コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

日向視点 ( No.26 )
日時: 2012/04/22 21:01
名前: 紫亜 ◆RC5Rh1pXuc (ID: CyM14wEi)

今日は皆で、 棗くんの貰った鍵の部屋へ行く。
昼休みに見せてもらった鍵は、 何となく古めかしい感じがした。

棗くんとの約束で、 HRが終わったら七組の教室前に全員が集まることになっている。 五組は他のクラスと比べてHRが少しだけ早く終わるので、 ボクはあとの三人が終わるまで暇なのである。

「…………」

暇なので、 ボクは自分の机に軽く腰掛けて、 次々と教室を離れていく皆の去り際を手を振って送り出す。 次々と教室を出て行くクラスメイトたち。 今一人、 手芸部の女の子が。 今三人、 バスケ部の男の子たちが。 今度は二人、 バレー部の女の子と卓球部の女の子が出て行く。 やっぱり運動部は活動のテンポがいいみたいで、 誰もが既にその部活特有の持ち物を持っては喜々として各々の活動場所へと向かっていく。 忙しいのだろうか。 いや、 むしろ本当に忙しいのだろう。 主にサッカー部やテニス部といった、 この学校で強いのだと名高い (らしい) 部活に所属している人たちは皆教室を出るなり廊下を忙しなく駆けていく。 充実してるんだろうなあ。
それにしても、 皆はとても優しい。 まだ入学して間もないのに、 ちゃんと手を振り返してくれるのだから。 ボクはまだ明るい窓の外を見つめて、 しみじみと思い腕を組む。 今ボクわびさびってる。 何か今ボク新しい動詞作っちゃった。
ふわふわとよく分からないことを考えていると、 何となくおもしろくなってくる。 早く部活へ行きたい。 とは言っても、 部室がないボクたちにとっての “部活” とは、ただ皆で集まり所々皆で寄り道したり冒険したりしているだけの云わば集団下校に過ぎないのだけれど。
まだ部活を設立して三週間ほどだけど、 それでも。 既に “部活” という “居場所” が出来ていることに気がついて、 少し嬉しかった。

「あ。 橘くんばいばーい」
「……あ、 うん。 ばいばい」

最後までしっかりと帰る準備をしていた橘くんを送り出し、最後に演劇部の女の子二人を見送ると、 とうとう教室にはボク一人になってしまった。 皆出て行くの早いなあ。 むしろボク遅すぎるのかな。
橘くん……ボク、 橘くんと初めて会ったとき、 『この人とは絶対に仲良くなりたい!』 って思ったんだよなあ。 何となくだけど。 ……そういえば、 橘くん……お昼のときとか一人だよなあ。 あんまり自分から人に関わりに行かないっていうか……。
……橘くん、 とんぐ部に誘ったら皆怒るかな。 ……そんなことないかな? 皆優しいし。 でも、 逆に橘くんに迷惑かな……だけどこの学校、 絶対部活入らなきゃいけないし。 橘くんまだ部活入ってないよね?

一人で橘くんについて (勝手に) (ごちゃごちゃと) (おせっかいだけど) 考えた結果、 行き着いた先はあの日と同じだった。

「ねえ、 橘くん!」

既に階段へと曲がりかけていた橘くんが、 ゆっくりと振り返る。
ああ、 隣のクラスはもう空っぽだ。 全員を見送ってるうちに、 流石に他のクラスも終わるよね。 うん。
皆が曲がって行ったほう……運動部の集まる体育館や、 文化部が活動している管理棟、 運動部の部室館、 それから武道館がある西側へと向かう五組からの最短ルートである右側とは逆を唯一歩いていた橘くん。
理科室や美術室もある管理棟へと向かうために右側へはよく曲がるものの、 逆に左側の通路は登下校以外には利用しないために、 自ずとその通路を突き当りまで行った先にある階段は、 この時間になると人通りが少なくなる。
部活に所属しているといっても、 とんぐ部は今のところただの帰宅部に過ぎないのであって、 つまりはとんぐ部もこの時間はよくこの通路を、 皆と逆走して通るのだ。

「あ! おい、 たく……」

「橘くん!」

「ええええええええええええええええ!!!!??」

ボクは小走り……というか全力疾走で橘くんのいる20mほど先へ向かった。 橘くんはびっくりしたのか、 肩を大きく震わせたけれど、 まあそれは面白かったからいい。
橘くんの肩をしっかりと掴み、 軽く息をついてから橘くんの目をみる。
瞳を揺らしながらも、 口を半開きにしながらもボクの目を真っ直ぐ見てくれる橘くん。 ……やっぱり彼は、 根っからのいい子だと思うよ僕は。

「橘くん! ちょっとお時間いいですか!」
「え、 え? え?」

わ、 橘くんうろたえてる。 どうしようボク今これ大丈夫だよね。 変質者みたくなってないよね。
橘くんがよろけかけてしまったので、 ボクは肩から一度手を離して代わりに彼の両手をしっかりと握り、 もう一度彼と視線を合わせる。 橘くんの目の泳ぎが少なくなってきたところで、 ボクは話を切り出した。

「橘くん! ボクたちの部活においでよ!」
「え? ……日向くんたちの……部活?」

あれ、 首を傾げちゃった。 知らなかったのかな、 ボクらの部活のこと。

「え……日向くんたちの部活って……え? 何部?」

ああ、 知らないのか。 ちょっと焦っちゃってるよ橘くん。 目ぐるぐるしだしちゃったよ。 おもしろいなあ。
様子を伺っているうちに、 橘くんは挙動不審になってきてしまった。 うん、 おもしろい。 とっても。

「あのね、 ボク、 部活作ったんだ! いや、 ボクだけのじゃないけどさ。 この学校、 部活強制所属でしょ?
 ということで、 橘くんを誘いに来ました!」
「……誰の指示で?」
「ボクの独断」

キッパリと言い切ると、 橘くんはフイと視線を床に落とした。 何かあるのかと気になったので、 僕ボク同じく下を見てみる。 だけどそこには特に変わったものはなく、 彼がただ目を逸らしただけだと気付いた。

「……迷惑じゃないかな、 って思ったんだけどね。 流石に。 まだ部の皆にも言ってないし。
 だけど、 だけどね。 ボク、 なんとなーくだけど。 橘くんを僕らの部活に入れたいんだ」

橘くんの手は、 少し冷たかった。 だけど、 その代わり心がじんわりと温まっていく感じがした。
きっと、 この子は人と付き合うのに慣れていないだけなんだろうな。

「他に目ぼしい部活があるなら無理には誘わないけど」

ボクは二ヒッと笑ってくるりと180度回ると、 橘くんに手を振って走り出す。 今は、 まだ答えはいらない。 少し時間をかけてでも、 橘くんにはゆっくり考えてほしいから。
部活に所属しなくていいその期限は、 六月に行われる体育祭までだそうだ。 ……まあ、 それまでには彼を部に入れたい。 うん。 入れたい。

鞄を置いてきてしまったので、 ボクは五組に帰るつもりだった。 だけど、 どうやら後ろでずっと棗くんが叫び続けていたようで。 ぷりぷりと怒る棗くんに苦笑いを向けておく。
そして、 ボクたちは今日の本題へと歩を進めるのだった。