コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.448 )
- 日時: 2012/11/19 22:11
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)
- 参照: パソコンがもうイカレてしまっているどうしたらいい。
第16章 カゲロウタイムスリップ
それは昼を少し過ぎたころでした。
私は皆さんの行う稽古をぼんやり眺めていると、王良家当主の空華さんが言いました。
「気分転換に、江戸の町へ遊びに行かない?」
「へ?」
キセルをふかしていた空華さんは、飄々とした笑みを浮かべて「そうしよう!」などと言っていました。えぇ?!
空華さんは私の手を取って、にっこりと笑いました。
「そうしよう。だって銀ちゃんはこの町は初めてでしょ? だから、俺様が案内してあげる」
「え、でも、空華さんは稽古はどうでも——?!」
「いいからいいから。お前ら、ここの警備は任せたぞ!」
空華さんは日野宮さん達に命令しますと、社の玄関へ向かいました。
玄関を通り過ぎると、そこには殺風景な神社の景色が広がっていました。確かにそこは、私達が拠点としている神社そのものです。えーと、本当にいいんですか……。
「私、案内してもらえるんですか?」
「朝ごはんのお礼だよ。おいしかったし」
お粥であんなに喜ばれるものとは思いませんけどね……私としても。
まぁいいです。せっかく案内してくれるのですから、お言葉に甘えちゃいましょう。この世界では、空華さんしか知っている人はいません。ここで案内してもらえれば、1人で町を歩く事ができますから。
「1人で町を歩くなんて馬鹿な事を考えてないよね?」
空華さんに睨まれて、私は思わず目をそらしました。心も読めるんですか、この人。お兄ちゃんですか。
長い石段を下りていくと、人がにぎわっている大通りへ出ました。駕籠屋さんが通ったり、侍さんが刀を吊って歩いています。おぉぉぉ……素晴らしいです! 江戸の町はこれで、2度目、ですかね……?
「やっぱり人でにぎわっているね。……初めて、なんだよね? 江戸の町」
「あ、ハイ。初めてです。ていうか、違う世界から来たので、初めてなのは初めてですけど……」
「そっか」
空華さんはにっこりとした笑みを浮かべて、私の手を取りました。途端に思わず引っ込めてしまいます。
「あ、ごめん。いきなり手をつないだら失礼——だよね?」
おかしい事です。私の知っている空華さんは、このようなことは決してしません。というか問答無用でやってきますけど。
ですから多少は免疫がついているのですが、このような反応は初めてです。翔さんだったらこのような反応を返してくれるのでしょうか?
「……別に平気ですよ、手をつないでも。実は、私が来た世界でも普通に手はつなぎますし」
「……本当? じゃあ——お言葉に甘えて」
空華さんは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げてから、私の手を握りました。暖かな体温が、手のひらから伝わってきます。人の手なんだなー、とか思ってしまいました。
雑踏の中をかき分けて進み、私と空華さんは団子屋さんにたどり着きました。空華さんいわく、ここの団子屋さんは江戸1番おいしいのだとか。期待できます。
出てきたみたらし団子を頬張りつつ、青い空を見上げます。蒼空さんの瞳のような空です。
「それにしても、銀ちゃんがやってきた世界は一体どんな世界だったの? まさか破廉恥なことばかりやっていた世界だったの?」
空華さんがいきなりそんな質問をしてくるものですから、団子がのどに詰まりそうになりました。止めてくださいよ!!
私は何とか団子をのどに流し込み、お茶を飲みほしてから空華さんを睨みつけました。
「いきなり女の子になんて事を質問するんですか!!」
「え、いや、ごめん……。手をつないでもいいのだから、そんな世界なのかなって」
「私の世界では常識です、友達でも手をつなぎますよ! あなたこそ、どうしてそこまで純情ですか。私が知っている——」
空華さんではありません、と言おうとしたところで私は口を閉じました。
この世界に、空華さんはこの人しかいません。王良空華は知っている限りでは3人います。それの初代ですから。
空華さんは私を見てキョトンとしたような表情を浮かべました。
「王良空華って……俺様? 銀ちゃんは、俺様の知らない『王良空華』を知っているの?」
「え、いや……」
「聞かせてくれないかな。その——王良空華っていう人物を」
まっすぐな瞳で見据えられれば、答えられない人なんていません。空華さんはイケメンさんなんです。
私は、現代の王良空華さんについて話し始めました。
「空華さんは……黒影寮っていう長屋のようなものに住んでいます。王良家の当主さんです……飄々としていて、空気みたいにつかめなくて——でもしっかりした考えをちゃんと持っている、黒影寮のお兄さん的存在です」
それから、私が恋の魔法にかかった時に助けてもらった事。
翔さんが操られた時に助けてくれた事。
野球大会ではサヨナラホームランを打ってくれた事。
他にも日常生活で、様々な事を助けてくれました。今思えば懐かしい事です。
空華さんは、ここにいる空華さんはそのすべての話を、たまに「へぇ」とか「うわぁ」とか言いながら聞いてくれていました。聞き上手です。
「なるほどね。その王良空華っていうのは俺様と同じな訳だ。術の話を聞くと、幾分か俺様のほうが勝っているかな? いつか会ってみたいなぁ」
けらけらと笑いながら団子を口にくわえる空華さん。黒いTシャツにスラッとしたジーンズでも穿いて、ブーツでも履いていれば完璧に私の知っている空華さんです。
空華さんはこちらを見て、首を傾げました。
「銀ちゃん、どうしたの?」
——その時、私ははっきりと見えました。
黒影寮にいる、皆さんの笑っている姿が。
翔さんと昴さんはいつも通に宿題をやっていて、蒼空さんは睦月さんと一緒になって追いかけっこをしています。怜悟さんは幽霊のタローさんとお話をしていて、悠紀さんはノートパソコンで小説を書きながら蓮さんをいじっています。つかささんはその姿を見て楽しそうに笑っているんです。
そして私の隣には、いつものように飄々とした笑みを浮かべた——
——……銀ちゃん、どうしたの?
「く、かさん……」
「銀ちゃん? どうしたの一体。泣いてるよ?」
不思議そうに言う空華さんが、目の前にいました。黒影寮の残像が消えていきます。
私は瞳から流れる涙を、手の甲で拭いました。
「すみません……少し、思い出しただけです」
力なく笑った私を、空華さんは抱きしめてくれました。
「なんか、辛い話をさせちゃってごめんね」
申し訳なさそうに言う空華さんの言葉が、耳に残りました。