コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.454 )
日時: 2012/12/24 23:11
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Mj3lSPuT)

第16章 カゲロウタイムスリップ


 そこにはまぎれもなく、私の知っている翔さんの姿がありました。
 黒影寮の寮長で、いつも凛としていて、でも女の子が嫌いで、すごく強くて、頭がよくて、俺様でわがままな死神さんが。
 そこでふと思い出しました。翔さんはずっとずぅっとこの姿で生きているんでした。年齢はおよそ1700歳——まぁ1700年前に生まれたという訳ですけど。
 ……でも、ここで巡り合えたのはどうしてでしょうか、まったく嬉しくないんです。
 翔さんに会えたのは嬉しい出来事ですけど、なんというか、違う気がするんです。翔さんではない。翔さんだけど、翔さんじゃないような気がしてならないんです。

「お客さん? 風鈴なら1個1両だけど、どう?」

 空華さんが営業スマイルで対応します。
 翔さん(そう呼んでもいいのか分かりませんのでとりあえず翔さんと呼びます)は空華さんの方を向きますと、ふっと口元に笑みを浮かべました。

「じゃあ、その青い奴」

 青い水玉模様の風鈴を1つ買って、翔さんは去っていきました。
 雑踏の中に、涼やかな風鈴の音が響き渡ります。その音が、私の鼓膜を支配していきました。それはもう、恐ろしいぐらいに。
 私はとても苦しく感じました。
 あの人は翔さん? それとも他の誰か? いえ……確かに翔さんです。
 でも、私の知っている姿をした、私の知らない翔さんです。
 私が知っているのは、昴さんと出会って俺様ツンデレわがままな死神さんの翔さんです。

***** ***** *****〜空華視点〜

 祭りはたけなわ、そろそろ客も引き始めてきた。祭りは明日もあるし、風鈴は明日のストックもある。
 だけど、俺様の心の『疼き』みたいなものは取れなかった。拭いきれなかった。
 風鈴を買いに来た、まるで娘のような姿を持つあの少年——確か、名前は東翔という名前だったような気がする。
 この江戸の時代に、珍しい名前だ。いや、俺様の王良空華も結構珍しい名前だとは思うけど、それと同じように珍しい気がした。珍しい気がしてならなかった。

「……頭、今のは」

 日野宮が心配そうな目で、俺様を見てくる。
 俺様は着物の懐からキセルを取り出して、術で火を落とす。それからスッとする煙を吸い込んで、それを吐き出した。紫煙が夜空に上っていく。

「……あぁ、確かにあいつだったよ。間違いない、俺様が接客したんだもん」

 そうだ。確かに聞いた事がある。俺様のようなものの間では共通の話題。
 ——世界をも滅ぼす炎の死神。ファイヤー・サーリット。世界の半分を一瞬で焦土と化し、海を蒸発させ、空を消し飛ばす。もちろん、人間はいない。
 神も悪魔も人間も、そして同族すらも殺す事ができる地獄業火の使い手。
 ……聞いた事はあったが、見た事は初めてだった。確かに、怒らせなきゃなんともないと思うけど。
 いや、あれは何かを求めているような目だった。あるいは、『長年思った人でも見つけた』とでも言うような——

「そうか」

 俺様はようやく理解した。
 奴の狙いは神威銀——つまり、銀ちゃんか。

「……そうか。そーうか。ハハ、ハハハハ! これは面白い事になってきたな、アハハハハ!」

 不自然な笑い声を上げてしまったから、日野宮他多数の仲間は不思議そうにこちらを見てきた。
 自己解決。そして理解。
 何だ。簡単な話じゃないか。あの死神は神威銀に恋をしている、というかした。
 だがな東翔。それは無理な話じゃないか? 彼女を妻として迎え入れる事は、決してできないと思うがな。おそらく——未来でも。
 死神が結婚するなんて事はトンと聞かない。せいぜい同族と子を残す為に結婚するぐらいだ。未来の子ではあるとしても人間である。脆弱な体である人間に恋をして、どうしようもない喪失感に悩まされるのはむしろお前だ。

「……これは、さっさと未来に返してあげなきゃいけないかなぁ」

 煙を吐き出しながら、俺様は買い出しに出かけたお姫様の帰りを待った。
 お供として佐助を連れて行かせたし、もし佐助が不埒な事をしようとしても、俺様がきっちり監視している。そういう術をあらかじめかけておいたからな。
 お姫様は帰りたいと思う? 思わない?

「……頭。銀様を、返したいと思うんですか?」

「どうしてそう思う?」

「頭は嘘つきです。返したくないと思っていても、返さなきゃというぐらいに嘘つきです。もっと、自分に素直になってみたらどうですか?」

 馬鹿な。
 俺様は忍びだぜ? 気持ちを偽って当然の人種だ。いや、職種? とにかくそんなようなもん。
 だけど、何でだろうね。そうしなきゃいけないんじゃないの? と心の中で誰かが言っていた。
 これは未来の俺様かな。きっとそうかな。そうだったら、楽しいのにな。

「……どうだろうね、俺様の気持ちは」

 返したいと言ったけど、返したくない。
 でも、返さなきゃいけない。
 銀ちゃんはここで生きるべき人間じゃないんだ。これ以上、銀ちゃんを悲しませちゃいけないんだ。
 でも、でも今は。

 ——どうか、このままでいさせてください。

 もう少しだけ、時間をください。
 この時ばかりは、神様に祈りをささげる。