コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。7月7日は神威銀の誕生日! ( No.401 )
- 日時: 2012/07/23 22:36
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)
第14章 もし黒影寮の管理人代理が町の草野球大会の広告を見たら
さて、ここでバッターは今日の1番手ごわい相手、六道音弥さんです。何の幻術を使ってくるか分かりませんからね。
ここまで2アウトを取りました。が、梨央さんのせいで1点取られて同点です。このまま持ちこたえればゲームは続きますが……。
と、ここで空華さんに代わって翔さんがピッチャーを務めるようです! おぉ、さすが寮長です。死神さんですから何キロ投げられるか分かりませんが。空華さんみたいには投げられませんよねさすがに。
淡い期待をしているようですが、ボールが炎に包まれるとか?!
「いや、そんな事はない」
お兄ちゃんに全否定されました。悲しいです。
考えてみれば、翔さんは全てを燃やしつくしてしまう地獄業火(インフェルノ)の持ち主です。ボールを燃やしますよね。
さぁ試合開始です!
「フフン。来るなら来い!」
音弥さんはにこにこと笑いながら、金属バットを構えます。
翔さんはいたって冷静でした。ボールを握り、大きく振りかぶり、投げます。
——スカッ!
気持ちいいほどに外れましたね。ストライクです。
「ありゃりゃ。残念」
音弥さんはへらへらと笑いながら言いました。案外楽そうです。勝敗がかかっていると言うのにもかかわらず。
お兄ちゃんに訊いても、「読み取れるけど——腹減ったぐらいしか思ってないよ? あの子」と言います。そう言えば顔が疲れていますね。お腹減っているのでしょうか?
『リヴァイアサン』はジリ貧生活だと言っていましたが、本当のようですねぇ。梨央さんの食べっぷりを見れば分かりますが。本当に食事を作って行ったらいいでしょうか?
いえ、別に懐柔しようとかそう言う訳ではないですよ?
「今度こそ当てるよー」
そう言いますが、またしてもスカッ! あーぁストライクです。このままいけば3アウトでチェンジです。
翔さんが額に浮かんだ汗を拭います。そして3球目——投げました!
音弥さんの両目が見開かれます。金属バットを振りかぶり、打ちました。
「あ、」
「え、」
ゴッ! と鈍い音が聞こえます。
翔さんの肩に、思い切りボールがぶつかったのです。翔さんは顔をしかめ、ボールを取り逃してしまいましたが、こぼれたのを昴さんが俊足で拾い上げます。アウトを取りました。
チェンジになったのはいいですが……翔さんは辛そうに肩を押さえています。
「だ、大丈夫ですか?」
「気にするな。だいじょ————痛ぇ?!」
横から悠紀さんが指で翔さんの肩を弾きます。翔さんは悲鳴を上げました。
赤い——というか赤黒いです。日焼けを知らない翔さんの白い肌に浮かび上がった赤黒い痣は、本当に痛々しそうでした。
「どういう訳だ。死神なのに治りが遅ぇ」
零さんが首を傾げます。確かに異常に遅いですね。
翔さんは死神なので、一瞬でこんな痣なんて治ってしまうんですよ。それなのにずっと治らないんです。おかしいですね。
「こりゃ、うちのエースバッターを封印してきたな」
蒼空さんが苦々しげに舌打ちをしました。運動神経もいい翔さんは、エースバッターとして点数を稼いでいました。
え、空華さんですか? 空華さんは音弥さんの幻術を消す為に神経をそちらの方へ集中しているので、バッターとして活躍していませんでした。代わりに暑い中悠紀さんがバッターボックスに立ちました。
そして今回も、マウンドには梨央さんが立っています。そしてじっとボックスを凝視する音弥さんも見えました。
「どうするの? 圧倒的に人数が足りなくない?」
「そ、そうかもしれませんが……鈴〜」
「無理無理」
鏡の中から鈴が首を振りました。そうですね、神様達に野球を頼んでも阿鼻叫喚の世界しか想像できません。
さて、どうしますか? 空華さんは幻術を止めるのに精神を8割そちらに割いているようですから。
「俺様が行くよ」
「え、空華さん?」
金属バットを持ち、眼帯をします。それでは幻術を止められませんよね?
空華さんはにっこりと笑いました。
「おい寮長。しっかり銀ちゃんに治してもらえ、その痣。そんで帰りにガリガリ様を奢れよ。——貴様の為にこの地に立ってやるのだからのう」
最後は意図的に初代の口調で、印象付けました。
なんだかんだで空華さんも人を思えるのですね。最近翔さんと言い合いが増えてきたと思っていたんですが。
***** ***** *****〜空華視点〜
何してんだろ、俺様。翔の為に幻術を止める役目を放棄してバッターボックスに立ってる。
銀ちゃんによく見られようと言う下心丸出しだけど、正直それでも銀ちゃんの心がこちらに向く事はあり得ないだろう。だってこっち見てないし。翔の傷を治すのに専念しちゃってる。
やれやれ、と俺様は肩を落としてバットを握る。鉄の感触が、手のひらから伝わってきた。
「あれ? あの死神は?」
「治療中。だから代打は俺様ね。——わざとぶつけたらすまんのう、先に謝罪しておくわ。特にそこの緑と赤の目を持つ小僧」
「あれ、俺?」
あの痣には見覚えがある。高度の幻術師しかできない技だ。
あのボールに触れるとどんな奴でも肉体が腐る——という魔術みたいな幻術をかけたんだろ。それが翔の肩にぶつかり、見事に幻術が体を支配している。痛みさえも幻術。幻術のダメージ。何言ってんだ?
俺様はその技を『現の幻術(リアル・ミラージュ)』と呼んでいる。
「『現の幻術』を使えるとは思わなかったよ。あれでケーキが目の前にあるってやれば本当のケーキがでてくるんでしょ? もう創造主だよ」
「残念だけど、『現の幻術』はないものしかできないんでねー! 傷とか、怖さとか辛さとかを何かに移すっていう手法なんだよー」
ブンブンと大きく手を振りながら、野郎が答えた。
きっとこの様子だと、俺様にも仕掛けて来るな。デッドボールにして1塁に進ませて退場。そのまま全員を沈めるつもりだ。
そうはいくか。
「俺様を誰だと思っている訳? 幻術使いの対策もちゃんと修行のうちに入っているからね」
「——え?」
「投げてこいよ、『リヴァイアサン』」
あえて挑発する。夢折梨央は、こう見えて挑発には乗って来やすい。
そしてやはり乗ってきた。
「このや——ろう!」
ギュンッと音がしてボールはキャッチャーのミットに収まる。ふむ、200キロといったところか。
まだ大丈夫だ。うん。
俺様はバットを握り直す。玉を見つめる。
「ほらほら、打たないのかよ!」
また放たれる。今度はカーブ。幻術として虫の絵。
このぐらいが何だ。苦行よりかましだ。見送る。
「打って来ないのー? 敬遠?」
「違ぇよ。出してくるなら本気で来いよ。幻術使いよ」
音弥がムゥと唇を尖らせた。よし、かかった。
梨央が投げてくる。何の幻術もない——が、これにはおそらく翔と同じダメージを食らうように幻術が設定されている。負けるか、この俺様が。
バットを振った。
ちなみに言うな。
「このバットは折れねぇよ?」
「!!」
相手チームが驚いたような表情を浮かべる。何してんだか。
本当だ。このバットは、
「俺様があらかじめ術をかけておいて、隠していた奴だからな!!」
こういう事を見越したんだよ、俺様は。やっぱり頭いいね!
そして俺様が打ったボールは、蒼穹の遥か彼方まで飛んで行った。サヨナラホームラン!