コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。連載1周年突破! ( No.568 )
- 日時: 2014/05/12 22:38
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)
第21章 明日は明日の風が——吹いたらいいなぁ
〜視点なし〜
最近、銀の様子がおかしい。
何か忙しそう——いや、いつも忙しそうなのだが。ここ最近は、特に忙しそうだった。何か荷物をまとめているようだった。
じっと銀の観察をしていた空華は、訝しげな表情を浮かべる。
何かあれば銀の部屋に侵入すればいいのだが、あいにくそれをやるほど空華は落ちぶれてはいない。女の子の部屋に無断で入る男など男ではない、変態だ。空華は変態ではない。
それに、いくら好きでも相手のプライベートに入ることはまだ許されない。付き合ってもいないのに。
「……むぅ」
空華は唇を尖らせた。食堂の大テーブルで頬杖をついて、ぼんやりと虚空を見上げてみる。
そこへふらりとやってきたのは、引きこもり予備軍の悠紀だった。ノートパソコンを持っているところを見ると、食堂で小説でも書きにきたのだろう。そろそろ新人賞の締め切りが近いとかぼやいていたような気がする。
「……何よ、アヒル口なんかしちゃって。可愛くないよ」
「男に可愛さを求めるなよ……」
なんか拍子抜けするようなツッコミを入れられて、空華はため息をついた。
悠紀は空華などどうでもいいようで、ノートパソコンの電源をつけると立ち上がるまでの間にラノベを開いた。こいつはどこまでラノベ脳なのだろうか。
ていうか、銀の様子に気づいているのだろうか?
「悠紀さぁ。銀ちゃんのこと、気づいてる?」
「なんか最近様子がおかしいよね」
「気づいてんのかよ」
「当たり前でしょ。キャラをよく書くには人間観察が必要なのよ。面倒くさいけどね」
やっと立ち上がったのか、USBをポートにブッ刺してマウスを弄る悠紀。カチカチ、というクリックの音が静かな食堂に響き渡った。
悠紀は睦月みたいな心を読み取るような能力ではない。残念ながら、彼が持ちうるのは言葉で人を操る能力だ。
スタタタタ、と淀みのないタイピングの音が次いで、食堂を支配した。
「何でだと思う?」
「何が」
小説に集中しているのか、悠紀の言葉は投げやりだった。
「銀ちゃんの様子がおかしい理由」
「好きな人ができたとか?」
「いや、そういうものじゃないでしょ。何か、去っていくような気がしてならない」
空華の予想に、ピタリと悠紀のタイピングが止まった。
片目が隠れた悠紀の顔が、ノートパソコンのディスプレイから持ち上がった。瞳は気だるげに空華へとやられている。
「どうしてそう思うの。違うかもしれないじゃない」
「そうだけどさぁ。荷物をまとめているような気がするんだよ。掃除じゃない。絶対に掃除じゃない。ここから去ろうとしている気がしてならない」
人知れず去っていくような、そんな気配。空華は嫌な予感がしてたまらなかった。
銀がこの黒影寮から消えたら、一体どうなってしまうのだろうか。
また珊瑚が帰ってきて、銀がいなかった時の生活になるのだろうか。そうなったら銀はどこへ? 従兄である白刃のもとへ行くか? それとも担任の零? いや、ありえないか。
ならば友人のところだろうか。白亜? 羅? どこへ行く?
「……やだなぁ」
「……何が」
「銀ちゃんが、黒影寮からいなくなるの。このまま珊瑚ちゃんが帰ってきちゃうのかなぁ」
あの破天荒な自由人が帰ってきたら、もう何をするのか分かったものじゃない。あれで銀と血がつながっているのが不思議だ。
何故銀はあんなにお淑やかに大人しく育ったのだろうか。ありがとう、銀ちゃんのお母さん。
そんな簡単に銀が去るとは思えないが、本当に嫌な予感がしてたまらないのだ。胸にぽっかりと穴が開いたような気がする。
「……あー、クソ。人の思考を読める術式でも作ろうかなぁ」
「何日かかるかね。僕は1週間」
「そこまで国語の成績悪くないやい! クソ、ちょっと文章書けるからって生意気な。だったら俺様の術式を組み立てる為の言葉を考えてくれよ!」
「『きたれ、漆黒の風』とかどうよ」
「厨2乙」
本当に黒い風が襲いかかってきたので、手持ちの術式でぶつけて相殺した。
「おーい、食堂で喧嘩をするなよ。危ないだろー?」
「うるせえ奴らだな。静かにできないのか……」
「あー、翔と昴じゃん。この昼間から食堂にくるなんて珍しいね、いつもは僕と同じように引きこもりになってるはずなのに」
食堂にやってきた翔と昴は、今にも戦いそうな雰囲気を醸している空華と悠紀を見てため息をつく。おい、つくなよ。
取り出しかけていた苦無を懐にしまい、空華は椅子に座り直す。翔と昴はあえて空華の向かいに座った。悠紀は3人から離れて座り、執筆に集中している。
「食堂に黒い風が駆けて行ったんだけど、何だったの?」
「悠紀の仕業だ。俺様じゃないからね」
「だろうな。見た目よりも攻撃性を重視する空華にしては見た目を重視したなと思った。やはり違うか」
確かに空華の持つ我流の忍術は、広範囲で攻撃したりと攻撃性が高いものが揃っている。実用性が高いともいう。
いや、今はそんなんじゃなくて。
「翔と昴は何か知ってる? 最近、銀ちゃんの様子がおかしいんだけど」
「えー? まあ、確かに何か忙しそうにはしているなーとは思うけど」
昴が眉をひそめた。その隣にいる翔は、同じように首を傾げている。
闇の踊り子である昴はともかくとして、死神の翔まで知らないとは。しかも2人は寮長と副寮長である。何かあれば管理人から彼らに情報が行くはずなのに。
銀はこの2人にもこそこそ内緒で何かをやろうとしているのだろうか。
「……訊いてみればいいだろう? その方が早い」
「だな」
こうして、空華は銀に「何故忙しいのか」訊いてみることにした。