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- Re: 〜*日替わり執事*〜【第11話更新】 ( No.34 )
- 日時: 2011/11/19 19:05
- 名前: 棋理 ◆U9Gr/x.8rg (ID: 3s//keBI)
第12話『たとえそれが納得の行く理由でなくても本人が良いというのなら良い』
「えーと……なんとなく?」
「……は?」
光さんの疑問にきちんと答えたはずなのに、めっちゃ怪訝そうな顔をする。
え、ちょ、これって私が悪いの?
そう思っていると、光さんが言葉を濁しながらも、何とか言葉にする。
「えと……お嬢様。失礼ですが、なんとなくで学校に入られたのですか?私には、お嬢様がそんないい加減な方とは思えないのですが……」
どうやら光さんの中で私は過大評価されているらしい。
私って、結構いい加減だと思うんだけどな。けれど、ひとまず光さんの疑問に、きちんと答える。……いや、私としてはちゃんと答えたつもりなんだけど、光さんとしては釈然としないらしい。
「えと、詳しく説明すると長くなるし、捉えかたによっては結構重くなっちゃうし………。それでも良いというなら、ちゃんと話しますけど」
「ちゃんとということは、冒頭の説明はちゃんと話していなかったというのですか……?」
まぁ、ぶっちゃけるとそういうことになりますよね。
「……私はお嬢様のことが知りたいです」
「……じゃあ、話しても良いですか?」
「はい」
小さく頷くと、光さんは背筋を伸ばして私の語りに付き合ってくれた。
「ま、簡単に言うとね。”普通の生活”が味わいたかったんです。アメリカから戻ってきたときは15歳。日本では義務教育が終わっているけれど、その先にはまだ高校という道がある。だったら、通いたいって思ったんです。おそらく縁が無い、普通の生活が」
それは純粋な気持ちだった。アメリカの大学を飛び級で卒業したという自体、“普通の生活”からかけ離れている。私としては、普通に勉強して普通に卒業しただけ。けれど、それは私以外の人からしたら、普通じゃないのかもって、そう思った。そしたら急に、私は人とは違うんじゃないか。私は一般的な15歳とはまったく違って、別の世界の人なんじゃないって、そう感じた。
————怖かった。
自分が周りとは違うということが、異様に怖かった。そのことを話したら、お母様もお父様も最初は苦渋な顔をしていた。そりゃそうだ。アメリカの大学を卒業した娘が、普通の県立高校に通いたいと言い出すのだから。特にその学校は秀でたところも無く、かといって衰えたところも無い、ただの平凡な高校。そこに行って何かを目標として頑張るわけでもなく、ただ“普通の生活がしたいから”というだけで通うなんて、親として理解が出来ないだろう。けれど————
「一時でも良いから、味わってみたかったんです。そして、知りたかった。私から見た“普通じゃない生活”に馴染めるのかどうか」
そこまで言うと、私は紅茶を口に含む。すでに冷えてしまった紅茶の香りが口内に広がり、そしてのどの奥へと流れていく。不思議と、それだけのことなのにずいぶんとリラックスできた気がした。
ちらりと光さんを見ると、なんともいえない表情をしていた。そりゃそうだ。導入は結構明るい感じに入ったはずが、内容はじゃかん重めだったのだから。
私はその様子を見て、苦笑とも自嘲とも言える笑みを光さんに見せる。
「ま、ただそれだけのことです。しょーもない理由ですよ」
その言葉で我に返った光さんは、私のティーカップが空になっているのを見て、あわてて紅茶を注ごうとする。その優雅な動作を、ただボーっと見つめる。
「なんかすみません。まさか光さんがこんなにドン引きするとは——あ、いやまぁ分かってましたけど。なので、あえて導入は明るくしようとしたんで」
「あ、いえ。その……お嬢様の話を聞けて、少々嬉しくなってしまって」
————は?
その言葉に、今度は私がなんともいえない表情をする。
「どういう、意味ですか?」
「正直申しまして、お嬢様はきっとはぐらかすんじゃないかと思いました。執事とはいえ、初対面同然の私に、そのようなご自身の事をお話になることはないと」
ですが、と言葉を切る。
そして、湯気が立っているティーカップをテーブルに置いた。
「お嬢様。今後はそのような話を私たちにしてくださいませ。奥様と旦那様から聞くところによると、お嬢様は内側に溜め込む節があるようで」
「それは……」
正直、自分でも時々思う。
というか、苦手なんだよなぁこれが。人に自分の弱さとか吐露するのって。
けれど、光さんは私の目をまっすぐに見て言う。
「私たち……いえ。少なくとも私は、お嬢様のお気持ち。本音。言葉を、お嬢様の口から聞きたいと思います。そうすることでお嬢様のことが分かるような気がしますので」
そして、ふんわりと笑みを見せる。その笑顔に、一瞬心が揺さぶられた気がした。
いや、こう言っては失礼だと思うが、異性としてではないと思う。ただ、年上の——そう、頼りがいのある年上の男性として、何故だかとても頼もしく見えた。
その言葉に、私は心を安らかにして言う。
「私は光さんのことを信頼して、とても頼もしく感じます。なので、多分、ですけど。今後、光さんになんでも頼ってしまいそうな気がします。それでも、その……良い、ですか?」
一瞬、光さんは驚いたような顔をした。対する私も、実は驚いた。他者に弱みを見せたことの無い私が、このような言葉を発したことに。
けれど、不思議と恥は無かった。ただ、あるのは安心感。
そして。
「もちろんです、お嬢様。執事とは——少なくとも、私はそのためにここにいるのですから」
あの、光赤く染まり始めた空の下で、私は始めて。執事さんが……光さんがいてくれて、良かったなと。そう感じた。