コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.524 )
- 日時: 2013/10/21 22:13
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)
第18章 今日、私は告白をします
〜視点なし〜
借り物競争、というものがある。
作者自身は経験した事がないのだが、読者の皆様はあるだろうか。紙に書かれたお題の物品や人物を借りてゴールを目指すという至極単純なルールだ。
これには黒影寮を代表として、寮長である翔・副寮長の昴・それからヘタレな肉体変化使いの蓮が出る事になった。なお、空華は翔に忠誠を誓った事がよほどショックだったのか、生徒席でダウンしている。
最初にスタートラインについたのは、蓮だった。クラウチングスタートで、道に置かれた紙を睨みつける。あれに何が書かれているのかは、彼本人でも分からない。だってそんな能力ないし。
『位置について』
グッと腰を持ち上げる。
パァン! というピストルの音と共に、蓮は走り出した。それから流れる動作で紙をひっつかみ、中身を確認する。
無機質な字で『1番嫌いな人』と書かれていた。
蓮は押し黙る。数秒、その場で固まった。生徒席からは睦月と蒼空の「何してんだ蓮! 早く走れ!!」との催促が聞こえる。観客席では銀が心配そうな目でこちらを見ていた。
えー、これってどうすればいいんですか。1番嫌いな人って何ですか喧嘩売ってんですか爪の餌食にしますよゴラァ! と言いたかったが喉の奥に流し込んだ。
すると、楽しげなアナウンスが空に響き渡る。
『えー、どうやら黒影寮の篠崎蓮君は「1番嫌いな人」というお題に当たってしまったようですねー。さてさて、篠崎蓮が1番嫌いな人って一体誰でしょうねぇ?』
「そういうアナウンスをしたテメェが1番嫌いだよ!!」
畜生! と吐き捨てると、蓮は生徒席へダッと駆け出した。そしてむんずと腕を掴んだのは————
「……何」
「うるせぇ、黙ってついてこい!!」
————祠堂悠紀だった。
ヘタレである蓮は、事あるごとに悠紀に驚かされていた。そりゃあ嫌いにもなる。いや、蓮は人を嫌いになる事はなかったが、悠紀は嫌いと言うのではなくて「苦手」だったのだが。
そのままお題をクリアして、1位でゴールする蓮。ゴールした途端、悠紀に尻を思い切り蹴られた。
「へー、僕の事が嫌いなんだー、へー」
「しいて言うなら苦手だよ。俺は人を嫌う事なんてねぇ」
「だったら何でお題をクリアしたんだよこの駄犬!!」
「うるせぇ誰が駄犬だ! やっぱりテメェは嫌いだ大嫌いだこのクソ野郎!!」
ゴールした途端にこの舌戦。やはり彼らは仲が悪かったのであった。
続いてのレースは昴になる。パァン! というピストルの音と共に駆け出し、昴は紙を拾い上げた。他の走者とはだいぶ距離があったので、余裕で探す事ができる。
口笛を吹きながら紙を確認すると、
『女子力カンストした男子』
「————What?」
思わず英語をしゃべってしまうほどに意味不明なものだった。
え、何これ。女子力カンストって——家事ができるとかそんなようなものだよな? だよな!? え!? 誰だよ!?
焦ったように辺りを見回すと、蓮を煽ったアナウンスが再び。
『黒影寮の副寮長である椎名昴君はー、どうやら「女子力の高い男子」を探しているようです! ぜひとも男子はご協力してあげてくださいねー☆』
「あー、これ蓮の気持ちがよく分かるわ。ぶち殺したくなる」
イラッとした昴は、いけねぇいけねぇと頭を振って落ち着かせる。
この場で怒っても何の意味もない。そうだ、考えろ。女子力が高い男子生徒の事を。女子力、女子力、女子力、家事、かじー、かじ……。
昴の頭に閃きが走った。
「そうだ……!!」
再び生徒席へダッシュすると、昴は椅子にもたれかかってダウンしている空華を叩き起こした。否、蹴り起こした。
「ぐっはぁぁぁ!?」
ダウンしているせいか、空華に昴のローキックをよけるという選択肢はなかった。椅子から転がり落ち、辺りをきょろきょろと見回す。
そんな空華を無理やり立たせるや否や、昴は空華をなんとお姫様抱っこしたのだ。どこにそんな力が余っていたというのだ。火事場の馬鹿力という奴か。
「きゃあぁぁぁぁぁああ!!!? ちょ、昴下ろせぇぇぇえぇぇ!!」
「我慢して!! 本当に我慢して!!」
空華は下に兄弟がたくさんいるゆえに、家事全般を得意としている。銀の次に多分、黒影寮で料理が上手いと言えよう。
真っ赤な顔を手で覆い隠す空華を抱えて、昴はゴールへ飛び込んだ。周りから笑いを買ったのは言うまでもない。
「ねぇ、これでも俺様は180センチ以上あるんだけど……痩せてるけども」
「ちゃんと食えよ。軽かったわ」
「畜生!! 細いって本当にいい事ねえ!!」
身長の割に体重はない空華なのだった。筋肉質なはずなのに。
最後のレースは寮長の翔である。ピストルの音を合図に走り出して、流れるような動作で紙を取った。まぁ、前の2人を見ているのである程度どんな内容が出てくるのか、覚悟をしている。
ぱら、と確認するとそこには無機質な文字で。
『好きな人』
…………グシャリ、と。無言で紙を握りつぶした。
これはアナウンスされてはいけない。されてはいけない————
『黒影寮の寮長である東翔さんは、なんとラッキーイベント! 好きな人をお題として引いちゃったみたいですね。学校内でも女嫌いである寮長さんは誰を連れて行くのでしょうか?!』
「……あとで殺す」
死神の力を使ってマジで殺す、と心に誓うと、翔は頭を抱えた。まさかこんなお題が出てしまうとは思いもよらなかったのだ。
しかし、このまま棄権するのも癪である。覚悟を決め、翔は生徒席————ではなくて、観客席へと駆け寄った。
それにより、感染しにきていた女性どもは黄色い声を上げる。まさか自分を選んでもらえるかも? とか思っているかもしれないが、翔にとっては女性など雌豚に等しい存在である。ある1人を除いては。
「銀!」
翔はポカンとした様子で自分を見上げていた銀へと、手を伸ばした。
「俺とこい!!」
「え、あ、ハイ!!」
反射的に伸ばされた手を掴む銀。そのまま翔は釣りの如く銀を引き上げて、ゴールへと走って行った。
白いテープを破った途端、野郎どもからは歓声と女性からは悲鳴が聞こえてきた。やかましい。
「あの、」
「悪い」
パッと握っていた手を放す翔。
銀はそっと翔の手が触れていた手を握りしめて、ふわりと微笑んだ。その姿は、まさしく恋する乙女。
————ズキン。
(————ッ)
宿命が襲う。