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Re: ダウト -神と少女のファンタジア- ( No.1 )
日時: 2011/09/25 11:13
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: AidydSdZ)

【第一章】 〝ゴシック〟


「————……ハァ、」

 闇が空を飲み込んで、辺りは真っ暗だった。月の光さえも当たらない、それは暗い夜だった。
 少女は震える両手を、真赤な瞳で見つめた。————否、目が赤いのではない。



 手が、紅いのだ。





『今日午前三時ごろ、東京都の都心で一人の女性の遺体が見つかりました。女性は腹部を包丁で刺され、死亡していました。警察は、連続殺人事件と見て————……』

 彼は真昼の東京都の秋葉原で、携帯電話のワンセグで可愛らしいアナウンサーの声を聞きながら、人ごみの中をぬって歩いていた。日曜日の秋葉原は、アキバ系の暑苦しいオタクたちでごった返している。
 彼の服装は、シャツをギリギリまで上げたズボンの中にしまっている中年の男の中で、一際目立っていた。
 それもそうだろう。彼は茶色の生地に紅い刺繍の入った布を腰に巻きつけ、民族衣装のような服を着ている。ズボンは少し膨らんでいて、バルーン上になっており、その上からかぶせるように茶色いブーツを履いている。
 幾らファッションにお金をかけない人たちでごった返していると言っても、今は真夏だ。ブーツを履いているのはおかしい。それくらいは分かるだろう。
 汗臭そうな中年の並をすいすいとぬって進む彼に視線が集まることには、もう一つ理由があった。

 彼は、信じられないほどの美少年だったのである。

 殺人事件を知らせを聞きながら歩くのは流石に気分が悪いので、彼は携帯をスライドさせて、ポケットらしい場所にしまった。
 彼は秋葉原を少し行くと、右へ曲がった。
 さっきまでの人ごみが嘘のような、薄暗くて静かな路地に入ると、彼は独り言をぶつぶつと言い始めた。

「今日は一段と人がすごいな……。まあ、仕方が無いか。今日は話題の新作ゲームの発売日だ。僕は既に、予約してあるけど」

 口の中でぶつぶつと呟く様子は、呪いの呪文を唱えるようでもあった。
 彼が言う「話題の新作ゲーム」とは、十八歳以下はプレイできないはずのゲームである。言うなれば、「えろげー」だ。
 彼が独り言を呟くのをやめる。路地を抜けた辺りにある、「めいどきっさ」に行こうとしていた足を止め、彼はふっと笑った。
 黒笑い、とでも言うべきか。

「こんなトコで死んでちゃ君も、成仏なんて出来ないだろう?」

 しゃがみこんで、彼は倒れている男に話しかけた。
 無論、死体は口を開きはしない。
 彼が男に触れようとした刹那、彼の背後で物音がした。空気を切り裂く、刃の音だ。
 彼はその音を聞き逃さなかった。

「くっ」

 カラン、と、包丁の落ちる音が響く。
 彼は背後から襲ってくる影の手首を掴み、握っていた血まみれの刃を手の中から叩き落した。
 ここまで、二秒。

「これは可愛いお嬢さんだ。ねぇ君。こんなところで、何してるの?」

 彼は掴んだ少女の手首を引いて、顔を少女の耳元に近づけて囁いた。
 少女は、切らした息を整えながら頬を赤らめた。
 美少年に耳元で囁かれて、頬をそめない女性が居るものなら見てみたい。

「こんなところに居たら、僕が食っちゃうよ?」

 彼は彼女細い手首を二つ束ねてしっかりと握り、「めいどきっさ」への階段を上っていく。
 かんかんかん、と、ブーツが金属の階段に当たって音を鳴らした。

「ちょっ、ど、何処連れて行くつもり!?」

 少女が甲高い声で叫んだ。
 少年は、長くて美しい人差し指を少女の唇に立てて当てた。ピンク色のやわらかい唇の感触。その感触にゾクゾクしながら、少年は音を立ててしー、と、息を吐いた。

「静かに。ほら、人が来るよ」

 幾ら路地だとしても、此処は秋葉原であって、路地にある「めいどきっさ」やその類に入る店も多いわけで、人通りもそれなりだ。
 少年の見つめる先には、人影が一つあった。

「————……な、にアレ……」

 否、物影が一つあった。その黒いモノはぬっと這うように地面を進み、さっきまで彼らが其処に居た場所——、死体の前に立って何かを考えているようだ。

「魔族だ。店に入ろう、此処は危険だ」

 少女が返事をする前に、少年が手を引いて店の扉を開く。カラン、と鈴の音がして、受付に居た女性が出迎える。

「ぉかぇりなさぃませ、ご主人さまぁ!」

 文字に表すと、まさにこうなるのだろう。少年はさめたつきで女性を嘗め回すように見た。
 黒と白のフリルのヘッドドレス、リボンやレースが沢山ついた、パニエ上になったワンピースに、黒のブーツ。ゴシックロリータ、略してゴスロリだ。

「平凡な服装、平凡な言葉。もうちょっと工夫してもいいんじゃないかな? 思い切りは大切だよ」

 にっこりと彼が微笑むと、女性は顔を赤くして、はいと小さく頷いた。
 少年は少女の両手を掴んだまま、奥のほうの席につく。どうやら其処は彼の指定席らしく、それなりに行きつけているのであろう。
 少年はまず、少女の表情を伺った。
 自分の行き着けとはいえ、「めいどきっさ」だ。小学生ぐらいに見える女の子には、やはり汚れて見えるのだろうと思ったからである。
 が、少女は彼の期待を裏切った、笑みを咲かせていた。

「あの女の人の服、可愛い……」

 と、呟く様子に、少年は片方の眉をつりあげて苦笑いするしか無かった。

「君、ゴスロリ好きなの?」

 彼が少女に問うと、少女は笑顔のまま彼の方を振り向くと、小学生特有のキラキラした瞳で彼を見つめた。

「ゴシック、好き」

 彼女の返事に、少年は小さく溜息を吐くと先ほど受付に居たのと違う女性を名指しで呼んだ。呼ばれた女性は、ハイと元気な声で返事をすると、駆け足で彼の元へ急いだ。
 彼はテーブルの前に来た受付の女性とは少し違う服装の女性に、少女のことを指差しながら言った。

「この子、ゴスロリ好きみたいだからさ。君が着てるようなのが売ってる店、知らないかな?」
「ハイ、この辺りですと……。あ、少しお待ちいただけます?」

 勿論、と彼が返事をすると女性は笑顔で頭を下げて、受付の方へ走っていった。
 走り去る女の姿を見つめながら、少女が呟いた。

「アンタ、誰?」

 少女が一番聞きたかったことであった。
 二人の女性店員が彼の方を向いて、なにやらひそひそと喋り、くすくすと笑いあい、ニコニコとしているのが目に入る。

「俺? 俺は神さ、その名の通りの、ね」

 神?と、少女が聞き返した。
 二人の女性店員は客に呼ばれ、さっとばらけて注文を聞きに入る。

「そんな奴、居ない」
「どうしてそう思うんだい?」

 受付からさっきの女性店員が戻ってくる。
 少女は少し間を空けて、女性店員が戻ってくる前に彼に言った。

「少女一人も助けられない。居たとしても、いらない」

 そうか、と彼は小さく呟いた。その細い綺麗な淡い緑色の瞳がさらに細くなった。
 女性店員がテーブルの前に着き、左手に持ってきた地図を開く。

「お待たせいたしました。此処のお店になります」

 店員の黒地に白の十字架の入ったネイルの先が指差した場所を、神と名乗る少年はしっかりと記憶すると、店員にお礼を言った。店員がかるく頭を下げる。
 そのまま、彼は少女の手を握って、立ち上がった。

「今日は何か食べて行かれないんですか?」

 店員が言った。
 彼はにっこりと、受付の女性に向けた笑顔で店員の顔を見る。

「今日は大丈夫。ほら、君の顔が見れたから、ね?」

 店員が再び頬を赤く染めるのと同時に、二人の女性店員の黄色い声が上がった。
 オタクファッションの中年たちの視線を気にせず、彼は受付まで戻った。受付の女性に頭を下げると、扉を押して外にでる。

「ゴスロリ、着たい?」

 少女に問うと、少女はさっきのキラキラした瞳を取り戻して彼に言った。

「着たい。でも、お金無い、だろ?」

 彼は少女の瞳と合わせて、キラキラした瞳を作り、ううん、と返事をした。

「金なんて幾らでも出せる」
「は?」

 そういうと、彼は左手を開いて手のひらを上に向けた。すると、一万円札が一枚、彼の左手の上に現れて落ちたのだ。

「マジックか?」
「魔法さ。召喚魔法」

 彼は一万円札を二枚ほどだして、行こうかと少女の手を握りなおした。

「私、さっきアンタの名前を聞いたのだが」

 さっきより少し人の減った大通りを歩きながら、少女は彼に問うた。
 道を行く人々は彼らの姿をじろじろと眺めながら通り過ぎていく。彼に加えて、彼女もかなりの美人だった。

「名前? ……そうだなぁ、ロスト、とか、どう?」

 人が減ったのはさっきの死体が見つかったからじゃないか、と、少女は思った。ほうっておくと直ぐに思考が悪いほうへ傾いてしまうので、考えることを止める。

「どう? って言われてもなぁ……。何でもいいんじゃない、じゃあロストってことで」

 ——変な自己紹介だな。
 少女はくすっと笑って、また表情を無に戻してから返事をした。彼もくすっと笑って、表情をプラスに傾けたまま言う。

「うん、じゃ、そういうことで。君は?」
「一応殺人犯だから。じゃあ……アレン、とか」

 たった今浮かんだ名前を堂々と口にする彼女は、これまで相当な数の嘘をついて来たのかもしれない。彼、ロストはニコニコとしたままだ。
 彼の笑顔が輝きを失った大人たちには眩しすぎるほどの物なのだろう。

「男らしい名前だね」
「悪いか」
「ぴったりだと思うよ」

 まあ、こんなもんだろ、と少女アレンは口の中でもごもごと呟いた。
 ロストは歩きながら、アレンのふわふわと揺れる質の良い長髪を手にとった。アレンが足を止めると、ロストも足を止めた。
 道を行く人々は彼らをもの邪魔だ、という目で睨みながらに避けて通る。

「ほら、この綺麗な銀色にもぴったりじゃない?」

 アレンの髪は銀色だった。宇宙に降る小さな欠片を集めてちりばめたような、美しい銀色。自分の髪の色をあまり好きになれないアレンは、目を大きくした。

「綺麗?」
「綺麗だよ」

 そうか、有難う。アレンはその言葉を素直に言えなかった。理解できなかった。
 ——あんなに馬鹿にされたのに?

「行こうか、邪魔みたいだよ」

 人々の目線に今頃気がついたロストは少女の手をとって、歩き出した。アレンも不服そうな顔で歩み始める。

 ——まあ、悪くもない、か。