コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

黒田視点 ( No.27 )
日時: 2012/04/22 21:02
名前: 紫亜 ◆RC5Rh1pXuc (ID: CyM14wEi)

「……おい、 本当にここか?」
「……たぶん」

棗と、 何故か拓斗の先導により辿り着いた教室。 ボードには、 【少人数教室】 と書かれていた。 扉ののぞき窓には埃が全体にかかり、 うっすらとしか中は見えない。 だが、 その様子からあまり掃除はされていないことが伺える。

棗は思い出したように、 昼飯の時間に鍵を取り出したのと同じ制服のズボンの右ポケットから、 例の鍵を取り出した。 そして、 いつになく真剣な顔つきで口を開く。 その様子に、 思わず背筋を伸ばした。

「……この鍵の中のどれかが、 この教室のと一致したら……オレと拓斗に百円よこせよ」
「十円玉が十枚と一円玉が百枚、 どっちがいい」
「そういう話じゃねえよ」

俺の軽いジョークに、 棗は真剣な顔を崩さず、 しかしすかさず返事をした。 それを見た拓斗と竜夜が突如口を勢いよく押さえて俺たちから体を逸らし肩を揺らしていたのを俺はしっかりと目撃した。

「おい、 鍵開けるぞ?」

部員がそろそろ集中力を切らしてきたことを察し、 部長が俺たちに向けて言う。 俺たちは棗を先頭に後ろについているので、 顔をこちらに向けずに前を向いたまま言葉を発した棗の表情を知るものは誰もいなかった。
だが、 俺には何となくわかる。
きっと、 目を見開いているのだろう。 そして、 口元を緩めているのだ。

棗がやや低めに、 抑揚をあまりつけずに、 しかしどこか上擦っているような声音で何かものを言ったときの顔は、 だいたいそんな感じなのだ。

「まず、 この……なんか、 一番貫禄を感じるやつからな」

一番貫禄を感じるやつ。 それは一つだけ明らかに黒ずんでいて、 そしていくつかあるなかで最も大きく、 謎の存在感を放っているものだった。

「まず、 って……どの鍵を使うとか聞いてなかったのか?」
「聞いたけど忘れた」
「だめじゃん」

呆れた、 というか力の抜けたような顔をしてダメ出しをする拓斗に、 棗は少し口を尖らせたものの、 すぐにいつものニヘラっとした顔に戻り、 鍵穴にその鍵を差し込む。

……差し込む。
…………差し込む。
………………差し込んだのだが。

「……大きすぎちゃったね」

竜夜の苦笑まじりのコメントに、 一同は肩を落とすのだった。

「何で誰も気付かなかったんだよ! こんな鍵穴にこんなでかい鍵入るわけねーだろ!」
「棗くんがそれでやってみるって言ったんじゃない! 欲を捨てろ愚か者!」
「やめろ拓斗! 棗がちょっとドジ踏んだだけだ!」
「そーだそーだ! って、誰がドジだ!!」

窓の外から、 野球部の声が聞こえていた。
広い広いグラウンドに声を響かせ、 俺たちにまで元気を届けてくれる。
期待に目を輝かせ、 泥だらけになりながら白球を追いかける野球部の面々を見習いたい。
俺たちは何だ、 いったい。 誰もいない廊下で、 ひたすらギャーギャー騒ぎ続けている。
この状況を何とか打破しようと、 俺は今まで話に入ってこなかった竜夜の方を見た。 こういうときに一番頼りになるのはあいつだ。
そして俺は、 竜夜の姿に目を疑った。

「…………っらァ!!」

スパァン。

高く上げられた竜夜の細長い脚が、 斜め下へと宙を切った。 素早く振り下ろされた竜夜の右足の内側面が、 そのまま古びた教室の扉を直撃する。 急な衝撃を加えられたそれは、 少し嫌な音を立てて軋み、 左へ勢いよくスライドする。 そして、 人が一人ずつくらいなら入れそうな隙間を作り上げた。
驚いた。 あの竜夜が、 教室の引き戸を蹴破っていたのだ。

「ふう……開いたよ、 棗くん……どうしたの、 三人とも?」

まるで何事も無かったかのように。 まるで当然のような顔をして、 いや、 とてもスッキリした顔をして、 竜夜はこちらを振り返った。 そう、 まるで酷いDVをする旦那に逆に殴りかかってやった専業主婦のような。 しばらく苦しんだ便秘に、 やっと開放されたかのような。 バク転がきまったような。 そんな、 全てが満ち満ちたような、 満悦した表情をしていた。
煌めく汗が爽やかで美しいが、 酷い惨状の扉を見ているとそうも言っていられない。

その様子を同じく見ていた棗や拓斗も動きを止め、 というか完全に硬直し、 俺もグラウンドの野球部の声が全く聞こえなくなった。
竜夜はそんな俺たちにちょろりと首を傾けて理解不能 (´・ω・`) を示した後、 まだ固まり続けている棗や拓斗を尻目に先ほど自ら蹴破った扉に体を向けなおした。

あの瞬間、 実は竜夜が鬼に見えたなんてことは、 きっと墓場まで持っていかなければならないだろうな。

竜夜は例の引き戸に手をかけて、 少々乱暴に丁寧に、 上下左右へガタガタと動かしていた。 もともと埃っぽく汚く、 そこら中から木屑が出てくるようなボロくて可哀想だったが彼が鬼の形相で蹴飛ばしたことによって、 一層悲惨な状態になってしまった。
哀れむ以外にどうしようと。

「竜夜、 どうした?」

ていうかどっから開けた。

「ああ、 由紀生くん。 この扉、 相当建て付け悪いみたいだよ。」

それで苛立って蹴ったのか。
恐ろしい思考回路だな、 こいつ。

「さっき軽く蹴ってみたら、 ちょっと開いたんだけど……」

軽く……だと……?

「ていうか竜夜、どっから開けたんだよ」

ようやく硬直から帰ってきた棗が、竜夜に聞いた。
一応は様子を見ているようで、何となく安心した。

「え? この……一番存在感薄い鍵で試してみたら開いたよ」
「え……うわホントだ存在感うっす!!!」
「あっ……こんな鍵あったんだ……」

鍵に失礼じゃないか? 三人とも。
それにしても、 棗がもらった鍵は四つだったんだな。
どこに隠れていたんだ今まで。

「まあ、 部屋も開いたことだし、入ってみようぜ!」

途中から心の中で突っ込み続けて疲れていたので、 棗の提案は嬉しいものだった。
これで、 その 【少人数教室】 とやらの中が綺麗だったらいいのだけれど。