コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。ただいま祭り開催! ( No.286 )
- 日時: 2020/12/26 20:41
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: OMB1sthW)
第11章 王良家こんぷれっくす!
どういうつもりでしょうねぇ?
翔さんの家でも同じでしたが、今回も同じですよ。えぇそうです。
「まさか……またいるとは。天華さん達までいますし」
現実逃避しようかと思いましたが、できませんでした。
いつものように翔さん達がそこら辺に散らばって寝ています。今回はちゃんと布団をかけていますが。怜悟さんは騎士のように刀を抱えて寝ていますね。
私は夜中に目が覚めちゃいまして、それでこの状況に気づいたんですね。
ですが、とある人の影が見えませんが……。そうです、空華さんです。
「空華さん、トイレでしょうかね……」
気にしないでおきましょう、そういうのもあります。
目が覚めてしまったので、私は庭に出てみようかと思いました。ここはとても広いので。
ゆっくりと抜け出して襖を開きます。ひんやりとした夜の風が頬をなでました。
「……あ、」
広い庭は月明かりによって青白く光っています。
その広い庭の真ん中で、誰かが立っていました。
ぼさぼさの黒い髪に長身痩躯の体系。月を見据えるエメラルドグリーンの瞳。手にはヴァイオリンが握られています。
空華さんです。
「く、」
名前を呼ぼうとしましたが、空華さんはヴァイオリンを構えますと音楽を奏で始めました。
切なく響き渡る音色。私は声をかけられず、ただ空華さんの演奏を聴いていました。
すると、それに合わせて歌声が重ねられます。
「〜〜〜……♪」
どこかで聴いた事ある歌です。確か、一昔前のバラード曲ですね。
私は縁側に腰をかけ、空華さんの演奏を聴いていました。
歌詞はどこか切なげで、男女の2人が引き裂かれたような歌でした。女の人の歌でしょう、男の人を思い続ける歌です。
あまりに切なすぎて、悲しすぎて。私の瞳からは涙が流れていました。
いよいよ間奏です。空華さんの手が動きます。
「……!」
激しい演奏。空華さんは止まる事なく弾きます。
空華さん、こんな事もできるんですね。
「って、銀ちゃん?! 今まで聴いてたの泣いてるし!」
「え、あ。空華さん」
私に気づいた空華さんは、演奏を止めて私の方へ駆け寄ってきました。
空華さんは汗をふく為に置いてあったタオルで、私の涙をぬぐいます。
「ごめんね、汗臭いだろうけど」
「い、いえ。大丈夫ですよ、空華さん。えーと、それよりも……もう少しだけ、聴かせてもらってもいいですか? さっきの歌を」
空華さんは目を丸くしました。ですが、すぐに微笑を浮かべます。
「おっけい。お姫様のご要望にお応えしましょう」
ヴァイオリンの弓を構え、さっきの続きから聴かせてくれました。
朗々とした歌声が、星空へ上って行きます。
どうかどうか、私のことは忘れてください。
未来を生きる貴女は、どうか振り返らないでください。
私は見守ります、貴女を遠くから。遠い遠い、空の果てから。
だから泣かないで。いつかまた会えた時、たくさんお話しましょう。
そこでクライマックスの演奏が入ります。ヴァイオリンの音色が、ゆっくりと消えて行きます。
気づけば私は、その歌に拍手を送っていました。
「ありがとう。そこまでじゃないけどね」
「すごいです。ヴァイオリンなんて弾けたんですね」
「これぐらい、王良家の当主はできませんと」
額の汗をぬぐい、空華さんは私の隣に腰をかけます。
冷たい風が、私と空華さんの間を駆け抜けました。
「……兄弟の皆さんは、空華さんを尊敬しているようですよ?」
「いきなりどうしたの?」
「空華さんは兄弟思いのお兄さんで、皆さんに尊敬してもらっていると言う事ですよ」
「へぇ。俺様って尊敬されてたんだなー」
自覚ない、と空華さんは足をぶらぶらさせて月を見上げます。
綺麗な満月が、私達を見下ろしていました。
「そうだ。蛍、身に行かない?」
「え、今ですか?」
「夜が綺麗なの。みんな寝てるし、ザマァミロって笑ってやれ」
空華さんはぴょんと立ち上がりますと、私に手を差し伸べました。
「行こうか、お姫様?」
「お、お姫様は止めてくださいよ」
「未来ではリアル女王様だったくせにね——痛っ! 銀ちゃん殴るのは反則!」
恥ずかしかったんですよ、あれはあれで!
***** ***** *****
来る時に通った坂道を少し下り、林の中に足を踏み入れます。蒸し暑い空気が漂っていたのに、一気に涼しくなりました。
空華さんに手を引かれ、私は林の中を歩きます。
すると、綺麗な緑色の光が通り過ぎました。
「……う、わ」
思わず感嘆の声を漏らしてしまいました。
目の前には小さな池があり、そこにはたくさんの蛍が飛んでいたのです。こんなの、見た事ありません。
「すごいでしょ。俺様しか知らない穴場」
「空華さんしか、知らないんですか? 天華さんも?」
「天華にも綺華にも日華にも月華にも炎華にも姫華にも水華にも教えてない場所。銀ちゃんだから特別なんだからね」
ま、俺様も今まで忘れてたし蛍の事、と空華さんは笑いました。
「……君が見た、この空のどこかに響き渡る。我が歌声は、波のよう——」
自然と私の口は動きました。
英祭りでも歌った、珊瑚叔母さんに教えてもらった歌。
「ゆらりゆらりと舞い上がれ、恋を綴ったこの歌よ——」
私にこの場所を教えてくれた空華さんに対してのお礼なのか。
はたまた空華さんの歌声に対抗する為なのか。
私にも分かりませんでした。