コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.444 )
日時: 2012/11/05 22:54
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)

第16章 カゲロウタイムスリップ


 初代王良家当主の空華さんに連れられて、私は長い石段を上っていました。
 江戸時代と言っても、空華さんの本拠地は京都にあるらしいです。ここは支社とか何とか……。なるほどとは頷けません。
 それにしても、この石段はとてつもなく長いです。終わりが見えません。体がだんだんと重くなってきました。

「大丈夫? 息が荒いけど……女の子だから階段は辛いよね?」

「いえ、平気です……少し、頭の中の状況が追いつかないと言いますか」

 そうですそうです。私は江戸時代に来ているんですよ? ここからどうやって帰れって言うんですか?
 確か時を操る悪魔のキャスさんが板と思うんですけど、鏡があるのに呼び出せません。鈴すらも呼びだせない状況です。となると、私が今銀の鈴として機能できる技は『回復』ぐらいでしょう。
 ——ハイ? あぁ、能力を上げる技ですか。確かにそれもできますが、初代の空華さんには必要ない事だと思いますけど。それにあれは少しの時間だけです。継続させるにはき、キスをしなくてはいけないんですけど……。
 大丈夫です。この人はそんな人じゃないと信じています。

「うーん。今の拠点にはくのいちは——どこまでなら許せる?」

「え? どこまでって何ですか?」

「完璧に女の人か、心は女だと言い張る野郎か」

 つまり、それって——オネエですか?
 オネエだと面白い人が多いですけど、私、襲われたりしませんよね? 大丈夫でしょうね?
 初代空華さんはケタケタと笑いながら「きちんとくのいちもいるから安心していいよ」などと言いました。それはそれで安心できますが……。

「それじゃ、さっさと上っちゃおうか?」

「へ? ——きゃぁ?!」

 いきなり私は空華さんに抱きかかえられてしまいました。着流しの上からでも分かるがっしりとした体格。あちらの空華さんもこのような感じなのでしょうか。線は細いのに、筋肉はしっかりとついています。
 その時、空華さんは階段を蹴り上げました。
 ほぼ地面ギリギリを飛行していると言っても過言ではありません。1段抜かしどころではなく10段抜かしをしているかのようでした。あっという間に私を抱えた空華さんは、石段を上り切ってしまいます。

「あの、すみません。……重かったですよね……」

「それよか君を抱えた事に『ハレンチ!』とか言って殴られるかとひやひやしていたんだけどね、俺様は」

 苦笑をしてから空華さんは「大丈夫。これでも結構鍛えている方だから」と言って、私を下ろしてくれました。
 石段を越えた先は、神社のような場所でした。
 赤い鳥居を構え、その奥に社が建っています。ここを拠点としているのでしょうか?

「社には術を仕掛けてね。住まいになるようにしているのさ。なんて言うの? 隠蔽?」

「なるほど。敵から身を隠す為のカムフラージュをしている訳ですね!」

 なるほど、と私が手を叩くと、空華さんは首を傾げてきました。
 そうですよね! カムフラージュなんていう外国の言葉は知らないですよね!

「何それ? 鴨のから揚げ?」

「い、いえ……何と言えばいいんでしょう。外国語? 南蛮語?」

「フーン。ま、いいや。とにかく入って。人数的には10人ぐらいいるから」

 これでも結構少ないけどね、とつぶやきながら、空華さんは鳥居を通り抜け、社のドアを押しあけました。
 その先に広がっていたのは、土間です。江戸時代の玄関です。なんと、社の向こうには家がありました!
 私はおずおずと「おじゃまします」と言ってから、社のドアをくぐりました。空華さんの術の精度は本当にすごいですね。こんな事を現代の空華さんはできるのでしょうか?

「お帰り頭! ——誰、その子」

 そこへ土間へ現れたのは、白い着流しを着た女性です。濡れ羽色の腰まで届く髪を最後で緩く結い、肩に垂らしています。顔つきは——なんと、綺華ちゃんです。
 空華さんはへらりと笑い、私の肩を叩きました。

「命令な。こいつを今日から王良家で匿う事にした。優しくしてやれよ?」

「そうですか。頭が危ない人間を連れてくる事もないですし……まぁいいでしょう。私は日野宮(ヒノミヤ)と言います。よろしくお願いします」

 ぺこりと日野宮さんが頭を下げました。髪の毛が前に垂れます。

「俺様から全員に説明しておくからさ。えーと……日野宮。この子に着物を見立ててやって。何かおかしな格好をしているし」

「分かりました」

 こちらへ、と言った日野宮さんに、私はついて行く事にしました。
 土間から上がって廊下を歩いていくと、光が差し込んできました。庭です。社の中に庭があるのです。青い空がきちんと見えます。あれ? ここ社の中ですよね?

「頭の術には敵いません。これは空間を歪曲させ、別次元に世界を作り出しているのです。『創意世界の術』と頭は呼んでいます」

 私の心の声でも聞こえていたのでしょうか、日野宮さんが答えてくれました。優しい方です。
 そして日野宮さんについて行く事30秒。1つの襖の前で止まった日野宮さんが、その襖を開きます。音もなく開かれた襖の先には、がらんとした空間が広がっていました。
 電気はこの時代にはありません。当然です。ですから、部屋はとても薄暗かったのです。

「この部屋をお使いください。着物は今持ってきます。他に必要なものはありますか?」

「あ、いえ。お気遣いなく。居候させてもらう身なので贅沢は言いません……」

「頭の命令なので、私はそれに忠実に従うだけです。そうですね……女人なので三面鏡など持ってきましょう。あとは布団と燭台を……それに着物をいくつか見つくろってきますので。私ので構いませんね?」

「あ、すみません」

 反射的にぺこりと頭を下げると、日野宮さんはスタスタとどこかへ行ってしまいました。優しい人、ですね。
 私は何もない畳の部屋で、ただ正座して待っていました。相手も女性なので、家具の事も考えてくれました。ありがたいです。

「持ってきました」

「早ッ?!」

 思わず言ってしまいました。何せ、行って1分も経ってないんですよ?
 きょとんとして首を傾げられました。何故です。忍びってそんなに皆さん早いんですか?
 日野宮さんの手には何着かの着物と帯がありました。どれも可愛らしい色と柄をしています。

「好きな色とかありますか?」

「いえ、特には……あ、」

 日野宮さんが広げた中で、私はある着物に目をつけました。
 淡い桃色の生地に、桜の模様をあしらったきれいな着物です。

「これ可愛いです」

「ではそれにしましょう。——帯はこちらの赤を使いましょうか。ではそのお召し物を脱いでください」

「え、」

 これ脱ぐんですか? 洋服を?
 日野宮さんはにっこりとした笑みを浮かべて、

「大丈夫です。着つけは私がやります」

 それから怒涛のお着替えタイムです。ひぇぇぇえ。