コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 西條視点 ( No.12 )
- 日時: 2012/04/22 20:55
- 名前: 紫亜 ◆N4lxHV1tS2 (ID: CyM14wEi)
- 参照: 今のところ毎回2000字を目指しているが、そろそろ疲れた
「あのー……。 ……どうしたんですかー?」
「………」
「…………」
返事がない、 ただの屍のようだ。
なんて少し古い気のするネタを、 心の中で呟いてみる。 勿論相手に聞こえるはずもなく、 それ故くすり、 と笑ってくれることもない。
ところで、 誰だこの人は。 制服の真新しさ、 まだ着慣れていないらしいその姿、 そして自分と同じ色の青いネクタイ。 ネクタイの色は学年ごとに統一されているので、 彼と俺は同じ学年だと断定できた。
何だろう、 この人。 入学してからまだ一週間も経っていないというのに、 どうしていきなり校門の前で寝ることが出来たんだろう。 否、 どうしてそんな選択肢が出てきてしまったんだろう。 彼の頭のGOサインよ、 もっとちゃんと働いてやってくれ。
こんなところでしゃがみ込んで……いや、 立っていたのだが、 途中で疲れて座ってしまったのだろう。 背中がピタリと壁に密着しているところや、 壁に沿ってしゃがみ込んだときに出来る特有の皺があるところを見る限り、 きっとこれは断定できる。 ……気がする。
何の夢を見ているのだろうか。 まあ、 恐らく何か嫌な夢を見ているのだろう。 何か、 彼の癪に障るような夢。 なあ、 そうだろう? その皺の寄り過ぎた眉根よ。
と、 俺は目の前で熟睡している新入生に対し、 突っ込みつつ適当に理論をこじつけてみた。
あくまで “こじつけてみた” だけであって、 真偽は知らない。
ところで今俺の居る状況のビジュアルだが、 どうやら今俺は、 下校途中に友人が急に具合が悪くなり、 一先ず壁にもたれさせて様子を見ている優しい新入生に見えているらしい。
周りから聞こえる声は俺を賞賛する声と、 彼の身を (健康的な意味で) 案ずるもののみだ。 あとは、 俺の美貌にのみ目が行っているミーハーどもの外見に関する感想。
いや、 正確には俺 “ら” と言うべきだろうか。
彼、 ずっと眉根の皺にしか目が行かなかったが、 なかなかの美人だ。
鼻筋も通っているし、 目の位置も形もいい。 薄い唇は淡い桃色で、 変態が見たら欲情するだろう。 残念ながら俺にそういった趣味は無いが。
睫毛も長いし、 ニキビひとつない肌に荒れている様子はない。 眉毛の形も整っている。 黒く艶のある髪はサラサラした真っ直ぐなストレートで、 癖毛どころか枝毛すら見当たらない。 細く柔らかい髪質であるのに癖がないのは相当珍しいのではないか。 恐らく全て原産……手を加えた部分は、 肌を除けば殆どないだろう。
尤も、 肌に関しても毎日顔を洗っているだけで、 もともと綺麗なのだろうけど。
このことに関しては理屈はあえて付けないでおこう。
髪型も似合っているし、 制服の着こなし方も同じくだ。
変にキッチリ着ているわけでもない。 だがだらしないわけでもない。 恐らく、 彼自身この学校の制服が似合っているのだろう。 多少着慣れていない感じはするものの、 さほど違和感はない。
彼、 みてくれだけ言うと文句の付けようがない。
これは女性が見惚れても仕方ない。 いや、 正直俺より彼の方が美しい顔立ちをしていると思う。 女性陣よ、 何故気付かない?
一応言っておくが、 謙遜ではない。 決して違う。
と、 そろそろ本題に戻ろうか。 というか彼を起こそうか。
「あのー……風邪引きますよ?」
だが建前の俺が強く言えるはずもなく。
優しげに彼の肩を揺するのが限界だった。
「あのっ……ここ、 学校ですよー……!」
だが俺の良心が、 ここで引き下がってはいけないと言う。 これだから常識っていうのは、 つくづく怠け心をぐら付かせて困る。
俺は目の前で何ともマイペースに自分の時間 (もとい何だか嫌そうな夢) に浸り続けている名前も知らない同級生に、 声を掛け続けた。 だが一向に目を覚ましてくれない。
と、 そんなとき、 学校の時計台から鐘の音が聞こえた。 五時を告げるチャイムだ。
ああ、 今日は疲れたから早く帰りたかったのに——そう考えていた矢先。
「ッッッ…………!!」
彼はもの凄い形相で飛び起きた。
何だ、 俺の声じゃ起きなかったくせに。 アラーム選別機能でも付いているのか、 アンタの耳と頭には。
と、 まずは一通り思ったことを脳内で呟く。
そして俺は 『自分が何度も起こしてやっていた』 と遠回しに彼へ主張した。
すると彼、 何故だかキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。 何なんだ、 一体。 俺の顔に何かついているか? 青海苔とか、 そういう類のものが。
彼はしばらく俺と見つめあった後、 我に帰ったように
「あ……。 …………すいません、 有難うございます。 もう平気です」
俯いてそう言った。
先ほどまでは目を閉じていてよく分からなかったが、 彼の瞳は大分濁っているように見える。
何だろうか、 ずっと見ていると、 この世の終点が見えてしまいそうな——
——想像するだけでも何だか恐ろしかったので、 俺はそこで考えるのをやめた。
そして俺は彼に軽く笑いかけ、 生返事をした。
最後に名前を聞いて、 別れを告げて立ち上がる。 そして愛想笑いを振りまいて、 歩き出した。
そのまま走り出そうとしたが、 それは彼の言葉で遮られてしまう。
「ねえ……」
ふいに後ろから声がした。 何だか無性に驚いて、 弾かれるように振り向いた。
その時の彼の目は、 何か嫌なものを見るように荒んでいた。
「それ、 君の本当の笑顔?」
————初めてだった。
——建前の俺のことを “汚らしく見る” 人も、
——俺の笑顔に “本物か” と聞いてくる人も。
だからだろうか。
俺はその時、 少しだけ彼に気を許した気がする。
「…………さあね。 今じゃあ、 どれが本物なのか分からないよ」
「……そう。 僕、 君はいくらか開き直ってて好きだ」
「……光栄です。 じゃあ、 また明日ね。 バイバイ、 橘くん」
もう一度笑顔を向け、 俺はその場を去った。
橘くんも立ち上がり、 俺とは逆の方向へと歩いていった。