コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.553 )
- 日時: 2014/03/10 22:24
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)
第20章 噂の空華さん!
「一緒にきたのはお母さんだけ?」
「うん……お父さんはお仕事に出かけちゃった。だからお母さんときたの」
「じゃあ、お母さんの特徴は分かる?」
「茶色い髪の毛で……白くて長いスカートを穿いているの。それで青い上着を着ているの」
泣きついてきた少年——かずと君を連れて、空華さんは水族館の中をうろつきます。その扱いは手慣れたものです。
空華さんは兄弟がたくさんいるので、小さい子供を扱うのは得意なのでしょう。実際、空華さんの兄弟に小学3年生ぐらいの子がいた気がします。
かずと君は暴れることなく、空華さんの腕の中で大人しくしています。きちんとお母さんの特徴を言えている辺り、よく躾が行き届いた子だと思います。泣きすぎて言えない子供って多いんですよね。
それにしても、この水族館はとても広いですね。もうずいぶんと歩いていますが、かずと君のお母さんらしき人は見当たりません。
「ごめんね銀ちゃん。歩かせちゃって」
「いいえ、平気ですよ。早く見つけてあげましょう?」
申し訳なさそうに眉を下げる空華さんに、私は笑いかけました。だって何かを気にしているようだったから。
私は気にしている訳じゃありません。早くその子のお母さんを見つけなきゃと思っているんです。「疲れた」とか「歩きたくない」なんてわがままを言ってはダメです。
かずと君は泣くのを我慢しているのだから。
「……ねえ、くうかにいちゃん」
「なあに? かずと君」
「くうかにいちゃんは、このおねえちゃんと『こいびと』なの?」
仲よしだね、とかずと君は笑いました。子供は末恐ろしいです。
私と空華さんはビキッと停止しました。え、何をおっしゃっているのですかこの子は?
ま、まだ付き合っていません。そりゃ水族館に入ったチケットはカップルチケットですが、それでも付き合っていません。付き合っていません、よね?
「違うよ、かずと君。お兄ちゃんが、このお姉ちゃんを好きなだけ。恋人じゃないよ」
「そうなの?」
「そうなの。ほらほらー、この中にお母さんはいるかな?」
「んーん」
私が何かを答える前に、空華さんはかずと君の瞳を人混みへ向けさせました。かずと君が言っていたお母さんの特徴に合致する人は、未だにいません。
だけど、私は少し気になりました。
かずと君の質問に答える空華さんの横顔——少し悲しそうなものでした。何かを我慢しているような、苦しいような、そんな顔です。
————ていうか。
「く、空華さん何を言っているんですかぁッ!!」
「えー? 前々から言っているはずだけどねぇ」
あの悲しそうな表情はどこへやら、空華さんは飄々としていました。
一体何なんですかぁ。
だから、私は空華さんの小さな一言に気づかなかったんです。
「銀ちゃんは俺様のことなんか微塵も思っちゃいないよねぇ……」
***** ***** *****
しばらく水族館内をうろついてみましたが、かずと君のお母さんはいませんでした。
そうこうしているうちに、この水族館の目玉である巨大水槽まできました。ここにはジンベエザメがふわふわと泳いでいるんです、すごく大きいです。
「わぁぁぁぁ」
かずと君は目をキラキラと輝かせて、水槽を見上げていました。水槽の上の方を、ジンベエザメが悠々と泳いでいます。気持ちよさそう。
空華さんも「すっげー……」とポツリとつぶやいて、水槽を見上げています。いつもは大人っぽい空華さんですが、この時ばかりは人間らしく——年相応に楽しんでいるようでした。
私もすごいなぁと思っていました。だってジンベエザメですもの。とても大きいんですよ? そして可愛いんですよ?
「写真でも撮ってみんなに送りつけたろ」
なんて空華さんはにやりと不敵に笑み、携帯を取り出して泳いでいるジンベエザメを撮影し始めました。
私もその隣でジンベエザメを撮影しようとしますが、なかなか上手くいきません。動いているものって撮影しにくいですね。うぅぅ、フレームアウトしてしまいます。動かないでぇ。
その時です。
隣の方から、パシャリとフラッシュと共に写真を撮られました。視線の先には、空華さんが携帯を構えていました。
「ごめん。だって可愛いから」
そう言って空華さんが見せてくれたのは、私があわあわと携帯でジンベエザメを撮ろうとして四苦八苦している写真でした。
「け、消してください!!」
「やーですぅ。こんな可愛い銀ちゃんが見れたんだもの。役得役得♪」
「むぅ……空華さんなんか嫌いですぅ……!」
「機嫌直してよ、別に呪いをかけたりする訳じゃないんだからさぁ。ほら、俺様の撮ったジンベエザメの写真いる? 結構いい感じじゃない?」
空華さんが私の携帯をスッと取って、赤外線でジンベエザメの写真を送ってくれました。
確認してみると、わぁ、きちんとフレームに収まっています。青の世界を、ジンベエザメが自由に泳ぎ回っています。すごいです。
思わず見入っていると、空華さんが「ククク……」と笑っていました。な、何で笑っているんですか。
「そんな目ぇキラッキラさせなくても……! そんなにひどい写真だったの?」
エメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべ、端正な顔つきは笑みを浮かべています。飄々としていてつかめない、それでいていつも笑顔を浮かべていた空華さんの、全開の笑顔。
なんだか貴重な気がするので、私も撮っておくことにしました。
携帯を構えて、パシャリと撮影。空華さんの笑顔をばっちり収めることに成功しました。
「ちょ、銀ちゃん! 消して!!」
「やーです。おあいこです」
「むぅ。俺様も銀ちゃんの写真を撮った手前言い返すことができない……」
空華さんは苦笑いを張りつけました。
すると、「あーっ!」とかずと君が声を上げました。
「おかあさん!!」
え? と視線を投げますと、そこには茶色い髪で白いスカートを穿いた女性が「かずとー!!」と叫びながらきょろきょろしていました。あの人がかずと君のお母さんですね。
かずと君の背中を、空華さんはポンと押しました。
「行ってきなさい、かずと君。お母さん、泣いてるよ?」
「うん!」
かずと君は元気よく頷くと、お母さんの方へ駆け寄って行きました。お母さんも気づいたようで、走ってきたかずと君を抱きしめました。
感動の再開を果たした2人は、なんとこちらへ歩いてきました。
「かずとを見つけてくれてありがとうございます……」
「あ、いいえ。平気ですよ。——かずと君、よかったですね」
「うん! くうかにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!!」
かずと君は満面の笑みで、お礼を言いました。お母さんも「本当にありがとうございます……」と何度も頭を下げていました。
空華さんはしゃがみ込んでかずと君と目線を合わせると、かずと君の頭にポンと手を乗せて乱暴に髪をかき混ぜました。
「いいか、かずと。もうお母さんの手を離したらダメだぞ。お母さんを1人にしちゃダメだぞ?」
「——うん!」
バイバイ! とかずと君は大きく手を振って、お母さんと共に去って行きました。
「見つかってよかったね、銀ちゃん」
「そうですね」
去っていく2人は、どの家族よりも笑顔でした。