コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *叶恋華*Ⅱ β実話β ( No.216 )
- 日時: 2012/03/29 02:46
- 名前: 絵磨 ◆VRtMSlYWsU (ID: slzqu/cu)
- 参照: 開き直ろうずっ←
第五十七話『ばいばい』
カバンもない。
逃げ道もない。
方法も、わからない。
とりあえず何も出来ない私は、玄関の靴箱の隅で体育座りをしていた。
「……うわっ、びっくりした! 依麻じゃん! 探してたんだよー」
どこからかやってきた優が、私を見て目を見開いた。
優は私の姿を確認してから、「まなーっ」と大声で叫んだ。
するとまなは、小走りでこちらへ向かってきた。
「依麻ー! なんで言わないのさー」
「だ、だって、無理だよ……」
やばすぎるって、あれは。
「壱、さっき依麻に手振ってたんだよ?」
「え」
な ん で す と ?
「なのに依麻、あぎょぎょとか叫びながら逃げたから……もーっ」
えええええ!?
ここできてまさかの、予 想 外 の 天 外
「な、なんか言ってた?」
「なんかねぇ、『ばいばいって言ってやー』って言ったら、『人が居る場所だからな?』みたいな事言われた!」
うええええいっ!
確かにあんな人が大勢いる廊下でなんか挨拶出来ないしね。
「——まぁ、とりあえず教室行こうや。壱居るし」
「ええええいやいやいや、ちょいとそれはご勘弁を」
私は激しく首を横に振った。
するとまなは口角を下げて小さく溜息をついたあと、諦めたのか「わかった」と頷いた。
「その代わり、掃除当番の愛奈待とう」
「……わ、わかりました……」
まなに言われ、私はゆっくり頷いた。
優とまなはしゃがみこみ、私の顔を見つめる。
「ついでにね、壱に『依麻に私からって手紙渡しといて』って言ったら『なんで?』て言われて『依麻と喧嘩中だから』って言ったら『水城と?』って言われて『うん』って言ったら鼻で笑われて去ってかれた」
「え」
「なんか壱さ、話を中途半端にして逃げる」
た、確かに……。
うん、確かにそうだ。
壱は中途半端にして逃げる。
いや、私もそうだけどさ……うん。
**
そんな話をしばらくしていると、やっと愛奈が来た。
愛奈の手には、私のスクバ。
感謝です、愛奈さん。
「お疲れ、愛奈〜」
愛奈が掃除当番で待ってる間、教室へ向かったという壱の姿は見てない。
——なんだか、再び嫌な予感がした。
「じゃあ帰ろう、そうだ今すぐ帰ろう、帰りましょう」
真っ先に立ち上がり、私はそう言った。
しかしまなに腕を掴まれる。
「まぁ待てって、依麻」
「もう待てませぬ、帰——」
「——あぁ、本人居るからダメだ」
静止を振り払う私の声と被るように、低い声が聞こえた。
……どうして、次々と波乱はやってくるのだろうか。
「……龍」
優の声が、一段と響いた。
ゆっくりと振り返ると、龍と壱と原田くんが立っていた。
私、龍の声に遮られたんだ。
……ていうか、そうだよ。
愛奈が掃除当番ならば——。
同じ班の龍だって、掃除当番じゃん。
今更頭が冷静に戻り、私はその場に立ち尽くす。
龍と原田くんと壱、そして私とまなと優と愛奈の間に冷たい空気が流れた。
続く沈黙に対し、まなが小さくニヤける。
私は少しずつ冷静に戻ってきた頭で、必死に考えた。
龍の、言葉の意味。
『本人居るから』って、絶対私の事だ。
壱、きっと私から逃げようとしてるんだ——。
「……っねぇ、もう本当に帰ろ」
沈黙の中絞り出した声が、震える。
早く、一刻も早くここから逃げ出したい。
そんな気持ちが溢れ出すと同時に、壱と龍は歩き出した。
その瞬間、
「壱〜!! 待てやーっ」
まなと優が歩きだし、壱に向かって叫んだ。
壱はまなと優を見つめ、やっぱり少し戸惑っている。
「ちょ、なにさ」
「だからー、依麻が言いたいことあるんだってーっ」
「……っや、」
壱の顔は笑ってるけど、心はどうなんだか。
絶対怒る、やばいってこれ。
そこで原田くんはなにか呟いたけど、聞こえなかった。
同時に、龍と原田くんは歩き出した。
壱も後に続くように、歩き出す。
「ねぇ、壱ーっ」
「なんだよ、もういいじゃねぇか!」
そこで壱が、少し強めに言った。
壱がキレるぅぅ!!
顔は笑ってるけど、口調が危ないよあばばば。
「依麻言えって、依麻ほらほら」
「ちょい、え、いやいやいや!!」
「……じゃあ、壱! やっぱ壱から言えーっ」
「…………っ」
再び歩き出していた壱が立ち止まって、振り向いた。
先を歩いていた龍たちも、こちらを見る。
なんだか、視線が怖いんですが。
沈黙が流れ、壱と目が合う。
そして次の瞬間、
「——……ばいばい」
——突然なる、壱の攻撃。
「……ぇ、……」
不意打ち、すぎる。
一瞬にして、何が起きたかわからなくなった。
軽く笑みを浮かべて、手をこちらに向けて振る壱。
いつもより近くで見える壱の姿と、鼓膜に大きく響く壱の声。
それと同時に異常なくらい胸が高鳴って、頭が真っ白になる。
「……っぁば、ば、いばい……っ!!」
声が詰まり気味になりながらも、慌てて手を振りかえした。
私が挨拶を返すのを確認した壱は顔を逸らし、手を下げる。
そのまま素早く背中を向けて、龍と原田くんに続くように歩き出した。
「ひゅううううううううううう!!!!」
壱が去るのと同時に、優とまなが同時に叫びだした。
「やっばいね、やばい!! こっちまで胸キュン来た!!」
「『ばいばい』だってーっ!! いやぁやばい、うわぁぁっ」
大興奮するまなと優。
私はと言うと、もう言葉が出ない。
壱が、私に手を振ってばいばいって……。
嘘 だ ろ ?
「依麻、顔真っ赤!!」
「……う、」
「よかったねーっ! やばいね、まじ!!」
「いやぁ、キュンキュンごちそうさまっす!!」
二人は私の背中を、強めに叩いた。
壱が挨拶してくれたのは嬉しいけれど、なんか複雑な気分。
無理矢理な感じだったし、まなは強引に壱を引っ張ってたし。
壱は、嫌な気持ちにならなかったのかな——?
ただでさえ、壱は冷やかされるのが嫌いなのに。
さっきの『ばいばい』は、どんな気持ちで言ったのかな。
早く帰りたくて、仕方なく適当に言ったかもしれない。
……どっちにしても、さ。
壱に迷惑をかけたことは、確かである。
『嬉しさ』と同時に『罪悪感』がこみ上げ、なんだか素直に喜ぶことが出来なかった。