コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: *叶恋華*Ⅱ β実話β  ( No.244 )
日時: 2012/04/30 21:53
名前: 絵磨 ◆VRtMSlYWsU (ID: TkB1Kk0e)
参照: 完結までもうちょいでっせ

七十話『優しい言葉』


目の前に居る、愛しい人。


















「……それ、は——……っ」


軽い沈黙の後、壱は俯いて顔を見せないままでいた。
軽く困ったような、笑い混じりの口調に少しだけ戸惑う。


「……俺さ、」


しばらくした後、壱が顔を上げて沈黙を破った。


「まだ……うん」
「うん」
「付き合う……とか……、——や、まだっていうか……なんていうか……」


壱は、言葉を選んで慎重に答えてくれていた。
私は黙って頷く。


「……そういうの……考えてない、んだよね」
「……うん」
「だから……うん」
「……」
「まぁ……その……」


いつもの、曖昧な目線じゃない。
お互いに目をしっかり合わせる。
目を合わせると、君が優しく笑うから。
私も、笑みが零れた。


「……付き合え、ない」


壱は少し戸惑いがちに、そう呟いた。
真剣な顔で。
ちゃんとはっきりした言葉で、言った。


「……わかった」


私は、小さく笑った。
上手く笑えてるかな?


壱もちゃんと目を合わせて笑みを浮かべてくれてるから、大丈夫だよね。


「……あ、でも、話したりするのとかは全然いいから!!」
「うん……」


壱は、本当に優しい。
そんな優しい言葉かけられたら、切なくなる。
切ないけど、嬉しい。
壱からそんな風に言われるなんて。


「ありがとう!」


今までの中で、一番明るい声で言えた。
ちゃんと前を向けて、お礼を言えた。
ちゃんと壱を見れた。
逃げないで言えた。


それだけで、もう充分だよ。


「……うん、」


壱が頷いてくれたから。
笑みを浮かべたら、壱も笑い返してくれたから。
もう、いい。
これでいいんだ。


「……じゃあ……」


最後に二人で微笑み合うと、壱が足を動かした。


「あ、うん!! じゃっ」


私が慌てて返すと、壱は手を振ってくれた。
私も手を振り返す。
壱は背中向けて、歩き出した。
すぐに壁で見えなくなって、私は一気に力が抜けた。


たった数分の間の時間。
周りから見れば、あっという間の数分間。


私から見れば、長い長い貴重な数分間だった。