に返るより先に声が出た。いや、その言葉が自分を我に返してくれたと言った方が正しいだろう。ようやく言葉を発せたことにやや驚きつつもすぐさま信号の残骸とひび割れ、粉々になったコンクリートの重なる瓦礫の山に向かって走りだした。
「大丈夫!?」
ほんの少し落ち着きを取り戻したとはいえ、まだまだパニクっていた自分にはこれ以外に掛ける言葉が思いつかなかった。言葉だけではない。行動もだ。ただ灰色の塊に声を掛けることしか出来なかった。
「ここにいる、だけど」
じいさんの声が聞こえた。これを聞き付けた瞬間に、首輪を外された子犬のように声のした方向に駆け出した。しかしすぐに歩みを止めざるを得なくなった。
「来ちゃ、ダメだ」
体はすぐに反応した。だがその言葉に頭が着いていかなかった。
「行ったら…ダメ?」
「……そうだ」
「なんで!?」
「危険だからだ!」
いつもは温厚なじいさんが初めて日常で声を荒げた。確かにこんな状態では日常と呼べるかは怪しいが、いつも声を荒げているときと比べると阪神が絡んでない以上、これは日常だ。
「だから何だ!」
それまで黙っていた男の子がいきなり叫んだ。
「あんただって、分かってたはずだろ!こうなるかもしれないって!それでもあんたは俺を助けた。なんでだ!分かってるはずだ。助けたかったから、それだけだろ!?その理由で危険を顧みずに助けたあんたに止めることは出来ないはずだ!」
「私は大人だ!」
「関係ない!助けたいという気持ちに身長の大小は関係ない。考える前に体が出ていた!それでいいだろ」
信号に埋もれるじいさんを探しながらその子はそう言った。額には緊張からか、汗が浮かんでいた。必死でどうするか考える。その甲斐虚しく瓦礫に埋もれたじいさんは一向に見つからなかった。そんな中のことだ、再び絶望が訪れたのは。
グラグラッ…
「余震だ!私はいい!早く、早く逃げろ!」
「いやだ!」
「まだそんなことを!私を助けたいなら逃げろ!」
「ここにいなくてどうやって助けんだよ!」
「私をじゃない!私の心をだ!今お前たちを巻き込んだら死んでも悔やむ!」
「でも…」
「いい加減にしろ!」
ここで会話は途切れた。思ったよりも余震は強く、立つこともままならない様な程だった。瓦礫の山が崩れだす。普段からバランス感覚の悪かった俺はすぐに山から遠くへと揺り動かされた。だがもう1人はまだ格闘していた。
「じいちゃんが言ってたろ!逃げろよ!」
「まだ…まだぁっ!」
神の戯れとはどういうものを指すのであろうか。一人余震と奮闘しているその子に巨大なコンクリート、ビルの残骸が倒れてきた。非情な灰色の建築材はいたいけな子供を飲み込んだ。目の前が真っ白になった。手に持っていた二つの大切なものを手放してしまった。大切な心の一部をぽっかりと抜かれてしまった。人生というキャンパスの二つの色を失ってしまった。逃がしたものは余りにも大きく、その喪失感は量りでは計りきれなかった。
して決めた。阪神ファンとは関わらないと。自分の命を簡単に粗末にする人たちと付き合うとまた悲しみを背負ってしまう。もうあんなことは懲り懲りだ。
「マスター、勘定」
「7000円だ」
財布から一万円札を取出し、机におく。身支度を整えている間におつりが出てきた。無造作に三枚の千円札を掴み取り、バーのドアを開けた。雨が降り出しているようだ。男は何も言わずに雨に打たれつつ夜の闇へと去っていった。
二話目終わり