コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.455 )
- 日時: 2012/12/29 22:49
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Mj3lSPuT)
第16章 カゲロウタイムスリップ
お祭り2日目です。今日も張り切って風鈴を売りますよ!
ていうか作者は風鈴売るぐらいしかもう思いつかないんですね、想像力が貧困とでも言いましょうか。
さて、私は声を張り上げて風鈴を宣伝していきます。
——また、翔さんが現れてくれると嬉しいな、とは思っていません。だって、あれは翔さんじゃない。翔さんだけど、翔さんじゃないんです。
「……こんばんは」
「あ、いらっしゃいませ……」
私の声は自然と小さくなっていったような気がします。
目の前に、翔さんが立っていました。昨日と同じ黒いコートを着て、両手をポケットに入れて微笑を浮かべています。翔さんが笑う事なんて珍しい事です。
思わず視線をそらしそうになりましたが、それでも翔さんはお客さんです。
「いらっしゃいませ。どの風鈴を——」
「今日は風鈴じゃない。話がしたい——貴様とな」
ドキリ、と心臓がはねました。
翔さんは、私とお話がしたいと言いました。私が知っている俺様な翔さんなら、きっとこういうでしょうね。
——銀。テメェに話があるからちょっと来い。
そして、黒影寮さんからブーイングが起こるんです。それに翔さんはうるせぇ黙れとかわめき散らしているんです。
それから翔さんと空華さんの大喧嘩。最近多いんです。でも、それが何だか日常茶飯事になって来たなとか思っている私がいるんですが。
——何銀ちゃんに色目を使ってんの? え、死神の術ですか。そんなら俺様も使うわボケ!
——誰が色仕掛けなんかしたか。俺は単に話があると言っただけだぞ? 何を過剰に考えている。この変態脳みそが。
昴さんが仲裁して、喧嘩は終わるんです。
ですが、今は黒影寮の皆さんもいません。いつもの喧嘩が聞けると思ったら大間違いです。
その時です。
「あんたさ、一体何? うちの売り子に手を出さないでくれるかな?」
奥で風鈴の在庫を確認していた空華さんが、私の事を抱き寄せてきました。うぇぇ?!
翔さんはむっと唇をとがらせて、空華さんを睨みつけます。視線は語っています、「何様のつもりだ」と。
いえいえ、あなたは死神様です。そうです神様なんです。ですが初代王良空華さんは死神を操り調教する死神操術という術を持っています。それで操られたら大変です。
「……貴様は一体何だ。そいつと話がしたいと言ったのはワシだぞ。死にたいならば容赦はしないが」
翔さんはそう言いますと、いきなり空中から赤い鎌を引っ張り出しました。愛用の炎の鎌ですか!
空華さんは笑って話を流すと、私の腕を引っ張り抱きかかえました。そして日野宮さんに怒鳴り声で指示をします。
「風鈴を頼んだ! 俺様は銀ちゃんを連れて少し逃げるから!」
「御意に」
日野宮さんはいたって冷静な声で返答しますと、風鈴に集中しました。
空華さんは私を抱いたまま、夜空へと飛び立ちます。冷たい風が頬を撫で、空華さんは木に着地。着物だというのにもかかわらず、身軽に動きます。でも、表情はどこか苦しそうでした。
……一体何が? 空華さんは一体何を考えているんですか?
「ごめんね、銀ちゃん。……君を、未来へと返してあげるよ」
「——え」
一瞬息が止まりそうになりました。
未来に返す、という単語を聞いたからではありません。空華さんが、そのエメラルドグリーン色の隻眼から涙を流していたんです。
雑木林の中で足を止め、空華さんは私を地面に下ろしました。それでも、透明な涙は空華さんの頬から消えません。とめどなくあふれていきます。
「どうして、泣いているんですか?」
私は思わず訊いてしまいました。訊かずにはいられませんでした。
空華さんはかすれた声で、
「……この数日間、銀ちゃんと過ごせて本当に楽しかったんだ。修行だって見るのも嫌だったろうに、君はぼろぼろになった体を治して温かいご飯を作ってくれた。少しでも人間になれたような気がして——いつしか君を好きになっていた」
まさにそれは告白です。かすれた声で言うものですから、私は固まってしまいました。
空華さん、泣かないでください。あなたに涙は似合いません。笑ってください。
未来では、とっても女の子が大好きなんですよ? 初対面では部屋に女の子を連れ込んでいましたけど、今ではとんと見かけません。それどころか、私に猛アタックして翔さんにぶっ飛ばされるという日々を送っています。
「……だけど、もうお別れ。俺様、実はちょっと嫉妬深くてね。あんな女顔の死神に銀ちゃんを渡すぐらいならいっそ未来に反してしまおうと思った訳だよ」
「そんな……私、せっかく皆さんと仲よくなれたような気がして、いたのに」
自然と私ももらい泣きです。ぽろぽろと涙が流れていきます。こらえていたものが全て決壊して、落ちていくような感覚です。
2人で泣いていると、そこへ闖入者。翔さんです。
「逃げるな。その娘をよこせ」
「——やーなこった」
グイッ、と空華さんは涙をぬぐい、一瞬で涙を止めました。何の術を使ったのか分かりませんが、それでもすごかったです。
すると、私の足元に何やら魔法陣みたいなものが現れました。何でしょう。紫色の線が私を包み込んでいきます。
視界が紫色に染まっていく中で見たものは、唖然としたまま立ち尽くしている翔さんと、微笑を浮かべたまま再び涙を流している空華さんの姿でした。
「銀ちゃん、最初で最後のお願い——聞いてくれる?」
消えゆく中で、空華さんは言いました。満面の笑みで。
「笑って」
最後、私は上手く笑えたかどうか分かりません。それでも、笑おうと懸命に頑張りました。
いつしか私の意識は、遠くへと飛んでいきました。