コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.437 )
- 日時: 2012/10/29 22:38
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)
神威銀が帰ってこない。
買い物に行くと言ったきり、彼女は帰ってこない。黒影寮のドアが開く気配もない。
銀に言われた通り、今日のノルマである『花を使って術式を5つ作りなさい』という事もクリアした空華は、手持無沙汰に寮内の中庭を歩いていた。
暑い。今日も暑い。残暑がまだ続いている。蝉がミンミンとやかましく泣き、鬱陶しそうに顔をしかめる。
「……空華ッ!」
空華はぶらぶらと歩いていた足を止めた。
ふと寮の入り口を見ると、二条蒼空が息を切らせてやってきているところだった。彼はボウリングの玉を重くしてスクワットという命令が下されていたはずだが。
「どうした? 誰か腹でも壊したか?」
「ち、違うんだよ……銀ちゃんが、」
声が震えている。
神威銀が、ただ事ではない事に巻き込まれた事は明らかに分かった。
空華が眉をひそめる。なんと、蒼空はその碧眼から涙を流していたのだ。
「ど、どうしたんだよ、一体?」
「銀ちゃんが、」
蒼空の口から紡がれた言葉は、とても聞きたくなかった言葉だった。
「交通事故に、遭って……意識不明の重体だって……!」
第16章 カゲロウタイムスリップ
ざわざわと辺りがざわついているので、私はふと目を覚ましました。白雪町ではなさそうです。ここは一体どこでしょう?
どこかの路地裏のようです。とりあえず歩けるようなので、私は路地裏から出ました。
カッと陽の光が目に差しこんできて、思わず目を閉じてしまいます。徐々に目を開き、陽の光に慣らしていきます。
「う、わぁ……」
そこは、昔風の町でした。江戸の町、とでも言うのでしょうか。瓦屋根の店がいくつも並んでいます。ここは商店街のようですね。
道行く人は着物を着ていて、きれいなかんざしを頭に差して髪を上げています。男性は髷にして刀を吊っていたり、籠を背負っていたりと様々です。何だかタイムスリップしたような気がします。
「……って、私は何でこんなところにいるんですか。買い物をして帰ろうとして、」
そこで私は思い出しました。
私はあの時、トラックに撥ねられたのです。小さな子供を助けようとして、その子を押しだして私が代わりに轢かれて——
となると、ここは死後の世界ですか。最後に会うのは翔さんでしょうか。翔さんなら、皆さんに伝言を届けてくれますよね。羅さんにも白亜さんにも悪い事をしたような気がします。
「……鈴」
私は胸元から下がった鏡へと問いかけました。しかし、返答が返って来ません。鈴すらもいないようです。
これから何をすればいいんでしょうか……分かりません。
「そこの女子」
「は、ハイ!」
すると、急に呼ばれました。おなご——って私の事ですよね。確か時代劇では女の人を『おなご』とか読んだりしていたような気がしますが。
振り返ると、そこには立派な着物を着て刀を吊り下げた男の人が数人立っていました。
「面妖な格好をしておるのう。さては、主は商人か?」
「え、あの、その、」
どうやら外国の商人さんと間違えられている様子です。
無理もありません。私は銀色の髪に洋服を着ているのですから。今日の格好は白くお尻まで隠すワンピースに七分丈のジーンズですから。あとはスニーカーですかね。白いハイカットを履いています。
……確かに、外人と間違われますよね。
「あの、あはは……すみません。今の将軍さんはどちら様ですか?」
「む? 貴様、3代将軍徳川家光殿を知らぬのか」
ひぇ、家光さんと言えば鎖国をしたあの人じゃないですか。完璧にダメですよね! 銀髪なんて異国人ですよ異国人! 中国・オランダ以外の人ですよ!
「曲者だ! この者を捕らえよ!!」
「ヒィ?! 嫌です嫌です! 私は生粋の日本人ですよ!」
ちょっと髪の毛の色はおかしいですけど! これなら本当に黒に染めておくべきでした?!(第15章裏書き参照)
刀を抜きだしたので、私はくるりと身をひるがえして逃げる事にしました。よかったです、スニーカーで。
「待て! 逃げるな!」
逃げるなと言われて逃げない人がどこにいますか?!
私は必死になって逃げました。銃刀法違反という言葉を知らないんですかね? あ、知りませんよね。この時代、普通に戦なんかもあり得ますし。一揆とか。
「お嬢さん。誰から逃げているんだい?」
ふと、私に声がかかりました。飄々とした、まるで空気のような声です。
まさか、この声は——
「が、」「ぐぁ!」「おのれ……!」
私を追いかけていた男の人は、いつの間にか倒れていました。びっくりです。誰がやったんでしょうか?
「あ、お金持ってる。ラッキー」
先頭にいた男の人の胸元から財布らしき袋を取り出して、ジャラジャラと揺らすその男の人。
ひょろりと背が高く、そして細い。濃紺の着流しに身を包み、腰には1本の短い刀を吊っています。ぼさぼさの黒い髪が印象的で、私の方を振り向いてくれた時に見えた瞳の色は——翡翠色。+眼帯。
「く、空華さん……?」
王良空華。黒影寮の住人さん! と言う事は皆さんいるんでしょうか、などと私は期待してしまいました。
空華さんに似ている人は、きょとんと首を傾げました。
「俺様とお嬢さん、どこかで会ったっけ?」
「——え?」
「え?」
私は驚きました。だって、目の前にいるのは確かに空華さんです。
嫌な予感がしました。
なんというか、そう、本当に嫌な予感です。
「……失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいですか? あ、私は神威銀です」
「珍しい名前をしているね、俺様も人の事を言えないけど。俺様は我流忍術『王良家』が当主、王良空華。一応19歳、よろしく」
なるほど合致しました。
空華さんは昔に言いました。初代さんは江戸の人だと。————つまり、
「私、どうやら過去にやってきたようです」